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第二章 討伐軍編
第四十一話 魔族の領主
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リナは頬を上気させ、肩で息をついていた。
エリアスの姿を見つけるや否や、ぱっと目を輝かせて駆け寄り、弾むような声を上げる。
「あ、あの! 昼の《銀狼亭》でお会いしたリナです、覚えてますか?」
「ああ、もちろん。君にまた会えて、僕も嬉しいよ」
エリアスが穏やかに答えると、リナの顔がぱっと明るくなった。
頬をほんのりと染め、じっとエリアスを見つめ――しかし、その声色がわずかに沈む。
「あの……。きっと、悪い話じゃない……はず、だから」
一瞬だけ、リナの視線が泳いだ。
けれどすぐに、いつもの元気な調子に戻る。
「す、すごいですね! バルガス様からお声がかかるなんて!
頑張ってください、きっとあなたたちのこと、気に入ったんですよ!」
小さく手を振ると、リナは厨房へと駆け戻っていった。
(……今、ちょっと言い淀んだ……?)
胸の奥に、かすかな違和感が灯る。
けれど周囲の宿泊客たちは、羨望と感嘆の声を上げるばかりだった。
私はそっと指先を動かし、空中に小さな魔法陣を描く。――『感覚強化』。
「――っ!」
一気に、客たちのひそひそ声、厨房で肉が焼ける音、廊下を行き交う足音……
それらすべてが、鮮明な音となって押し寄せてきた。
耳の奥が、ざわめきと気配で満たされる。
(……使いたくなかったけど……)
私は、領主の使いだと名乗る黒外套の男に意識を集中させた。
橙色の灯火に照らされるその人影からは――確かに“人間”の気配がする。
魔でも、亡者でもない。
ふうっと息を吐き、魔法陣を逆の手順でかき消す。
世界が再び、夜の静けさに包まれた。
ひやりとした夜気が肌を撫でていく。
その頃には、エリアスたちの間で短い言葉のやり取りが交わされていた。
「罠……か?」
「……かもしれんな」
「けれど、行くしかない」
「アリシアの言う通りだ」
「うむ」
勇者・盾・聖女――三人の間で交わされるのは、まるで戦場のように無駄のない応答だった。
フィーネは黙ってローブのフードを深くかぶり、私もそれにならう。
胸の奥に、小さな緊張が走った。
窓の外には、黒塗りの馬車が一台、夜道に静かに佇んでいる。
ランプの灯りを受けて、漆黒の車体が淡く浮かび上がった。
その姿には、不思議な威厳と圧力が同居している。
そのとき、フィーネが小さく空を仰ぎ、ぽつりと呟いた。
「……満月、か」
夜空には白々とした月が静かに浮かび、街と馬車を淡く照らしていた。
美しい光なのに――胸の奥で、ひやりと冷たいものが揺れる。
*
夜――領主館。
黒塗りの馬車が石畳を静かに進み、私たちは重厚な門をくぐった。
整えられた庭園を抜けると、夜闇に浮かび上がる館の輪郭が、月光とランプの明かりに照らされて静かに存在感を放っている。
案内された謁見の間は、深紅の絨毯と燭台の炎に満たされた、荘厳な空間だった。
高い天井には重厚な梁が走り、壁には歴代領主の油絵とタペストリーが整然と並ぶ。
分厚いカーテンが夜を閉ざし、炎の揺らぎだけが空間を照らす様は――まるで舞台の幕が上がる直前のようだ。
その中央に立つのは、白い肌に紅い唇、血を溶かしたような瞳を持つ若き領主――バルガス。
外は漆黒、内は深紅のマントが肩から流れるように垂れ、燭光を受けてゆらりと揺れる。
夜と血を纏った貴公子――そんな言葉が、自然と脳裏に浮かんだ。
(……この人が、魔族……。まるで、人間の貴族みたいだ……)
声は驚くほど柔らかく、所作は王都の貴族そのもの。
流れるような仕草には一片の隙もなく、視線が交わった瞬間、心の奥を覗き込まれるような感覚が走った。
「ようこそ、Aランク冒険者《白銀の閃光》の諸君。
よくぞ、我が街へ」
「――人さらいの件、ですね」
エリアスが一歩踏み出し、単刀直入に切り込む。
バルガスは優雅に頷き、手にしたワイングラスを軽く傾けた。
深紅の液体が燭光を受け、妖しくきらめく。
「うむ。優秀な冒険者は話が早くて助かる。
最近、若い娘や子供がさらわれる事件が相次いでいてね……私も心を痛めている。
この街の評判にも関わる。
君たちのような実力者に、ぜひ調査を頼みたいのだ」
「……魔族と聞いたが」
低く響いたバルドの声。
その一言に、場の空気がぴんと張り詰めた。
バルガスは即座に視線を返し、紅い唇をわずかに吊り上げる。
「その通りだ。それでは……不満かね?」
空気が、一瞬にして凍りついた。
フィーネが、ごく小さな声で呟く。
「(……信用するな)」
けれど、バルガスは微笑を崩さない。
艶やかに、しかし底知れぬ笑みを浮かべたままだ。
「私は、人と魔族の共存を望んでいる。この街を見れば分かるだろう?
税は軽く、商人も冒険者も自由に出入りできる。
私はただ――この街を守りたいだけだ」
その言葉の直後、勇者・聖女・盾――三人の視線が、音もなく交錯した。
短く、しかし確かに互いの考えを読み合う、一瞬の沈黙。
(……確かに、街は普通だった。でも――)
ふいに、バルガスがグラスを傾けたまま、鼻先をわずかに持ち上げた。
まるで夜風の奥に潜む匂いを嗅ぎ分ける獣のように、静かに、確実に。
(……今、何を……?)
その瞳が、ゆっくりと私たちの列をなぞる。
やがて――女性陣、私・アリシア・フィーネの前でぴたりと止まった。
一瞬、空気が張り詰める。
「……ところで」
柔らかくも、妙に艶のある声が、静寂を切り裂いた。
「領主と面会するのに、淑女がフードを被ったままというのは――少々、無粋ではないかな?」
エリアスの姿を見つけるや否や、ぱっと目を輝かせて駆け寄り、弾むような声を上げる。
「あ、あの! 昼の《銀狼亭》でお会いしたリナです、覚えてますか?」
「ああ、もちろん。君にまた会えて、僕も嬉しいよ」
エリアスが穏やかに答えると、リナの顔がぱっと明るくなった。
頬をほんのりと染め、じっとエリアスを見つめ――しかし、その声色がわずかに沈む。
「あの……。きっと、悪い話じゃない……はず、だから」
一瞬だけ、リナの視線が泳いだ。
けれどすぐに、いつもの元気な調子に戻る。
「す、すごいですね! バルガス様からお声がかかるなんて!
頑張ってください、きっとあなたたちのこと、気に入ったんですよ!」
小さく手を振ると、リナは厨房へと駆け戻っていった。
(……今、ちょっと言い淀んだ……?)
胸の奥に、かすかな違和感が灯る。
けれど周囲の宿泊客たちは、羨望と感嘆の声を上げるばかりだった。
私はそっと指先を動かし、空中に小さな魔法陣を描く。――『感覚強化』。
「――っ!」
一気に、客たちのひそひそ声、厨房で肉が焼ける音、廊下を行き交う足音……
それらすべてが、鮮明な音となって押し寄せてきた。
耳の奥が、ざわめきと気配で満たされる。
(……使いたくなかったけど……)
私は、領主の使いだと名乗る黒外套の男に意識を集中させた。
橙色の灯火に照らされるその人影からは――確かに“人間”の気配がする。
魔でも、亡者でもない。
ふうっと息を吐き、魔法陣を逆の手順でかき消す。
世界が再び、夜の静けさに包まれた。
ひやりとした夜気が肌を撫でていく。
その頃には、エリアスたちの間で短い言葉のやり取りが交わされていた。
「罠……か?」
「……かもしれんな」
「けれど、行くしかない」
「アリシアの言う通りだ」
「うむ」
勇者・盾・聖女――三人の間で交わされるのは、まるで戦場のように無駄のない応答だった。
フィーネは黙ってローブのフードを深くかぶり、私もそれにならう。
胸の奥に、小さな緊張が走った。
窓の外には、黒塗りの馬車が一台、夜道に静かに佇んでいる。
ランプの灯りを受けて、漆黒の車体が淡く浮かび上がった。
その姿には、不思議な威厳と圧力が同居している。
そのとき、フィーネが小さく空を仰ぎ、ぽつりと呟いた。
「……満月、か」
夜空には白々とした月が静かに浮かび、街と馬車を淡く照らしていた。
美しい光なのに――胸の奥で、ひやりと冷たいものが揺れる。
*
夜――領主館。
黒塗りの馬車が石畳を静かに進み、私たちは重厚な門をくぐった。
整えられた庭園を抜けると、夜闇に浮かび上がる館の輪郭が、月光とランプの明かりに照らされて静かに存在感を放っている。
案内された謁見の間は、深紅の絨毯と燭台の炎に満たされた、荘厳な空間だった。
高い天井には重厚な梁が走り、壁には歴代領主の油絵とタペストリーが整然と並ぶ。
分厚いカーテンが夜を閉ざし、炎の揺らぎだけが空間を照らす様は――まるで舞台の幕が上がる直前のようだ。
その中央に立つのは、白い肌に紅い唇、血を溶かしたような瞳を持つ若き領主――バルガス。
外は漆黒、内は深紅のマントが肩から流れるように垂れ、燭光を受けてゆらりと揺れる。
夜と血を纏った貴公子――そんな言葉が、自然と脳裏に浮かんだ。
(……この人が、魔族……。まるで、人間の貴族みたいだ……)
声は驚くほど柔らかく、所作は王都の貴族そのもの。
流れるような仕草には一片の隙もなく、視線が交わった瞬間、心の奥を覗き込まれるような感覚が走った。
「ようこそ、Aランク冒険者《白銀の閃光》の諸君。
よくぞ、我が街へ」
「――人さらいの件、ですね」
エリアスが一歩踏み出し、単刀直入に切り込む。
バルガスは優雅に頷き、手にしたワイングラスを軽く傾けた。
深紅の液体が燭光を受け、妖しくきらめく。
「うむ。優秀な冒険者は話が早くて助かる。
最近、若い娘や子供がさらわれる事件が相次いでいてね……私も心を痛めている。
この街の評判にも関わる。
君たちのような実力者に、ぜひ調査を頼みたいのだ」
「……魔族と聞いたが」
低く響いたバルドの声。
その一言に、場の空気がぴんと張り詰めた。
バルガスは即座に視線を返し、紅い唇をわずかに吊り上げる。
「その通りだ。それでは……不満かね?」
空気が、一瞬にして凍りついた。
フィーネが、ごく小さな声で呟く。
「(……信用するな)」
けれど、バルガスは微笑を崩さない。
艶やかに、しかし底知れぬ笑みを浮かべたままだ。
「私は、人と魔族の共存を望んでいる。この街を見れば分かるだろう?
税は軽く、商人も冒険者も自由に出入りできる。
私はただ――この街を守りたいだけだ」
その言葉の直後、勇者・聖女・盾――三人の視線が、音もなく交錯した。
短く、しかし確かに互いの考えを読み合う、一瞬の沈黙。
(……確かに、街は普通だった。でも――)
ふいに、バルガスがグラスを傾けたまま、鼻先をわずかに持ち上げた。
まるで夜風の奥に潜む匂いを嗅ぎ分ける獣のように、静かに、確実に。
(……今、何を……?)
その瞳が、ゆっくりと私たちの列をなぞる。
やがて――女性陣、私・アリシア・フィーネの前でぴたりと止まった。
一瞬、空気が張り詰める。
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