【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷むぎ

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第二章 討伐軍編

第五十四話 祈りのかたち

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街道から少し外れた小さな村は、雨上がりの匂いがまだ土に残っていた。
屋根の藁は新しく葺き直した跡があり、畑には芽吹いた緑が規則正しく並ぶ。
戦火はまだ遠い――それでも、人々の眼差しの奥には薄い疲れがあった。

「聖女様が……本当に……!」

村長が震える声で両手を合わせると、姉は静かに微笑み、頷いた。

「教会で祈りを捧げさせてください」

姉は村はずれの小さな教会へ向かい、扉が閉まる音が村の空気をすっと正した。

(姉さんは、みんなのために祈る人――)

胸の奥に残った痛みが形を変える。
街道を北へ北へと進む討伐軍。
街道の奥には、まだ魔王軍の影に踏まれていない小さな村が点在していた。
軍が小休止すると、姉はそうした村を巡り祈りを捧げ、私たちも同行した。

今日は私も、何かできることをしたい――。
そう思ったとたん、ぐ~とお腹が鳴る。
そうだ、お腹を満たすことだって、きっと祈りのかたちだ。

「ねえ、みんな」

エリアス、バルド、フィーネが振り向いた。
できるだけ明るい声を出す。

「軍の糧食で、村のみんなにスープを振る舞わない?
 姉さんにも、あとで飲んでもらいたいの」

バルドが腕を組み、ごつい顎をさする。ふっと口元を緩めた。

「腹が減っては戦はできぬ。異論はない」

エリアスは一瞬、教会の尖塔を仰ぎ見てから私に視線を戻す。
金の髪に光が踊り、王子の横顔が柔らかく揺れた。

「……民の支持のない軍は弱い。いいだろう。僕が承認する」

「いい判断だ」

フィーネが短く言い、目で合図する。

「火の番は私が。セレナ、指示を」

「うん。今日は“みんなで作る”日!」

私は手を叩いた。同行していた兵たちからも歓声が上がる。

兵站箱から干し肉、乾燥野菜、乾パン、根菜、塩、香草。
村長の許可をもらうと、村の共同かまどの前に並べ、大鍋に水をはる。



「まずは根菜を大きめに。煮崩れしないくらいの角で」

「任された。猫の手だな」

バルドは無言で頷き、包丁を握る。分厚い手が慎重に動いた。
――ごり、ごり、とまな板が低く唸る。

(すごい音してるけど……まな板大丈夫かな……)

それでも、角の立った立派な賽の目が、どさっと木鉢に積まれていく。

「バルドさん、意外と上手!」

「ああ。野営で少々経験がある」

真面目に言うけれど、村人に借りたエプロンは小さすぎて、腰の後ろで結び目が届いてない。
つい笑いがこみ上げてしまう。

フィーネは口元を緩め、静かに薪を組んだ。
芯に小さな炎。息を押し当て、やさしく育てる。
長くソロの冒険者だった彼女にはお手の物だ。

エリアスは袖を捲り、干し肉を薄くそぎ切りにする。
切り口は見事だが、厚みはちょっと大胆。

「エリアス、それじゃ厚いよ。染み込みが遅くなる」

「見目も食欲に資する」

「……味も資するの!」

案外エプロンが似合ってる。勇者がエプロン――なんだかおかしな気分だ。

私は笑いながら受け取り、半分を細かく刻んで旨味出しに。
鍋がふつりと呼吸し始める。
乾パンは布に包み、棒で叩いて砕く。粉になりすぎないように加減し、最後にとろみとして加える。

「塩は後半ね。干し肉から塩が出るから焦らない」

「了解」

フィーネは湯面の泡を細い匙で静かにすくう。
長い耳がぴくりと動いた。

「火は強くしすぎない。焦げの匂いは――悪い記憶を呼ぶ」

「……うん。ありがとう」

その横顔は涼やかで、炎を見つめる瞳は穏やかだった。

やがて、私はエプロンの紐をきゅっと締め直し、香草の束を手のひらで揉む。タイムと月桂樹。
指先から逃げた青い香りが湯気に乗り、村の空気に広がっていく。

「いい匂いだ!」

少しずつ人が集まって来る。
鼻の頭を赤くした少年、木椀を抱えた老女、赤子を負ぶった母親、若い兵士たち。
遠巻きに見ていた村人たちの表情が、湯気に吸い寄せられるみたいにほぐれていく。

「配るのは僕がやろう。お年寄りと子どもは先に」

エリアスが木杓を取ると、周囲がどっと沸いた。

「勇者様がよそってくださる!」
「一生に一度だ!」

なんだか、くすぐったい。

「焦るな。たくさんある」

バルドが低い声で列を整え、フィーネはかがんで薪をくべ、火加減を微調整する。
戦闘ではない。けれどみんな、息はぴったりだ。



教会の扉が、静かに開いた。
夕陽が差し込み、そこに姉が立っていた。
少し目元が赤い。泣いたのかな……でも、微笑んでいる。

「まあ……これは、どうしたの?」

エリアスが振り返り、口元を緩めて私を見る。

「セレナの発案ね! 素敵だわ!」

エリアスは姉に木椀を手渡した。
姉は湯気を吸い込み、ゆっくりと口をつける。

「……おいしい!」

「みんなで作ったんだよ!」

「セレナ。やっぱりあなたはすごいわ!」

そう言って、姉は私をぎゅっと抱き締めた。
その腕はあたたかくて、少しだけ香草の匂いがした。

(姉さんも――少し元気になったかな……)



村人が古いリュートを持ち出し、笛が鳴り、太鼓が鳴り始めた。
丁度その時、総司令官ロベール卿と第二師団長エルステッド卿が現れた。
近くの野営地から視察に来たのだろう。

「勇者の料理と聞けば、誰でも腹が鳴るものだ」

「おお、これは祭りではないか。戦の中で、このような景色が見られるとは!」

二人にもスープを差し出すと、ロベール卿は目を細めた。

「……旨い。兵站の味だが、人の味がする」

「焦げはない。見事だ」

「焦げは記憶と喧嘩する」

フィーネが静かに言うと、ロベール卿が眉を上げた。

「それは――エルフ族の教えかね?」

「いえ、私の、です」

二人は顔を見合わせ、わずかに口角を上げた。

夫婦が、恋人たちが踊りの輪に入る。火の粉が舞う。
流れる軽快な音楽は、夜会のような上品なものではないけれど、命の音がした。



「――踊りませんか?」

エリアスが姉に手を差し出す。
少し驚いた顔で彼を見上げた姉は、微笑んで頷いた。

「ええ。少しだけ」

姉が彼の手を取る。

白い衣が火に照らされ、ゆっくりと揺れる。
エリアスの足運びは優雅で、姉は軽やかに合わせた。
勇者の金の髪が光を弾き、回るたびに聖女の衣がふわりと広がった。

――村人たちが「聖女様と勇者様だ」とざわめき、
兵士たちも加わった手拍子が自然に揃い、太鼓のリズムが一段強くなる。

子どもが肩車され、誰もがその中心を見つめた。
焚き火の炎がふたりの影を地面に長く伸ばし、橙の“光の輪”が生まれる。

「見て……」
「ほんとに……」
「きれいだ……」

囁きが波紋のように広がる。

踊りながら視線を交わす二人。
ロベール卿も手を止め、エルステッド卿が帽子に手を当てる。
この夜だけ授かった舞台のように、村の広場が静かに熱気に包まれた。

ふたりの指がほどけるたび、胸の奥がちくりと疼いた。
――でも、その痛みまで温かいと、私ははじめて知った。

――姉はエリアスと手を繋いで軽やかな足取りで輪に戻った。

静かに二人の姿を追っていたバルドに手を差し出す。

「バルド、わたしと――」

「俺には……無理だ」

「歩くだけでもいいのよ」

もう一度、姉が手を差し出す。
彼はおずおずと立ち上がった。

一歩目は固く、二歩目で藁に足を取られ、三歩目で笑いが起きる。
笑いは嘲りではなく、夜気に弾ける温かな拍手に変わった。

姉の手に導かれ、不器用に、けど真剣に足を運ぶ。
姉が微笑めば、バルドも口元をほころばす。

輪の中心で、姉が笑っている。

久しぶりに見る笑顔――。
胸の底が静かに熱くなった。

「……悪くない」

フィーネが小さく言った。
私も頷く。

フィーネの瞳に焚き火の赤が映る。

その赤が、一瞬、エリアスの頬を撫でた。

王子は微笑んでいた。
けれど――その目は遠く、目の奥で何かが光る。
決意にも似た光。

自らにその決意を言い聞かせるように、唇が小さく動く。

「――僕はいつか、皆が笑って暮らせる国を作りたい」

焚き火の橙が聖女の銀の髪に宿った。
それを見つめる彼の目は、炎よりも静かで熱かった。

私は思わず息を呑んだ――。

肩に、そっと手が触れた。フィーネだ。

「セレナ、君のともした灯火だ」

「え?」

「君の光に、皆が集まった」

彼女の声は柔らかく、火の粉のように消えていく。

「そっか……」

私は椀を置き、輪に戻った姉の隣に立つ。
姉はそっと手を伸ばすと、私の手を握った。

この夜、焚き火の火の粉が星にほどけ、村は確かに笑顔で包まれていた。

――私は支援しか取り柄のない白魔導士。

聖女のように祈りを光の奇跡に変える力なんてない。
“聖女の妹”で、“勇者パーティのおまけ”。

けれど、こうして小さな灯火をともすことなら、私にもできる。

それで誰かが笑顔になれたなら――それは、小さな奇跡。
それがきっと、私にできる“祈りのかたち”なんだ。

――そして私たちは、次の夜へ向かう。
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