【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷むぎ

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第三章 魔王決戦編

第八十六話 魔族

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「――聖なる結界よ、広域展開――!」

姉の胸の前で、聖杖が眩く光を放つ。

刹那――空気が爆ぜ、白金の光柱が天幕を貫いた。
その光の中で、姉の銀の髪が炎のように舞い上がる。
椅子が震え、机上の地図が風にめくられ、駒が床へと跳ね落ちた。

まばゆい輝きが、天幕の内側を白く塗りつぶしていく。
布の隙間から覗く外――丘一帯を包み込む白金のヴェールが、
滝のように降り注ぎ、地平の彼方まで広がっていくのが見えた。

同時に――

「行くぞ――!」
「――てぇ!!」
「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉ――!!」

天幕の外から、怒号と鬨の声が一斉に轟いた。
エリアスたちの戦いが、もう始まっている。

ここからでは支援は届かない。
何もできないことが、胸の奥をきゅっと締めつけた。
一瞬の不安が過る――けれど、信じなきゃ。

私たちには、私たちの戦いがある。
姉と私で、この王国軍を――みんなを、守るんだ。

(集中――!)

息を整え、魔力を指先に集める。

だがその瞬間――

巨人の咆哮が、世界そのものを引き裂いた。

「ウオオオオオオオオオオオッ!!」

背筋が凍りつき、心臓が跳ねる。
集中が、一瞬だけ途切れた。

姉の足元に重なる魔法陣が、かすかに波打つ。

轟音――何かを叩きつける音。
衝撃――空気が圧縮され、耳の奥が軋む。

刹那、姉の光がかすかに揺らぎ、閉じた瞼がぴくりと動いた。
私の指先にも、ピリッと電撃のような痛みが走る。

(だめだ、集中しろ……! 私――!)

息を詰め、全身で魔力の流れをつなぎ直す。

天幕の隙間から、遠く丘の端を包む白金の光が波打っている。

(巨人の一撃を、弾き返してたんだ……!)

反射した閃光が天幕の内側を明滅させ、
砕けた木々の破片が、雪のように舞い散っていた。

障壁は――まだそこにある。

(――耐えた……!)

姉は柔らかな光に包まれていた。
それは天から降りた祝福のようで、
彼女はなおも両手を組み、祈り続けている。

(姉さん……すごい……!)

そのとき――天幕の外から歓声が上がった。
兵たちの声が波のように広がり、
希望の響きが、光とともにこの天幕の中まで届いた。

***

ドゴォォォォ――ッ!!

大地そのものが軋みを上げ、波打つ。
天幕の中まで空気が震え、支柱がわずかに鳴った。
肺の奥がひゅっと縮み、鼓膜が痛いほどに震える。

土と鉄の匂いが混ざった風が吹き込んでくる。
熱と埃が頬を撫で、心臓が跳ねた。

――そして、歓声。

「……倒したの!? もう一体……!」

魔法陣を維持したまま、そっと天幕の隙間をのぞく。
もうもうと土煙が上がり、状況は見えない。

けれど――あの声。確かに勝利の歓声だった。

胸の奥がじんと熱くなる。
喉の奥まで熱がせり上がり、思わず息を呑む。

「姉さん、みんな、やってくれたよ!」

姉の瞳が、わずかに開く。
まばたきの間だけ見えた微笑みに、心臓がきゅっと鳴った。
全身はまだ震えているのに、心だけが温かくなっていく。

――だが、その直後。

音が、止まった。
風も声も、すべてが一瞬で凍りつく。

そして、頭の奥に――直接流れ込んでくる、あの声。

「すっごぉ~い! 二体目まで斃すなんて!」

鈴を転がすような声。
場違いなほど明るく、無邪気な調子。

メルヴィスだ――。

「……遊んでくれてありがとう!
 でも、もう飽きちゃった」

声が、脳の内側で笑った。
幼くて、甘くて、ぞっとするほど冷たい声。

「殻に閉じこもっちゃ……つまんないしね?」

笑っている。
まるで、世界そのものを玩具にするように。

目を閉じた姉が、小さく震える。
それでも祈り、光を送り続ける。
その身体は輝きながらも、細かく震えていた。

私は杖を握りしめ、唇を噛む。
掌が汗ばみ、魔力の流れがざらりと乱れる。

――その声がまた、心に触れた。

「そっか――あのね。
 姉さんが遊びに行きたいって。ちょっと待っててね?」

(遊びに“行く”……!?)

ぞくりと背筋が冷える。

声が溶けた。
空気が歪み、光が赤く滲む。
世界が悲鳴を上げた。

天幕の隙間から見える結界の表面に、真っ赤な亀裂が走る。
亀裂が走った瞬間、胸郭を内側から押し潰すような圧が来て、天幕がばさりと膨らんだ。

閃光。
姉の光が弾け、消え――崩れ落ちた。

「姉さん!」

咄嗟に駆け寄り、抱き止める。

「セレナ……ごめんなさい……もう一度……」

その瞬間、天幕の床を紫黒の光が這った。
蠢く魔族の紋――転送魔法陣!

「まさか――!?」



「アリシア!」

天幕にエリアスが駆けこんだ。

「巨人は動かない!
 だが、メルヴィスの声がして結界が消えた!
 何があった!?」

遅れて、バルド、フィーネ、ロベールも駆け込む。
バルドは即座に盾を構え、私たちの前に出る。
ロベール卿はその背後で片手を上げ、騎士たちに合図を送った。

エリアスは私の腕の中の姉の姿を見た瞬間、
息を呑み、そっと姉の肩に手を伸ばした。

「アリシア……!?」

その声には、怒りと焦燥が混じっていた。

「大丈夫……少し、疲れただけ」

姉は小さく微笑んだ。
けれど、その唇は、いつもよりわずかに色が薄い。

エリアスは厳しい表情のまま、小さく頷く。

「あれ……」

私は震える指で光の中心を指さした。

「これは――ヴェルネか!?」

エリアスは叫ぶや否や剣を抜き払い、フィーネは弓を引き絞った。

全員の視線が、紫黒の光に包まれた一点に集まる。
やがて、その中心から――せり上がるように、ひとつの人影が現れた。

それは、少女だった。

白磁のように滑らかな肌。
真紅の瞳は、夜を閉じ込めたように冷たく澄み、
けれど――唇だけは、愉快そうにゆるやかな弧を描いていた。

その姿を見た瞬間、
姉の瞳が、驚きに見開かれる。
同時に、私の背筋を冷たいものが走った。

(姉さんが命を削って、あれほどの傷を負わせたのに……
 まるで、何事もなかったみたいなんて――!)

刹那、フィーネがためらいなく弓を放つ。

矢が空を裂き、顔面めがけて一直線に飛ぶ。
だが、見えぬ膜に弾かれ、
甲高い音とともに火花が弾け散った。

「……っ!」

少女は微笑を崩さぬまま、フィーネを見つめる。
まるで、懐かしい友人にでも再会したかのように――。

「まあ、あなた。
 お会いするたびに、本当にご挨拶ねえ?」

次の瞬間、少女の眉がぴくりと上がる。

「――ああ、なるほど。そういうことですのね。
 思い出しましたわ、あなたのこと」

彼女は小首を傾げ、二の矢を引き絞ったフィーネに、
ゆるやかに美しいカーテシーを捧げた。

「――改めまして、フィーネ姫? ――うふふ」

フィーネが息を呑む音が聞こえた。

「ヴェルネ……!」

フィーネの低い声。

少女――ヴェルネは、まるで無垢な幼女のように笑った。
花の香りをまとうように、あざとく、残酷に。

「ひとつ、教えて差しあげるわ」

「……何を」

「“あの森”――覚えてる?」

フィーネの喉が上下した。

(まさか――!)

「あなたの故郷、エルネスティの森。
 あれを燃やしたのは、”わたくしたち”の指示ですのよ?
 ちゃんと、綺麗に根絶やしにしろと申し付けましたの。
 ガルヴァンが、あなたに未練があるようでしたから……。
 なのに、あなたとお兄さんが生き残っちゃったのは……想定外なの」

(どういうこと……? もし、それが本当なら……)

ヴェルネの瞳に、愉悦の光が走った。

フィーネの瞳が、炎のように揺れた。
弓弦を引く指が、微かに震え、張り詰めた弓弦が、かすかに鳴いた。

バルドが低く唸る。

「貴様……」

そのとき――背後から声がした。

それは、姉が倒れても微動だにせず、
ついさっきまで死人のように椅子にもたれていた男――

「私はヴァルミエール王国王太子、シャルル・ヴァロワだ。
 王国を代表して、貴国と停戦交渉をしたい」

立ち上がり、震えながらも、王太子としての威厳を保とうとする。
私は、思わず唇を噛み、彼を睨んだ。

それでも、ヴェルネは彼に一瞥もくれず、退屈そうに爪を眺めるだけ。

天幕の空気が一瞬で凍る。

やがて、ヴェルネの笑みが、ゆっくりと形を変えた。
唇が音もなく動き、肩がぷるぷると震える。

「キャハハハハ……!
 停戦? 交渉? 貴国?
 この人間、何を言っているのかしら?」

笑い声が天幕の布を震わせる。

「あなたたち人間は、蟻や芋虫と交渉するのかしら?」

肩を震わせ、嬌声が天幕中に響く。

背筋が一瞬にして凍った。

(やっぱり、私たちを虫けら以下にしか思っていない!)

エリアスは一歩踏み出しかけて――バルドに腕をつかまれ止まり、
私の腕の中で、姉がかすかに震えた。
シャルルはわなわなと唇を震わせると、ガタンと力なく椅子にもたれかかった。

ふと、笑いが止まった。

ヴェルネは爪にふっと息をかける。

「不愉快ですわ」

外の風よりも冷たく、甘い音。

「わたくしたちは――」

光が爆ぜ、黒い蝶が舞うように、魔法陣の光が宙に散る。
その瞬間、ヴェルネの瞳が赤く輝き、唇から牙が零れた。

「――魔族」

その一言が、刃のように空気を裂いた。

誰も動けなかった。
私の手の中で、白杖の先が震えていた。

ヴェルネはくるりと身を翻し、スカートの裾がふわりと広がる。
ふたたびこちらを向いたその唇には笑みが戻っていた。

焦げたような甘い香りが、天幕に染みつく。

それはまるで――樹脂が焼ける、森の炎の残り香。

ヴェルネは、口元を押さえながら宙を見上げた。
まるで誰かに囁かれた秘密を思い出すかのように、うっすらと笑みを浮かべる。

「けれど――そうねえ。
 条件付きで交渉して差しあげても、よろしくてよ?」
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