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第一部 ユイ編 第二章
第十一話 やっぱり……。
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アオイが舟で出て行ったのを見届けたあと、
私は戸棚の奥から、小さな風呂敷包みをそっと取り出した。
中身は――非常用・夫尾行セット。
干し芋少々、予備の履き物、濡れ防止の布。
そして今朝追加したばかりのおにぎり二個――うちひとつにはワサビ入り(非常時の威嚇用)。
さらに、小型の遠見の筒。
(※私の名誉のために言っておくと、怪しい行動は以前からあったのです!)
すべてが、静かにこう語っていた。
――「疑ってはいないけど、何か怪しい」。
私は深呼吸して、そっと風呂敷を背負う。
(……今日こそ、決着をつけるわ)
彼が視界から消えてしばらくしてから、舟を出す。
姿勢を低く保ち、波にまぎれるように音を殺して漕ぐ。
耳元では、私の心臓が「ドクン、ドクン」と警鐘のように鳴っていた。
祠の島を離れて数分。
川筋をたどり、小さな支流に入る。
この先にあるのが、噂の水源――滝のある場所。
(まさかこんな日が来るなんて……新婚一か月で尾行って……。
いや、これも夫婦の信頼のため! きっとあとで笑い話になるはず!)
舟を縛り、苔むした岩場を慎重に登る。
(本当にあの人、あの滝に何しに通ってるのよ……)
(まさか……その“メグリ”とかいうお姫様と“逢瀬”とかじゃないよね……?)
その考えに至り、息が浅くなる。
(いやいやいや。まさか。そんなわけ……ない……よね?
まさかであって……お願い、まさかであって)
息を潜め、葉を踏まず、影から影へ――。
滑らないよう細心の注意を払いながら、小道を抜けた――その先で。
……いた。
旦那様は、滝壺の前に立っていた。
水しぶきを浴びながら、まるで誰かを待つように、静かに手を差し出している。
遠見の筒を取り出し、そっとのぞき込む。
水しぶきを浴びながら、やや上方に手を伸ばすその姿は――
……正直、ちょっと絵になってた。
でも今の私は冷静である。妬みで脳内が沸騰してるけど冷静である。
いや、冷静の皮をかぶった嵐である。
それでも、その姿は、思わず見とれてしまうぐらい神々しくて――
でも。
「私の旦那様……きれい……」
……などという感想は、今の私の辞書には載っていない。
(誰よ……その“メグリ”って子は……!)
木陰に身を潜め、私は小声で息をひそめた。
――そして、彼の口元が動いた。
風に紛れて聞こえてくるその声は、妙に甘く、優しくて――
「……今日も、“メグリ”は綺麗だね」
(“メグリ”が綺麗……!? 間違いない、女の名前だわ!)
「いつもながら、“メグリ”は澄んでいて……美しい。
……つい、見とれてしまうんだ」
(澄んでて美しい!? “見とれてしまう”!? なにその甘ったるい言い回し!
私にだって言ったことないのに……!)
「でも、ユイが知ったら怒るかもね」
(……怒るかも? もう怒ってますけど!)
「雨は来週。気温は……やや高め。汗をかくかもしれないな……」
(来週汗かくって何よ!? どんな激しいことするつもり!?)
「ユイの干し芋……バレないように、早く乾かさないと……」
(干し芋は隠語!? それとも合図!? 私の芋で何を企んでるの!?)
一言ずつツッコミを入れながら、
私はじとーっと木の陰から彼を見つめた。
やがて、限界があっけなく訪れた。
怒り。疑念。嫉妬。あとちょっと涙。
背中にはじっとり汗、手のひらは震え、呼吸は荒い。
(……もう、がまんならない!!)
そして次の瞬間。
私は物陰から――
飛び出した!!!
私は戸棚の奥から、小さな風呂敷包みをそっと取り出した。
中身は――非常用・夫尾行セット。
干し芋少々、予備の履き物、濡れ防止の布。
そして今朝追加したばかりのおにぎり二個――うちひとつにはワサビ入り(非常時の威嚇用)。
さらに、小型の遠見の筒。
(※私の名誉のために言っておくと、怪しい行動は以前からあったのです!)
すべてが、静かにこう語っていた。
――「疑ってはいないけど、何か怪しい」。
私は深呼吸して、そっと風呂敷を背負う。
(……今日こそ、決着をつけるわ)
彼が視界から消えてしばらくしてから、舟を出す。
姿勢を低く保ち、波にまぎれるように音を殺して漕ぐ。
耳元では、私の心臓が「ドクン、ドクン」と警鐘のように鳴っていた。
祠の島を離れて数分。
川筋をたどり、小さな支流に入る。
この先にあるのが、噂の水源――滝のある場所。
(まさかこんな日が来るなんて……新婚一か月で尾行って……。
いや、これも夫婦の信頼のため! きっとあとで笑い話になるはず!)
舟を縛り、苔むした岩場を慎重に登る。
(本当にあの人、あの滝に何しに通ってるのよ……)
(まさか……その“メグリ”とかいうお姫様と“逢瀬”とかじゃないよね……?)
その考えに至り、息が浅くなる。
(いやいやいや。まさか。そんなわけ……ない……よね?
まさかであって……お願い、まさかであって)
息を潜め、葉を踏まず、影から影へ――。
滑らないよう細心の注意を払いながら、小道を抜けた――その先で。
……いた。
旦那様は、滝壺の前に立っていた。
水しぶきを浴びながら、まるで誰かを待つように、静かに手を差し出している。
遠見の筒を取り出し、そっとのぞき込む。
水しぶきを浴びながら、やや上方に手を伸ばすその姿は――
……正直、ちょっと絵になってた。
でも今の私は冷静である。妬みで脳内が沸騰してるけど冷静である。
いや、冷静の皮をかぶった嵐である。
それでも、その姿は、思わず見とれてしまうぐらい神々しくて――
でも。
「私の旦那様……きれい……」
……などという感想は、今の私の辞書には載っていない。
(誰よ……その“メグリ”って子は……!)
木陰に身を潜め、私は小声で息をひそめた。
――そして、彼の口元が動いた。
風に紛れて聞こえてくるその声は、妙に甘く、優しくて――
「……今日も、“メグリ”は綺麗だね」
(“メグリ”が綺麗……!? 間違いない、女の名前だわ!)
「いつもながら、“メグリ”は澄んでいて……美しい。
……つい、見とれてしまうんだ」
(澄んでて美しい!? “見とれてしまう”!? なにその甘ったるい言い回し!
私にだって言ったことないのに……!)
「でも、ユイが知ったら怒るかもね」
(……怒るかも? もう怒ってますけど!)
「雨は来週。気温は……やや高め。汗をかくかもしれないな……」
(来週汗かくって何よ!? どんな激しいことするつもり!?)
「ユイの干し芋……バレないように、早く乾かさないと……」
(干し芋は隠語!? それとも合図!? 私の芋で何を企んでるの!?)
一言ずつツッコミを入れながら、
私はじとーっと木の陰から彼を見つめた。
やがて、限界があっけなく訪れた。
怒り。疑念。嫉妬。あとちょっと涙。
背中にはじっとり汗、手のひらは震え、呼吸は荒い。
(……もう、がまんならない!!)
そして次の瞬間。
私は物陰から――
飛び出した!!!
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