73 / 87
序章 ユイ編 第二章【完結済】
第十話 水神様。まさか!?
しおりを挟む
これは、結花の前世、”ユイ”のお話。
――また恋に落ちて間もなく、ふたりとも不器用だった朝のこと。
結婚してひと月。
“祠の守り人”としての暮らしが始まって、ようやく形になりかけてきた頃。
私――結《ユイ》はまだ、旦那様のことを
「ちょっと変わってるけど優しい人」
……そのくらいにしか思っていなかった。
***
その朝も、旦那様――蒼生《アオイ》は、祠の前を箒で静かに掃いていた。
真剣そのもの。
無言。
余計な動きが一つもなく、風の筋すら読んでいるような所作。
掃除というより、
何か“空気そのもの”を整えているみたいだった。
「……ねえ、あなた。そこ、三度目よ?」
声をかけると、アオイは箒を止めたまま、少しだけ首を傾けた。
「……いま、“流れ”が変わった」
「流れ? 今日、風なんて吹いてないわよ?」
「……“兆し”がした」
「……兆し……?」
(兆しって、そんな気軽に起きるものなの?
ていうか、掃除中に察するものなの?)
こういう“よくわからない理屈”も、結婚してひと月も経てば慣れてくる。
慣れないと生活が進まない。
「じゃあ朝餉の支度してくるわね」
私は前掛けを手にした。
妹がくれたもので、妙に張り切って刺繍が施されている。
――その妹が、結婚式のあとに言った言葉を思い出す。
『姉さんって……けっこうメンクイだったんだね……いいな~』
周りから見れば、確かにアオイは麗しい人なのだろう。
でも私はそんな“見た目”で選んだつもりは……ない。たぶん。
かまどへ向かおうとしたとき――
「……今日は、水源を見に行く」
アオイが淡々と言った。
「……え?」
「午前のうちに、様子を確かめたい」
「水源って……滝の方? 最近、妙に通ってない?」
アオイは箒を置き、布袋を肩にかけ、いつもの真顔で言った。
「行ってくる」
「ちょ、ちょっと待って。“確かめる”って何を?」
問いかけると、アオイは一瞬だけ、声をひそめた。
「……ミズノ……“メグリ”を……」
風にほどけて消えそうな、弱い声。
そして横顔が――
ほんの、ほんの少しだけ“気まずそう”に揺れた。
(ミズノ……? 誰、その苗字。
ていうか“メグリ”ってどう考えても女の名前よね?)
「“メグリ”って……誰?」
尋ねると、アオイはなぜか視線をすっとそらした。
水色の髪が木漏れ日に揺れ、
その横顔が妙に整っているせいで、余計に腹が立つ。
(……最近、祠にご婦人が来ること増えた気が……
まさか……いや、まさかね?)
アオイは平静を保っているつもりなのだろうけれど、
どう見ても挙動不審だ。
(……浮気……?)
その言葉が浮かんだ瞬間、胸がちくりと痛んだ。
疑うつもりなんてなかった。
そんな人じゃないと信じていた。
でも、胸が苦しくなるのはどうしてなのか。
前掛けの布をぎゅっと握る。
(……やだ、私……なんでこんな……)
胸の奥が、薄曇りみたいにきゅっとする。
たったひと月。
まだ夫婦らしい夫婦にもなっていないのに。
それだけでこんなに揺れるなんて。
でも――
(……腹立つわね)
胸の曇りの奥から、別の感情がむくっと起き上がった。
(いいわ。“メグリ”って誰なのか、この目で確かめてやる。
あなたに“後ろめたさ”なんて、一番似合わないんだから)
私は前掛けの紐をきゅっと結び、かまどへ向かった。
ただの朝。
ただのすれ違い。
――でも、この小さなざわめきが、
ふたりの恋の歯車を、そっともう一度動かし始めるのだった。
――また恋に落ちて間もなく、ふたりとも不器用だった朝のこと。
結婚してひと月。
“祠の守り人”としての暮らしが始まって、ようやく形になりかけてきた頃。
私――結《ユイ》はまだ、旦那様のことを
「ちょっと変わってるけど優しい人」
……そのくらいにしか思っていなかった。
***
その朝も、旦那様――蒼生《アオイ》は、祠の前を箒で静かに掃いていた。
真剣そのもの。
無言。
余計な動きが一つもなく、風の筋すら読んでいるような所作。
掃除というより、
何か“空気そのもの”を整えているみたいだった。
「……ねえ、あなた。そこ、三度目よ?」
声をかけると、アオイは箒を止めたまま、少しだけ首を傾けた。
「……いま、“流れ”が変わった」
「流れ? 今日、風なんて吹いてないわよ?」
「……“兆し”がした」
「……兆し……?」
(兆しって、そんな気軽に起きるものなの?
ていうか、掃除中に察するものなの?)
こういう“よくわからない理屈”も、結婚してひと月も経てば慣れてくる。
慣れないと生活が進まない。
「じゃあ朝餉の支度してくるわね」
私は前掛けを手にした。
妹がくれたもので、妙に張り切って刺繍が施されている。
――その妹が、結婚式のあとに言った言葉を思い出す。
『姉さんって……けっこうメンクイだったんだね……いいな~』
周りから見れば、確かにアオイは麗しい人なのだろう。
でも私はそんな“見た目”で選んだつもりは……ない。たぶん。
かまどへ向かおうとしたとき――
「……今日は、水源を見に行く」
アオイが淡々と言った。
「……え?」
「午前のうちに、様子を確かめたい」
「水源って……滝の方? 最近、妙に通ってない?」
アオイは箒を置き、布袋を肩にかけ、いつもの真顔で言った。
「行ってくる」
「ちょ、ちょっと待って。“確かめる”って何を?」
問いかけると、アオイは一瞬だけ、声をひそめた。
「……ミズノ……“メグリ”を……」
風にほどけて消えそうな、弱い声。
そして横顔が――
ほんの、ほんの少しだけ“気まずそう”に揺れた。
(ミズノ……? 誰、その苗字。
ていうか“メグリ”ってどう考えても女の名前よね?)
「“メグリ”って……誰?」
尋ねると、アオイはなぜか視線をすっとそらした。
水色の髪が木漏れ日に揺れ、
その横顔が妙に整っているせいで、余計に腹が立つ。
(……最近、祠にご婦人が来ること増えた気が……
まさか……いや、まさかね?)
アオイは平静を保っているつもりなのだろうけれど、
どう見ても挙動不審だ。
(……浮気……?)
その言葉が浮かんだ瞬間、胸がちくりと痛んだ。
疑うつもりなんてなかった。
そんな人じゃないと信じていた。
でも、胸が苦しくなるのはどうしてなのか。
前掛けの布をぎゅっと握る。
(……やだ、私……なんでこんな……)
胸の奥が、薄曇りみたいにきゅっとする。
たったひと月。
まだ夫婦らしい夫婦にもなっていないのに。
それだけでこんなに揺れるなんて。
でも――
(……腹立つわね)
胸の曇りの奥から、別の感情がむくっと起き上がった。
(いいわ。“メグリ”って誰なのか、この目で確かめてやる。
あなたに“後ろめたさ”なんて、一番似合わないんだから)
私は前掛けの紐をきゅっと結び、かまどへ向かった。
ただの朝。
ただのすれ違い。
――でも、この小さなざわめきが、
ふたりの恋の歯車を、そっともう一度動かし始めるのだった。
1
あなたにおすすめの小説
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています
22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」
そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。
理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。
(まあ、そんな気はしてました)
社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。
未練もないし、王宮に居続ける理由もない。
だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。
これからは自由に静かに暮らそう!
そう思っていたのに――
「……なぜ、殿下がここに?」
「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」
婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!?
さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。
「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」
「いいや、俺の妻になるべきだろう?」
「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
嘘コクのゆくえ
キムラましゅろう
恋愛
アニーは奨学金とバイトで稼いだお金で魔法学校に通う苦学生。
生活は困窮、他の学生みたいに愛だの恋だのに現を抜かしている暇などない生活を送っていた。
そんな中、とある教授の研究室で何らかの罰としてアニー=メイスンに告白して来いと教授が学生に命じているのを偶然耳にしてしまう。
アニーとは自分のこと、そして告白するように言われていた学生は密かに思いを寄せる同級生のロンド=ハミルトンで……
次の日、さっそくその命令に従ってアニーに嘘の告白、嘘コクをしてきたロンドにアニーは……
完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。
誤字脱字が罠のように点在するお話です。菩薩の如き広いお心でお読みいただけますと幸いです。
作者は元サヤハピエン主義を掲げております。
アンチ元サヤの方は回れ右をお勧めいたします。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。
みゅー
恋愛
王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。
いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。
聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。
王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。
ちょっと切ないお話です。
私が生きていたことは秘密にしてください
月山 歩
恋愛
メイベルは婚約者と妹によって、崖に突き落とされ、公爵家の領地に倒れていた。
見つけてくれた彼は一見優しそうだが、行方不明のまま隠れて生きて行こうとする私に驚くような提案をする。
「少年の世話係になってくれ。けれど人に話したら消す。」
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる