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7章 牙をむく火星の大地
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そうして、私の記念すべき2回目の火星探査は始まりました。
今日のミッションは、前回のミッションのような植物に水をあげて基地のメンテナンスをするという危険の少ないミッションではありません。今回のミッションは、火星に投下された品種改良した新たな植物の回収です。
「どうせなら、基地の真上に落としてくれればいいのに……」
「仕方ないだろ。パラシュート開いて降りてくるんだから。むしろ、歩いて回収できる位置に落としてくれてるんだから感謝するべきだろ」
「それは……分かってるけど……」
理解はできますが、納得はできません。用は、私たちに皺寄せが来ているということですから。「職務怠慢だ!」と叫びたい気持ちはありますが、そんな勇気は私にはありません。それに、おかげでいいこともあります。
「まあ、いいじゃん。こうやって火星の大地を自由に歩ける口実ができるんだからさ。こんな貴重な体験、なかなかできるもんじゃないよ」
「そうですもんね」
植物を育てることが重要な任務だということは分かってはいますが、それでも、私たちは火星探査部なのですから火星の大地を歩き回りたいという欲望は捨て切れません。例え、それが過酷な道だとしてもです。断崖をよじ登り、砂嵐に足を取られ、道なき道を歩く。そう言った未知の体験を私は求めていたのです。ただ、今のところ、そういったアクシデントはなく、順調に進んでいます。正直、退屈です。でも、それはアクシデントがないからだけではありません。
「それにしても、いくら歩いても同じ景色ですよね……」
もうずいぶんと歩いたのですが、見えてくるのは赤い砂漠と険しい岩山ばかりです。この生命の気配が一切ない世界は神秘的なのですが、景色が代わり映えしないのは退屈です。おまけに、今日の天気は曇り、というか、風が少し強くて砂が舞い上がり、空はかすんで見えます。砂嵐ほどではないのですが、中国の黄砂なんかが、ちょうどこんな感じになっているのでしょう。おかげで、ずっと同じ場所を歩いているような気さえしてきます。
そんな私の憂鬱には、大葉部長が付き合ってくれました。
「確かに、火星の大地は色味が一緒ですからね。でも、私たちが道を作っていかないといけませんから。基地の周辺だけでも地形を覚えておいた方がいいですよ」
暗記系は私の苦手とするところです。できるのなら感覚だけで生きていきたいです。
しかし、私にそう言うということは、大葉部長は火星の地形を記憶しているということなのでしょうか。これは、聞かずにはいられません。
「もしかして、今どの辺りを歩いているのかとか、分かったりするんですか?」
「もっと遠くへ行ったら火星マップがないと不安ですけど、この辺りなら地図なしでも基地まで帰れますよ」
「ほ、ほんとですか!? す、すごい……」
流石は3年生と言うことでしょうか。まだ火星2日の私とでは積み重ねてきた年期というものが違います。
「もちろん、この辺りの地形を全て記憶しているわけではないですよ。大事なのは、目印を見つけることです」
「目印、ですか……」
大葉部長に言われて、私は目印になりそうな場所を探しますが、目の前に広がっているのは、風で蠢く砂漠と同じような見た目の岩山ばかりです。一目で分かるような特徴のある景色は見あたりません。
それでも頑張って目を細めながら探している私に、大葉部長がアドバイスをくれました。
「そんなに難しく考えなくていいんですよ。ぱっと見て、何に似ているとか、そんな感じで。例えば……あの岩山とか。両端が尖っていて、鬼の顔のように見えませんか?」
大葉部長が指さす岩山を見ると、確かに鬼の顔のように見えます。しかし、その程度の特徴なら私でも見つけていました。それでも言い出さなかったのには理由があります。
「それなら、あっちにだって同じような鬼の顔みたいな岩山がありますよ」
私が指さす先にも二本の角がある鬼の顔のような岩山があります。もっと先へ歩いていけば、鬼の顔のような岩山なんてたくさん見かけるでしょう。鬼の顔に似ているというだけでは、目印にするには不十分だと考えていました。
しかし、大葉部長はそんな私の考えの先にいました。
「それなら、彼方の岩山と此方の岩山の違いを探せばいいんですよ」
「違い、ですか……」
私が見つけた鬼の岩山と大葉部長が見つけた鬼の岩山を注意深くよく見ると、確かに二つは全く一緒ではありません。
「なんだか……私が見つけた方が泣いてるみたいですね」
「泣いているですか。そうですね。目……いえ、眉毛でしょうか。そこの模様がハの字になっていて、泣いているみたいですね」
大葉部長は私の考えが分かって嬉しそうです。私も自分の考えが伝わって嬉しいです。
「今みたいにして目印を増やしていくといいですよ。そうしたら、同じような景色が続く火星の旅も退屈じゃなくなりますから。それに、辺りを注意深く見るというのは危機回避にも繋がりますから一石二鳥ですよ」
「そ、そうですね」
この火星探査のミッションに、さりげなく、目印探しという課題が加わってしまった気がします。
今日のミッションは、前回のミッションのような植物に水をあげて基地のメンテナンスをするという危険の少ないミッションではありません。今回のミッションは、火星に投下された品種改良した新たな植物の回収です。
「どうせなら、基地の真上に落としてくれればいいのに……」
「仕方ないだろ。パラシュート開いて降りてくるんだから。むしろ、歩いて回収できる位置に落としてくれてるんだから感謝するべきだろ」
「それは……分かってるけど……」
理解はできますが、納得はできません。用は、私たちに皺寄せが来ているということですから。「職務怠慢だ!」と叫びたい気持ちはありますが、そんな勇気は私にはありません。それに、おかげでいいこともあります。
「まあ、いいじゃん。こうやって火星の大地を自由に歩ける口実ができるんだからさ。こんな貴重な体験、なかなかできるもんじゃないよ」
「そうですもんね」
植物を育てることが重要な任務だということは分かってはいますが、それでも、私たちは火星探査部なのですから火星の大地を歩き回りたいという欲望は捨て切れません。例え、それが過酷な道だとしてもです。断崖をよじ登り、砂嵐に足を取られ、道なき道を歩く。そう言った未知の体験を私は求めていたのです。ただ、今のところ、そういったアクシデントはなく、順調に進んでいます。正直、退屈です。でも、それはアクシデントがないからだけではありません。
「それにしても、いくら歩いても同じ景色ですよね……」
もうずいぶんと歩いたのですが、見えてくるのは赤い砂漠と険しい岩山ばかりです。この生命の気配が一切ない世界は神秘的なのですが、景色が代わり映えしないのは退屈です。おまけに、今日の天気は曇り、というか、風が少し強くて砂が舞い上がり、空はかすんで見えます。砂嵐ほどではないのですが、中国の黄砂なんかが、ちょうどこんな感じになっているのでしょう。おかげで、ずっと同じ場所を歩いているような気さえしてきます。
そんな私の憂鬱には、大葉部長が付き合ってくれました。
「確かに、火星の大地は色味が一緒ですからね。でも、私たちが道を作っていかないといけませんから。基地の周辺だけでも地形を覚えておいた方がいいですよ」
暗記系は私の苦手とするところです。できるのなら感覚だけで生きていきたいです。
しかし、私にそう言うということは、大葉部長は火星の地形を記憶しているということなのでしょうか。これは、聞かずにはいられません。
「もしかして、今どの辺りを歩いているのかとか、分かったりするんですか?」
「もっと遠くへ行ったら火星マップがないと不安ですけど、この辺りなら地図なしでも基地まで帰れますよ」
「ほ、ほんとですか!? す、すごい……」
流石は3年生と言うことでしょうか。まだ火星2日の私とでは積み重ねてきた年期というものが違います。
「もちろん、この辺りの地形を全て記憶しているわけではないですよ。大事なのは、目印を見つけることです」
「目印、ですか……」
大葉部長に言われて、私は目印になりそうな場所を探しますが、目の前に広がっているのは、風で蠢く砂漠と同じような見た目の岩山ばかりです。一目で分かるような特徴のある景色は見あたりません。
それでも頑張って目を細めながら探している私に、大葉部長がアドバイスをくれました。
「そんなに難しく考えなくていいんですよ。ぱっと見て、何に似ているとか、そんな感じで。例えば……あの岩山とか。両端が尖っていて、鬼の顔のように見えませんか?」
大葉部長が指さす岩山を見ると、確かに鬼の顔のように見えます。しかし、その程度の特徴なら私でも見つけていました。それでも言い出さなかったのには理由があります。
「それなら、あっちにだって同じような鬼の顔みたいな岩山がありますよ」
私が指さす先にも二本の角がある鬼の顔のような岩山があります。もっと先へ歩いていけば、鬼の顔のような岩山なんてたくさん見かけるでしょう。鬼の顔に似ているというだけでは、目印にするには不十分だと考えていました。
しかし、大葉部長はそんな私の考えの先にいました。
「それなら、彼方の岩山と此方の岩山の違いを探せばいいんですよ」
「違い、ですか……」
私が見つけた鬼の岩山と大葉部長が見つけた鬼の岩山を注意深くよく見ると、確かに二つは全く一緒ではありません。
「なんだか……私が見つけた方が泣いてるみたいですね」
「泣いているですか。そうですね。目……いえ、眉毛でしょうか。そこの模様がハの字になっていて、泣いているみたいですね」
大葉部長は私の考えが分かって嬉しそうです。私も自分の考えが伝わって嬉しいです。
「今みたいにして目印を増やしていくといいですよ。そうしたら、同じような景色が続く火星の旅も退屈じゃなくなりますから。それに、辺りを注意深く見るというのは危機回避にも繋がりますから一石二鳥ですよ」
「そ、そうですね」
この火星探査のミッションに、さりげなく、目印探しという課題が加わってしまった気がします。
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