オートマーズ

小森 輝

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10章 火星人との邂逅

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 帰りは崖を登ると言うことで、ボルダリングの経験が少しは役に立ったと思います。自然の岩肌はボルダリングほど甘くはありませんでしたが、大葉部長が先頭で道を切り開いてくれたので、私はその経路を真似するだけで登っていけました。生身の体ではなくオートマーズという機械の体だったことが、登りきれた理由の全てだったでしょう。
 アクシデントもなく、みんな無事に崖を登り切ったのですが、彦君は悔しかったのではないのでしょうか。下りる時とは違い、登るときは先頭に大葉部長、その下に私、彦君、マリさんと続きました。もちろん、私が上を見上げても大葉部長のスカートの中は見えません。しかし、重要なのは見えるか見えないかではないのです。思春期真っ盛りの男子高校生の妄想力をなめてはいけません。
 そんな彦君をいじって……慰めてあげようなんて思ったのですが、そんな暇はなかったようです。
「すいません。時間があればでいいんですけど、ライチョウを戻してから基地へ行けないでしょうか?」
「それは、どうしてですか?」
 それは私も気になります。ここで無駄に足踏みをして、前回のように竜巻と遭遇なんてしたら大変です。
「車輪があるので、組み立てれば、引っ張るだけで済みますし、それと……その……忘れないうちに戻しておきたいんです」
 いくら秀才の彦君とは言っても、時間が経てば忘れてしまうこともあるでしょう。人間みな平等です。私だけが忘れっぽいわけではありません。
「組み立てて運んだ方が良さそうですね。一応、こちらへ来る前に火星の情報は見てきたんですけど、このあたりに竜巻が発生している情報はありませんでした」
「じゃあ!」
「はい。許可します。私とマリちゃんでワイヤーの回収をしておくんで、できればそのうちに」
「分かりました!」
「では、緋色さんもよろしくお願いしますね」
「了解です!」
 なんだか彦君より頼られている気がして誇らしいです。
 そして、分解したときと同じように2人で組み立てていきます。車輪を取り付けるときなんかは本体を持ち上げなければならなかったので、意外と私の負担が大きかったのですが、彦君が張り切ってくれたおかげで、分解するときより早く組み立てることができました。
「早かったですね」
 ちょうど組み上がったときに、大葉部長とマリさんも後片付けが終わったようです。
「組むときの方が早いって、さてはバラすときに手抜いてたな?」
「違っ……。分解するときは暗かったし、それに、慎重に覚えながらネジを外していたから時間がかかっただけだ」
 マリさんの言いがかりに彦君が言い返します。
 私は分解するときと組み立てるときの両方にいたので分かります。彦君の言い分はもっともです。しかしながら、それだけではないと私は考えています。
 ただ、今はそんなことを追求するよりも大事なことがあります。
「それより……動くかな?」
 動いてくれれば、引っ張って帰る手間が省けるのですが、そう簡単な話ではないようです。
「何十年も経ってるからな……。ソーラーパネルが生きてれば可能性はあるんだけど……」
 そう言いながら彦君がソーラーパネルに乗った砂を払った瞬間でした。
「な、何の音?」
 突然、謎の異音が鳴り響いたのです。もちろん、それは私たちの体から発せられたものではありません。火星探査機のライチョウから鳴り響いているのです。
「ちょ、ちょっと……爆発とかしないよね?」
「爆発は……しないだろ。燃料とか積んでないんだから……」
 彦君はそう言ってくれますが、不安は拭えません。
 しかし、そんな不安をあざ笑うかのように音は止みました。爆発はしませんし、動くこともありません。
「彦君、原因は分かりますか?」
 大葉部長の問いに彦君が素直に答えます。
「……ソーラーパネルが日光に当たって発電できたから起動した……だといいんですけど……」
 組み立てた彦君にも原因は分からないようです。
 しかし、彦君の予想は当たっていたかもしれません。
 ライチョウの一番上にある顔の部分。それが今まで俯いていたのですが、急に顔を上げたのです。
「な、なに?」
 そして、首が回り、私たちの方を向きます。
 じっと私たちの方を見ていて、何かを考えているようにも見えます。
(ありがとう)
 またあの声、ライチョウからの声です。しかし、今度は助けを求めている声ではなく、感謝を示している声でした。
 その言葉を残して、首は元の位置に戻り、それから少し待っても動くことも異音を発することもありませんでした。
「何だったの……?」
 ただ感謝の言葉を伝えたかったのでしょうか。その意図は、ここにいる誰にも分かりませんでした。
「とりあえず、自分で動いてはくれないみたいなので、みんなで引っ張って帰りましょうか」
 それからライチョウが動くことはなかったので、部員全員でライチョウを引っ張りながら帰り、私たちの火星探査は無事に終了しました。
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