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スラッガー 20
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「流石に今の滑り方はないだろ。ていうか、どうやったらあんなにスピードが出せるんだよ」
「そんなの、俺が聞きたいぐらいだよ……」
「そんなにへこむなって。その内、慣れてくるからさ」
「そうだといいんだけどな……」
オカは普通に立とうとするのだが、今、オカが履いている靴は普通じゃない。足の裏にはローラーが付いているので、当然、普通に立とうとしても立てるはずもなく、気持ちだけが先走りしていき、体はそのまま床に逆戻りしていた。
本人の目の前だと言うのに、これには流石に笑いを堪えきれなかった。
「笑うなよ。人がせっかく付き合ってやっているってのにさ」
「ごめんごめん。つい、面白くてさ。予想はしていたけど、まさかここまで綺麗に尻餅を付くとは思わなかったんだよ」
「予想していたなら、転ける前に言ってくれればいいのに……」
「いやぁ……本当にこけるとは思っていなかったからさ。それにしても、さっきの滑り方といい、本当に面白いよな」
「笑い者にするきかよ。だったら、俺は別の場所で遊んでくる」
不貞腐れて移動しようとするが、やはり立てないようだ。このまま見ているのも、それはそれで楽しいのだが、流石に可哀想だ。仕方がないので、手を差し出した。
「分かった。俺が悪かったよ。ほら、手を貸してやるから。そしたら、お前も転けなくてすむだろ?」
「最初からそうしてくれたらいいのにさ……」
「そうしたかったのは山々なんだけどね。まさか、あんなスピードで……」
「何度も思い出さないでくれ。それよりも、早く起こしてくれないか?」
差し出した右手を握ってくれているのに、笑っているだけで何もしていなかった。
「ごめんごめん。今、引っ張るから」
起き上がらせた勢いで自分がこけないように、踵に付いているブレーキをうまく使いながらオカを引き起こそうと力を入れた。
「痛っ」
嘘や冗談ではない悲痛な声に、思わず手を放してしまった。
「いってぇ……急に放すなよな」
引き起こす途中で手を放してしまった。これで、尻餅の回数は合計で3回になってしまった。いや、注視するべきはそこではない。
「お前、大丈夫かよ」
「何回も転けて大丈夫なわけないだろ。尾骨が折れていたらどうするんだよ」
「いや、そっちじゃなくて……。壁とぶつかったときにでも右腕を怪我したんじゃないか?」
俺も迂闊だった。右利きのピッチャー相手に右腕を引っ張るなんて、それ自体が間違っていた。
「あぁ、ちょっとぶつけたみたいだけど、大丈夫」
「大丈夫って、お前、利き腕だぞ!」
「そんな骨折とかしているわけじゃないんだから、心配しすぎだって。それより、起こしてくれないか? 今度は、左腕を引っ張ってくれればいいからさ」
「あ、あぁ、分かった」
左手を貸すが、全く腑に落ちない。
「右肩よりも尻の方が心配だよ……。本当に尾骨が折れていたらどうしよう……」
ブランクのことを気にしていたくせに、利き腕のことはどうでもいいなんて、矛盾している。野球部に入ることなく野球がしたいと思っていない俺と、俺が野球をしないことでやめてしまったオカとでは話が違う。オカはまだ、野球をやりたいと思っているはずなんだ。それなのに……。
「そんな神妙な顔するなって。冗談だよ、冗談。俺の骨は尻餅をついたぐらいじゃ折れたりしないって。あ、でも、だからって、わざと転けさせたりするなよ? 俺だって、何度も尻餅をついていたら、そのうち折れるかもしれないからさ」
オカが腕のことを気にする様子は一切ない。
そんな親友の姿が気に食わないのだが、野球をやめてしまった俺が文句を言える立場ではないことぐらい分かっている。
「変なことを企んでたりしていないだろうな? ちゃんと支えていてくれないと、俺は逃げることも出来ないんだからな」
お前はいいピッチャーなんだから、体はもちろん、その中でも利き腕だけは大事にしろ。
そんな言葉を俺が言う資格はない。野球を共にしているチームメイトが言うべき言葉だ。だから……。
「そんなに俺のことが信用できないのかよ。だったら、その期待に応えてやるよ」
オカの背中を優しく押してやった。
「なっ……ちょ……せめて止まり方を教えてから……」
謎の動力によって加速していき、そしてまた壁にぶつかって転けていた。
「頭はいいのに、学習能力がないんだよな……」
だから俺には、気にするのをやめて、何も考えずに笑って遊ぶことしか出来ない。
「そんなの、俺が聞きたいぐらいだよ……」
「そんなにへこむなって。その内、慣れてくるからさ」
「そうだといいんだけどな……」
オカは普通に立とうとするのだが、今、オカが履いている靴は普通じゃない。足の裏にはローラーが付いているので、当然、普通に立とうとしても立てるはずもなく、気持ちだけが先走りしていき、体はそのまま床に逆戻りしていた。
本人の目の前だと言うのに、これには流石に笑いを堪えきれなかった。
「笑うなよ。人がせっかく付き合ってやっているってのにさ」
「ごめんごめん。つい、面白くてさ。予想はしていたけど、まさかここまで綺麗に尻餅を付くとは思わなかったんだよ」
「予想していたなら、転ける前に言ってくれればいいのに……」
「いやぁ……本当にこけるとは思っていなかったからさ。それにしても、さっきの滑り方といい、本当に面白いよな」
「笑い者にするきかよ。だったら、俺は別の場所で遊んでくる」
不貞腐れて移動しようとするが、やはり立てないようだ。このまま見ているのも、それはそれで楽しいのだが、流石に可哀想だ。仕方がないので、手を差し出した。
「分かった。俺が悪かったよ。ほら、手を貸してやるから。そしたら、お前も転けなくてすむだろ?」
「最初からそうしてくれたらいいのにさ……」
「そうしたかったのは山々なんだけどね。まさか、あんなスピードで……」
「何度も思い出さないでくれ。それよりも、早く起こしてくれないか?」
差し出した右手を握ってくれているのに、笑っているだけで何もしていなかった。
「ごめんごめん。今、引っ張るから」
起き上がらせた勢いで自分がこけないように、踵に付いているブレーキをうまく使いながらオカを引き起こそうと力を入れた。
「痛っ」
嘘や冗談ではない悲痛な声に、思わず手を放してしまった。
「いってぇ……急に放すなよな」
引き起こす途中で手を放してしまった。これで、尻餅の回数は合計で3回になってしまった。いや、注視するべきはそこではない。
「お前、大丈夫かよ」
「何回も転けて大丈夫なわけないだろ。尾骨が折れていたらどうするんだよ」
「いや、そっちじゃなくて……。壁とぶつかったときにでも右腕を怪我したんじゃないか?」
俺も迂闊だった。右利きのピッチャー相手に右腕を引っ張るなんて、それ自体が間違っていた。
「あぁ、ちょっとぶつけたみたいだけど、大丈夫」
「大丈夫って、お前、利き腕だぞ!」
「そんな骨折とかしているわけじゃないんだから、心配しすぎだって。それより、起こしてくれないか? 今度は、左腕を引っ張ってくれればいいからさ」
「あ、あぁ、分かった」
左手を貸すが、全く腑に落ちない。
「右肩よりも尻の方が心配だよ……。本当に尾骨が折れていたらどうしよう……」
ブランクのことを気にしていたくせに、利き腕のことはどうでもいいなんて、矛盾している。野球部に入ることなく野球がしたいと思っていない俺と、俺が野球をしないことでやめてしまったオカとでは話が違う。オカはまだ、野球をやりたいと思っているはずなんだ。それなのに……。
「そんな神妙な顔するなって。冗談だよ、冗談。俺の骨は尻餅をついたぐらいじゃ折れたりしないって。あ、でも、だからって、わざと転けさせたりするなよ? 俺だって、何度も尻餅をついていたら、そのうち折れるかもしれないからさ」
オカが腕のことを気にする様子は一切ない。
そんな親友の姿が気に食わないのだが、野球をやめてしまった俺が文句を言える立場ではないことぐらい分かっている。
「変なことを企んでたりしていないだろうな? ちゃんと支えていてくれないと、俺は逃げることも出来ないんだからな」
お前はいいピッチャーなんだから、体はもちろん、その中でも利き腕だけは大事にしろ。
そんな言葉を俺が言う資格はない。野球を共にしているチームメイトが言うべき言葉だ。だから……。
「そんなに俺のことが信用できないのかよ。だったら、その期待に応えてやるよ」
オカの背中を優しく押してやった。
「なっ……ちょ……せめて止まり方を教えてから……」
謎の動力によって加速していき、そしてまた壁にぶつかって転けていた。
「頭はいいのに、学習能力がないんだよな……」
だから俺には、気にするのをやめて、何も考えずに笑って遊ぶことしか出来ない。
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