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第二章・喪われし魂の救済を求めて、最期まで心を焦がしてやまなかった彼と。

2-3・がらくたの呪い

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「では、どうぞ」
「あ、ああ」

 ミゴーに促されて、暗色の『窓』に一歩足を踏み入れた。周りの風景がぐにゃりと歪む。一瞬後に目の前に広がったのは、柱の立ち並ぶ長い回廊だ。外に当たるはずの空間は、手つかずのキャンバスのようにただただ白い。まっすぐな廊下の果てにぽつんと、大きな金属製の扉だけが見える。

「こ、こんなところで儀式を執り行うのか」
「まさか。この先もうちょっと歩いてもらいますよ。こっちにも色々と準備があるんでね」
「む、そ、そうか。諒解した」

 ちらりと後方を振り向くと『窓』は既に閉じていて、悪魔のもうひとり、ユージンの姿はどこにも見当たらない。準備とやらを整えに行っているのだろうか。観察したい僕に構わず、ミゴーはさっさと歩き出してしまった。慌てて後を追う。歩幅にだいぶ差があるせいか、ともすれば置いていかれそうになるのを悟られないように足を早める。

「いやあ、それにしても」

 歩みの速度は変えぬまま、ミゴーは後ろをついていく僕に話しかけ始めた。

「あのときあなたを捕まえられてよかったですよ。まさかあんなギリギリのとこに出くわすとは思いませんでした」
「あのとき……って、ああ、あの翼はお前のものだったのか」
「そうです。いやー、俺もこの仕事そこそこ慣れてはきましたけど、死のうとする人キャッチしたのはさすがに初めてでしたね」
「死ぬんじゃない。呪いになるんだ」
「え?」

 ミゴーが足を止めて振り返る。僕を気遣っているわけではなさそうだが、差を縮めるなら今しかない。息切れしないギリギリの早足で、平静を装って話を続ける。

「なんだ、知らないのか、悪魔の癖に。古の盟約だよ。僕の血と肉を贄にして、禊ぎ得ぬ呪いをあの場所に刻み込む。居合わせた羽虫どもの心臓に消えない楔を穿ち、僕の存在そのものを無窮の呪いと成す。数多の古文書を当たって確立した、僕だけの牢固たる呪法だ」
「……そりゃまた、なんでそんなことを」
「なんで?」

 こみ上げてきた笑いが、口元からククッと溢れた。僕が隣に追いついたのを見定めてから、ミゴーは再び歩き始めた。

「痛快だろう? 誰にとっても価値のないがらくたが、汚泥と化して世界を穢し、鼠輩どもを恐怖に陥れ続けるんだ。代償が僕の命なら、安いものじゃないか」
「……」

 ミゴーは何も答えない。ただ例の笑顔を崩さぬままで、僕の隣を黙って歩き続けるだけだ。僕もこれ以上ぺらぺらと手の内を明かすつもりはなかったから、そのまま口をつぐんだ。果てなく広がる沈黙の中に、回廊を渡る二つの足音が響く。
 やがて想像よりはずいぶん早く、僕とミゴーは並んで扉の前にたどり着いた。僕の二倍はありそうな高い扉に手をかけながら、ミゴーが僕の顔を見る。

「さて、俺がお供するのはここまでです。心の準備はよろしいですか?」
「あ……ああ」
「結構。じゃ、開けますね」

 押し板が軽く押されると、重たげな扉は音を立てて開き始めた。気づかれないようにごくりと唾を飲む。口ではここまでとは言うものの狡猾な悪魔のことだ、この先も僕の自由にさせてくれるはずはない。どうせどこかから監視を続けるに決まっているが、構うものか。屋上から身を投げた瞬間から、僕の体は僕のものじゃなく、呪いの傀儡だ。
 そうだ。これこそが呪いの手始めとなる祝祭なのだ。そう思えば奴以上に相応しい贄はない。傷跡が疼くように胸がざわめく。この傷の深さの分だけ、今宵僕の呪いは明明と燃え上がる。
 扉の先の空間は暗く、ところどころで紫の炎が人魂のように揺らめいていた。天蓋の付いた豪奢なベッドが、闇の中でほのかな燐光を放っている。その上にひとつ、黒い塊のような人影があった。背中を丸めて後ろを向いたその人影は、僕が声をかける前に小さく蠢いた。

「……神母坂?」

 忘れようにも忘れ得ぬその声が、僕の鼓膜を震わせる。
 首の後ろの産毛が、燃え立つようにざわりと戦慄いた。
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