死ぬ前に一度だけ、セックスしたい人はいますか?──自称ノンケな欲望担当天使のつがわせお仕事日記

スイセイ

文字の大きさ
36 / 115
第三章・せっくすの仕方がわからないぼくたちが、神の思し召しで遣わされた天使様方に教わって。

3-10・結果報告 その2

しおりを挟む
3-10・結果報告 その2
「……ジンさん。ユージンさん?」
「はぇっ!?」

 ミゴーに声をかけられて、はっと我に返った。睨めっこしていたはずの書類仕事は、しばらく前から一ミリも進んでいない。

「もう定時ですよ。俺は当然帰りますけど、ユージンさんは大丈夫ですか」
「あ、ああ、大丈夫大丈夫、そんなに急ぎでもないし。けどまあ、そうだな、ちょっとだけ残ってやってこうかな」
「はあ」

 訝しげなミゴーが目に入らないように、画面に向かって意識を集中させる。ミゴーの服装は、昨日と変わらないワイシャツに黒ネクタイだ。ともすれば思い出してしまいそうになる。着痩せして見える腕と胸には意外と男っぽい筋肉がついていることとか、その胸に背を預けたときの感触とか。駄目だ駄目だと思うたびに記憶は深淵をさまよい始め、しまいにはもっと前の、酔っててろくに覚えてなかったはずの色々までもを引っ張り出しそうになる始末だ。俺を抱く手の力強さ。触れた肌の熱さ。なんだか泣いているみたいに顔を歪めて、近づいてくるミゴーの……

「ユージンさん、あの」
「へっ!? あっ、何!?」

 再び馬鹿みたいな声を出した上に、椅子から軽く飛び跳ねてしまった。ミゴーはいよいよ怪訝な顔をしている。ああ、くそ、これ絶対ろくでもないことを言われるやつだ。昨日のことを思い出しちゃったんですかとか、そんなに気になるなら今夜あたり一発どうですかとか。知ってるよ、そういう奴なんだよ、こいつは。
 だが俺の絶望とは裏腹に、意外にもミゴーはそこには触れず、代わりにデスクの下にあった紙袋を拾い上げて俺に渡した。

「これ。どうぞ」
「え?」

 反射的に受け取って、中を覗き込む。袋の下部にちょこんと並んでいるのは、小さな素焼きのポットが三つ。

「……鉢?」
「はい。あれ、あのままじゃあんまりなんで」

 ミゴーが指差したのは、俺のデスクに並んでいる新入りの多肉植物、マッコス三兄弟だ。この前ミゴーに見咎められた、間に合わせのジャム瓶入りのやつ。そのうちちゃんと植え替えようと思いつつなかなかその暇もなく、今もそのままの姿で机の上に飾ってあるが、しかし。

「これ、俺に? もらっていいの?」
「もちろん。業者じゃないんですから、飾るならちゃんと飾ってくださいよ」
「あ……ありがとう」

 最初の戸惑いが収まった後に、だんだんと嬉しさが沸いてくる。上がる口角を抑えずに紙袋を胸に抱えた。

「そうかそうか。とうとうミゴーにも多肉を」
「多肉を愛でる気持ちは別に芽生えてないんで、そこは勘違いしないでください」
「……ツンデレ?」
「本心です」
「なんだよー」

 わざとちょっと尖らせてみせた口は、しかし程なく自然と笑みの形に戻る。

「でも、ありがとう。気にかけてくれたのは嬉しいよ、ほんとに」

 素直に礼を言うと、ミゴーはなぜかちょっと複雑そうな顔をした。

「……た」
「ん?」

 目を逸らしたまま、小声で何事か呟く。椅子を滑らせて近寄ると、ミゴーはやや怯んだように、だが少し声量を上げて繰り返した。

「昨日のこと。不本意だったでしょ」
「え」
「すみませんでした。さすがにちょっと調子に乗りました」

 軽く頭を下げてみせた彼の顔には、いつもの笑みは浮かんでいない。らしからぬ神妙さに、俺の方がちょっとうろたえてしまう。

「び、びっくりした。お前がそんな殊勝な態度を取るのか」
「それはさすがに酷くないですか」
「いやごめん、でもなんて言うか……お前はああいうことに対しては、もっと軽い性質だと思ってたから」
「……」

 ミゴーは考え込むように口元に手を当てて、そのままぼそぼそと小さく呟く。

「確かに、重く考えるのは俺も嫌なんですけど。それでも俺は、ユージンさんの意志に反してまでセックスしたいとは思ってないんで」
「……おお」
「なので、その。ごめんなさいの印と言うことで。改めてすみませんでした、昨日は」

 真面目な顔で謝罪を繰り返すミゴーは、どうも俺の目からはやや落ち込んでいるようにすら見える。何度仕事をサボって俺に怒られても、次の日にはけろっとしているこいつが、だ。
 なぜか俺は妙な焦りを覚えた。なんでこいつがそんな顔するんだ。いつものあの軽い調子はどうした。昨日のあれこれへの気まずさも忘れて、どうにかこいつを引っ張り上げてやらなくては、なんて使命感すら覚えてしまう。

「別に、俺も気にしてないよ。あくまで一線は超えないレベルだったし、それに」

 続く言葉は、一瞬、口にするべきか否かを迷った。けれどミゴーのしおらしい瞳を目にした瞬間、浮かんだセリフは勝手に滑り落ちていた。

「そもそも……た、他人じゃないんだろ、俺とお前は」

 言ったあと、というかむしろ言ってる最中から早くも後悔した。萎れゆく葉のように下を向く俺に、ミゴーが唖然とした表情を浮かべ、少ししてからぷっと噴き出す。

「……そういう冗談は、もっとサラッと言わなきゃ駄目ですよ」
「う、うるさいな」
「でも、そうですね。ユージンさんがそう言ってくれるなら、合意の上でもう一回」
「それは調子に乗りすぎだ」
「あはは」

 出た、いつもの空笑い。元気になってくれたかどうかまではわからないが、少なくとも調子を取り戻したことには内心ほっとした。

「じゃ、俺は帰りますね」
「はいはい、お疲れ」

 追い出すように手を振ると、ミゴーは早々と席を立った。長身の後ろ姿がドアの向こうに消えてから、密かに詰めていた息を吐く。
 結局、あの手のミゴーの誘いは、何も本気で言ってるってわけじゃないんだろう。その証拠にいくら断っても凹んだ試しがないし、真剣な素振りは見せずにすっと引く。
 そして俺も、そのことを寂しいなんて思わない。それが現状の、俺たち二人が保つべき均衡だ。
 不意に、こめかみのあたりがずきんと痛んだ。今日一日気を張っていたせいだろうか。コーヒーでも淹れてこようと事務所を出て、共用の給湯室に向かった。
 いつもの癖で二杯分のコーヒーを用意しかけてしまって、自分で自分に苦笑した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

好きな人に迷惑をかけないために、店で初体験を終えた

和泉奏
BL
これで、きっと全部うまくいくはずなんだ。そうだろ?

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

処理中です...