89 / 115
第七章・死ぬ前に一度だけ、セックスをしたかったあの人と。
7-5・ここにいる理由
しおりを挟む
正直、迷った。突っ込んで聞いていい話だろうか。普段の俺ならばきっと、聞こえなかったふりをして話題を逸らす場面だ。でもそのときの俺はなぜか、咄嗟にその手段を取ることができなかった。
ためらいを表情に出してしまっていたんだろう。俺の顔を見上げて、祐仁さんはふっと息をつく。
「あー、なんだ。大したことない話だよ。わざわざ言うのも恥ずかしいくらい」
「……それは……俺が聞いても、いい話ですか」
「ん……」
思案するように口元に手をやって、祐仁さんは空を見上げる。釣られて俺も顔を上げた。濃紺色の濁った空に、星はひとつふたつしか見えない。
「……うちってさ、ひとり親なんだよ。あー、違う、ひとり親だったんだよ」
「はい」
「だったんだけど、少し前……半年くらい前に、母親が再婚して。苗字と、あと、家も変わって」
初対面の時の彼を思い出す。白瀬じゃなくて、祐仁で。違和感のあった要請の理由はそれか。
「別に、関係が悪いわけじゃない。むしろすごくよくしてもらってると思うよ、客観的に見ても。俺が一人暮らししようかって言ったときも、君さえよければ一緒に住めばいいじゃないか、って」
「……」
「ただ……だからこそ、俺がこの家にいていいのかなって、考えることが多くて」
そこで言葉を切って、祐仁さんは軽く首を振る。
「……違うな。俺が居心地悪いんだ、実際。よく知らない、いい人と、家族としてずっと一緒にいるのが。でもそれを認めたら、自分が最悪な奴みたいでさ。あっちこっちにいい顔したくて、家にいなくても許される理由探して、結果、こうなってる」
大きく息を吐いて、祐仁さんは斜め後ろの俺を振り向いた。目が合う。心臓が音を立てる。
「ごめん。だから今日のも多分、御郷のためとかそんなんじゃないんだ。いや、お前の支えになりたいって気持ちも確かにあったけど、それでも一番は俺の言い訳のためなんだ」
「そう、だったんですか」
「がっかり、だよな。いい歳して甘ったれんなって感じだよな。……ごめん」
「謝る必要、ないですよ」
項垂れかける彼に向かって、窓からぐっと身を乗り出した。
「むしろ嬉しいです、俺は」
「は?」
「俺ばっかり尽くしてもらってるつもりでいたのに、それが祐仁さんのためにもなってたんだなって。なんかそれって、うまく言えないですけど、対等って感じじゃないですか」
窓枠と、花壇に阻まれた距離がもどかしい。俺が点滴なんかに繋がれていなければ、窓枠を飛び越えて彼の隣に座れただろうか。歯痒さを胸の奥にしまい込んで、俺を見上げる彼に笑顔を向ける。
「だから、嬉しいです。これからは俺も、心置きなく引き留められますね」
「……はは。いいのか、そんな結論で」
「だってWin-Winでしょ?」
フォローのつもりでもなんでもなく、心底俺はそう思っていた。僅かに浮かれてすらいた。
俺の下心を知ってか知らずか、祐仁さんはちょっと眉を寄せて笑った。
「いい奴だな、御郷は」
「祐仁さんには負けますよ」
「だから俺は……」
反射のように放ちかけた異議に、祐仁さんは途中でブレーキをかける。
「……まあ、いいや」
独り言のようにそう呟いて、彼はまた空を見上げた。
桜の枝を縫うように、飛行機の小さな光が、明滅しながら夜空を渡っていく。
ためらいを表情に出してしまっていたんだろう。俺の顔を見上げて、祐仁さんはふっと息をつく。
「あー、なんだ。大したことない話だよ。わざわざ言うのも恥ずかしいくらい」
「……それは……俺が聞いても、いい話ですか」
「ん……」
思案するように口元に手をやって、祐仁さんは空を見上げる。釣られて俺も顔を上げた。濃紺色の濁った空に、星はひとつふたつしか見えない。
「……うちってさ、ひとり親なんだよ。あー、違う、ひとり親だったんだよ」
「はい」
「だったんだけど、少し前……半年くらい前に、母親が再婚して。苗字と、あと、家も変わって」
初対面の時の彼を思い出す。白瀬じゃなくて、祐仁で。違和感のあった要請の理由はそれか。
「別に、関係が悪いわけじゃない。むしろすごくよくしてもらってると思うよ、客観的に見ても。俺が一人暮らししようかって言ったときも、君さえよければ一緒に住めばいいじゃないか、って」
「……」
「ただ……だからこそ、俺がこの家にいていいのかなって、考えることが多くて」
そこで言葉を切って、祐仁さんは軽く首を振る。
「……違うな。俺が居心地悪いんだ、実際。よく知らない、いい人と、家族としてずっと一緒にいるのが。でもそれを認めたら、自分が最悪な奴みたいでさ。あっちこっちにいい顔したくて、家にいなくても許される理由探して、結果、こうなってる」
大きく息を吐いて、祐仁さんは斜め後ろの俺を振り向いた。目が合う。心臓が音を立てる。
「ごめん。だから今日のも多分、御郷のためとかそんなんじゃないんだ。いや、お前の支えになりたいって気持ちも確かにあったけど、それでも一番は俺の言い訳のためなんだ」
「そう、だったんですか」
「がっかり、だよな。いい歳して甘ったれんなって感じだよな。……ごめん」
「謝る必要、ないですよ」
項垂れかける彼に向かって、窓からぐっと身を乗り出した。
「むしろ嬉しいです、俺は」
「は?」
「俺ばっかり尽くしてもらってるつもりでいたのに、それが祐仁さんのためにもなってたんだなって。なんかそれって、うまく言えないですけど、対等って感じじゃないですか」
窓枠と、花壇に阻まれた距離がもどかしい。俺が点滴なんかに繋がれていなければ、窓枠を飛び越えて彼の隣に座れただろうか。歯痒さを胸の奥にしまい込んで、俺を見上げる彼に笑顔を向ける。
「だから、嬉しいです。これからは俺も、心置きなく引き留められますね」
「……はは。いいのか、そんな結論で」
「だってWin-Winでしょ?」
フォローのつもりでもなんでもなく、心底俺はそう思っていた。僅かに浮かれてすらいた。
俺の下心を知ってか知らずか、祐仁さんはちょっと眉を寄せて笑った。
「いい奴だな、御郷は」
「祐仁さんには負けますよ」
「だから俺は……」
反射のように放ちかけた異議に、祐仁さんは途中でブレーキをかける。
「……まあ、いいや」
独り言のようにそう呟いて、彼はまた空を見上げた。
桜の枝を縫うように、飛行機の小さな光が、明滅しながら夜空を渡っていく。
2
あなたにおすすめの小説
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる