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第七章・死ぬ前に一度だけ、セックスをしたかったあの人と。
7-6・お見舞い、のようなもの
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それ以降祐仁さんのテリトリーは、俺の病室内まで拡大される運びとなった。
もちろん俺ひとりの病室じゃないから、あまり騒がしくするわけにはいかない。相部屋の患者とは挨拶程度しか交わしていないが、ここに入院している以上はみんなそれなりの重病人だ。幸い隣と向かいのベッドは空いている。仕切りのカーテンを閉めれば、疑似的な個室として使えるくらいのプライバシーは確保できた。
そして今日も祐仁さんは庭仕事を終えて、俺の病室を訪れる。
「ん。見舞い」
ベッドの横まで歩み寄るなり、片手に携えた……と言うより乗せた花の一輪を、祐仁さんは俺の手に押しつける。今日のペチュニアは濃いピンク色だ。例に漏れず、リボンやラッピングなどの飾り気はおろか、萼から下の茎すらない。
「またですか。いらないですよ」
「なんでだよ。見舞いには花がいるだろ」
「花っつーか花の生首じゃないですか、こんなの。せめて茎ごととか、あるでしょ」
「駄目だ。毎回そんなことしてたら花壇が駄目になる」
「意味わかんないですよ……」
とか言いつつも俺は既に、彼の不可解な行動の訳を知っている。つまり俺の元を訪れるのはあくまで見舞いであって、決して自分のためだけにだらだらしているわけではない。その理屈を成り立たせるための小道具がこの、乙女が髪に飾るがごとき一輪の花だと言うわけだ。剪定したものや自然に落ちたものを活用しているから大丈夫だ、とは彼の弁。持ってこられる俺はどういう気持ちになればいいんだろうか。
「じゃあせめて、たまには別の花にしてくださいよ。買えとまでは言わないですけど」
「ここの花壇、ペチュニアばっかりなんだよ」
「自分ちで育てたりはしてないんですか。園芸、好きになったんでしょ」
「……だってそういうの、庭がいるだろ」
「ないんですか?」
「あるけど……」
語尾を濁しつつ祐仁さんは、ベッド脇の椅子に腰を下ろした。言外に、察してくれと言わんばかりの空気を匂わせて。まあ確かに彼の家庭環境上、自分のために庭を使わせてくれとはなかなか言い出しづらいだろう。話を聞く限り許可を求めれば恐らく快諾してくれるとは思うが、そういうことじゃなくて、彼の気持ちの問題だ。
受け取ったペチュニアを、サイドテーブルに用意していたコップに浮かべた。茎から切り離された花はすぐに萎れてしまうが、水に漬けておけば多少は保つ。連日の経験から見出したやり方だ。
「鉢植えとかなら、いいんじゃないですか」
「鉢植え?」
「卓上植物みたいなやつ。インテリア売り場とかに小さいのあるでしょ」
「鉢植え……そうか。そういう手もあるか」
今気づいた、とでも言うように、祐仁さんは目を丸くして頷いている。この人は頭がいいんだかそうじゃないんだかよくわからない。聞いていた学校名は、結構な有名大学だったはずだが。
「ああ、でも、ここに持ってくるのはまずいか。確か病人に鉢植えは縁起悪いとか聞くよな。根付くからとかって」
「毎週毎週花の生首持ってくる人が、今さら何を気にしてるんですか」
「生首呼ばわりはお前の問題だろ」
こんなに可愛いのに、と、祐仁さんは花の浮かんだコップを持ち上げる。ふちの萎れかけたペチュニアが、コップの中でゆらゆらと揺れている。
葉桜の初夏は、いつの間にか過ぎていこうとしていた。
もちろん俺ひとりの病室じゃないから、あまり騒がしくするわけにはいかない。相部屋の患者とは挨拶程度しか交わしていないが、ここに入院している以上はみんなそれなりの重病人だ。幸い隣と向かいのベッドは空いている。仕切りのカーテンを閉めれば、疑似的な個室として使えるくらいのプライバシーは確保できた。
そして今日も祐仁さんは庭仕事を終えて、俺の病室を訪れる。
「ん。見舞い」
ベッドの横まで歩み寄るなり、片手に携えた……と言うより乗せた花の一輪を、祐仁さんは俺の手に押しつける。今日のペチュニアは濃いピンク色だ。例に漏れず、リボンやラッピングなどの飾り気はおろか、萼から下の茎すらない。
「またですか。いらないですよ」
「なんでだよ。見舞いには花がいるだろ」
「花っつーか花の生首じゃないですか、こんなの。せめて茎ごととか、あるでしょ」
「駄目だ。毎回そんなことしてたら花壇が駄目になる」
「意味わかんないですよ……」
とか言いつつも俺は既に、彼の不可解な行動の訳を知っている。つまり俺の元を訪れるのはあくまで見舞いであって、決して自分のためだけにだらだらしているわけではない。その理屈を成り立たせるための小道具がこの、乙女が髪に飾るがごとき一輪の花だと言うわけだ。剪定したものや自然に落ちたものを活用しているから大丈夫だ、とは彼の弁。持ってこられる俺はどういう気持ちになればいいんだろうか。
「じゃあせめて、たまには別の花にしてくださいよ。買えとまでは言わないですけど」
「ここの花壇、ペチュニアばっかりなんだよ」
「自分ちで育てたりはしてないんですか。園芸、好きになったんでしょ」
「……だってそういうの、庭がいるだろ」
「ないんですか?」
「あるけど……」
語尾を濁しつつ祐仁さんは、ベッド脇の椅子に腰を下ろした。言外に、察してくれと言わんばかりの空気を匂わせて。まあ確かに彼の家庭環境上、自分のために庭を使わせてくれとはなかなか言い出しづらいだろう。話を聞く限り許可を求めれば恐らく快諾してくれるとは思うが、そういうことじゃなくて、彼の気持ちの問題だ。
受け取ったペチュニアを、サイドテーブルに用意していたコップに浮かべた。茎から切り離された花はすぐに萎れてしまうが、水に漬けておけば多少は保つ。連日の経験から見出したやり方だ。
「鉢植えとかなら、いいんじゃないですか」
「鉢植え?」
「卓上植物みたいなやつ。インテリア売り場とかに小さいのあるでしょ」
「鉢植え……そうか。そういう手もあるか」
今気づいた、とでも言うように、祐仁さんは目を丸くして頷いている。この人は頭がいいんだかそうじゃないんだかよくわからない。聞いていた学校名は、結構な有名大学だったはずだが。
「ああ、でも、ここに持ってくるのはまずいか。確か病人に鉢植えは縁起悪いとか聞くよな。根付くからとかって」
「毎週毎週花の生首持ってくる人が、今さら何を気にしてるんですか」
「生首呼ばわりはお前の問題だろ」
こんなに可愛いのに、と、祐仁さんは花の浮かんだコップを持ち上げる。ふちの萎れかけたペチュニアが、コップの中でゆらゆらと揺れている。
葉桜の初夏は、いつの間にか過ぎていこうとしていた。
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