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第七章・死ぬ前に一度だけ、セックスをしたかったあの人と。
7-7・最後の一花
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七月。
入院が少し長引いている。俺にとっては慣れっこの事態だが、家族にとってはどうだろう。退院の日が延びる一日ごとに、俺がもう帰らないような不安にかられると、以前両親が吐露しているのを耳にしてしまったことがある。死は平等に訪れるものだから、いつ奈落に落とされるかはわからないのは誰でも同じだ。けれども俺の歩く道は、他人よりだいぶ崖際に造られている。それこそ気まぐれに風が吹いただけで、木の葉のように落ちてしまいそうなくらいに。
もっとも当の俺は今現在、普段よりずっと軽い気分だ。今俺がいる病室は、もはやひとりで鬱々とするだけの場所じゃない。
七月。祐仁さんが持て余している、大学生の長い夏休みを、俺は少しだけわけてもらっている。
桜の木にセミが止まっている。暑さで覇気のない俺たちに見せつけるみたいに、声を張り上げて鳴いている。実は自分たちの方こそが、あと一週間かそこらで死んでしまう存在のくせに。あの鳴き声は確かメスを呼んでいるんだったっけ。首尾よくコトを成し遂げたとしてその後に訪れる運命を、こいつらはわかった上で鳴いているんだろうか。
「でも、セミって七年間土の下にいたわけだろ」
麦わら帽子を被った祐仁さんが、ホースで水を撒きながら俺の疑問に答えた。
「虫で七年も生きるって、実は相当長生きだよな。一般的なイメージで言えば、虫なんか冬になったら死ぬもんじゃないのか」
「言われてみればそうですね」
「だから満足してるだろ、とまでは言わないけどさ。人生……セミ生最後の一花としてのひと頑張りなんだろ、セミにとっては」
「最後の一花が交尾、ねえ。動物的だなあ」
「動物だからな」
「あれ? 虫って動物でしたっけ」
「んん……? まあ、植物じゃないのは確かだな」
暑さで脳が溶けたような会話を交わしながら、俺は窓に腕を、腕の上に顎を乗せて祐仁さんを眺めている。背中側は冷房が効いているけれど、突き出した頭は直射日光に晒されっぱなしだ。暑い。俺は今、自覚的に体に悪いことをしている。腹を壊すとわかっていながら、冷蔵庫のアイスを食い尽くす子供みたいに。
「でも、セミって冬虫夏草……」
「おーい、祐仁」
弛みまくった脳を、いきなり知らない声が揺らした。驚いて頭を上げる。祐仁さんも意外そうな顔をして、声が聞こえてきた方へと振り向いた。
声の主は、Tシャツに短パン姿の青年だった。後ろに続く男女各一名と、連れ立って俺たちの方へ歩いてくる。誰だろう。首を傾げる俺と反対に、祐仁さんは呆れたように口を開いた。
「なんだ。今さら来たのか、お前ら」
「やー、悪かったって。忙しかったんだよ。でも今後はまた俺らも参加するからさ」
「どうせ、このままじゃ履歴書には書けないとか言われたんだろ」
「いやいや、まあ、確かにそれもあるけど」
わざとらしく肩をすくめた男に、一斉にどっと笑い声が上がる。何がそんなにおかしいんだろう。無意識に、祐仁さんの表情を窺った。眉を寄せて苦い顔を作る彼は、けれど口元だけで僅かに、笑っていた。
窓に隠れて、服の胸元をぐっと掴んだ。できそこないの心臓が、長くて太い針で刺し貫かれている気がした。
入院が少し長引いている。俺にとっては慣れっこの事態だが、家族にとってはどうだろう。退院の日が延びる一日ごとに、俺がもう帰らないような不安にかられると、以前両親が吐露しているのを耳にしてしまったことがある。死は平等に訪れるものだから、いつ奈落に落とされるかはわからないのは誰でも同じだ。けれども俺の歩く道は、他人よりだいぶ崖際に造られている。それこそ気まぐれに風が吹いただけで、木の葉のように落ちてしまいそうなくらいに。
もっとも当の俺は今現在、普段よりずっと軽い気分だ。今俺がいる病室は、もはやひとりで鬱々とするだけの場所じゃない。
七月。祐仁さんが持て余している、大学生の長い夏休みを、俺は少しだけわけてもらっている。
桜の木にセミが止まっている。暑さで覇気のない俺たちに見せつけるみたいに、声を張り上げて鳴いている。実は自分たちの方こそが、あと一週間かそこらで死んでしまう存在のくせに。あの鳴き声は確かメスを呼んでいるんだったっけ。首尾よくコトを成し遂げたとしてその後に訪れる運命を、こいつらはわかった上で鳴いているんだろうか。
「でも、セミって七年間土の下にいたわけだろ」
麦わら帽子を被った祐仁さんが、ホースで水を撒きながら俺の疑問に答えた。
「虫で七年も生きるって、実は相当長生きだよな。一般的なイメージで言えば、虫なんか冬になったら死ぬもんじゃないのか」
「言われてみればそうですね」
「だから満足してるだろ、とまでは言わないけどさ。人生……セミ生最後の一花としてのひと頑張りなんだろ、セミにとっては」
「最後の一花が交尾、ねえ。動物的だなあ」
「動物だからな」
「あれ? 虫って動物でしたっけ」
「んん……? まあ、植物じゃないのは確かだな」
暑さで脳が溶けたような会話を交わしながら、俺は窓に腕を、腕の上に顎を乗せて祐仁さんを眺めている。背中側は冷房が効いているけれど、突き出した頭は直射日光に晒されっぱなしだ。暑い。俺は今、自覚的に体に悪いことをしている。腹を壊すとわかっていながら、冷蔵庫のアイスを食い尽くす子供みたいに。
「でも、セミって冬虫夏草……」
「おーい、祐仁」
弛みまくった脳を、いきなり知らない声が揺らした。驚いて頭を上げる。祐仁さんも意外そうな顔をして、声が聞こえてきた方へと振り向いた。
声の主は、Tシャツに短パン姿の青年だった。後ろに続く男女各一名と、連れ立って俺たちの方へ歩いてくる。誰だろう。首を傾げる俺と反対に、祐仁さんは呆れたように口を開いた。
「なんだ。今さら来たのか、お前ら」
「やー、悪かったって。忙しかったんだよ。でも今後はまた俺らも参加するからさ」
「どうせ、このままじゃ履歴書には書けないとか言われたんだろ」
「いやいや、まあ、確かにそれもあるけど」
わざとらしく肩をすくめた男に、一斉にどっと笑い声が上がる。何がそんなにおかしいんだろう。無意識に、祐仁さんの表情を窺った。眉を寄せて苦い顔を作る彼は、けれど口元だけで僅かに、笑っていた。
窓に隠れて、服の胸元をぐっと掴んだ。できそこないの心臓が、長くて太い針で刺し貫かれている気がした。
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