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第七章・死ぬ前に一度だけ、セックスをしたかったあの人と。
7-8・外の世界
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別に。彼と親しげに言葉を交わす人たちに嫉妬を覚えたとか、そういうことじゃない。さすがに俺の心はそこまで狭くない、と思う。グループの中には女の人もいたが、彼の態度に友達以外の何かはかけらも見受けられなかった。
そうじゃない。そうじゃなくて、もっと。
ひとしきり祐仁さんと言葉を交わした後で。三人の中で一番前に出ていた男が、ようやく俺に気づいたみたいだ。
「ところで、祐仁。その人は?」
「ああ、ともだち。友達になった」
「御郷です。どうも」
とっさに口角を上げて笑顔をつくった。四×二=八個の目が一身に集中する。へえ、よろしく、なんて口々に挨拶をしながら、俺を観察する視線。境遇への同情と少しの好奇心を、礼儀と言う名の善人面で塗り隠した表情。
彼らに悪意はない。俺だってきっとそんな顔をする。ひとつ間違えばいつ死ぬかわからない、かわいそうな病人の前では。
貼りつけた笑顔のまま、なんでもない風を装って口を開いた。
「よろしくお願いします。よろしくって言っても、俺は明日死んでるかもわかんないですけどね、あはは」
祐仁さん以外の三人が、ぎょっとしたように身を竦ませる。僅かな時間、沈黙が流れた。
「は……はは。パンチ効いてんなあ」
一人が呟いた言葉を合図に、他の二人からもお愛想のような空笑いが漏れる。にこにこ笑って聞き流しながら、祐仁さんの様子を窺った。怒られるだろうか。怒ってくれることを期待していた。けれど意外にも彼は、訝しげな、何かを探るような目で俺を見つめていた。
「御郷、お前……」
「なんですか?」
「……いや。……いや、なんか……」
麦わら帽子のつばを深く下げて、祐仁さんは黙り込む。何だよ。言いたいことがあるならはっきり言えばいい。それとも何か、俺に言えないことでも思い出してしまったか。
三人組が遠巻きに会話を交わしている。俺の耳には届かない。心音がうるさい。息苦しくて熱っぽい感覚は、日射しのせいか、それとも自分でも名状しがたい感情のせいか。
「……っ」
胸郭が、押し潰されるように痛んだ。心臓を押さえて顔を伏せる。まずい。こんなところ、祐仁さんには見せたくないのに。
「……御郷? どうした」
「……は……っ」
「!? おい、御郷っ!?」
苦しい。気管にスポンジが詰め込まれているみたいだ。キーンという耳鳴りと共に、世界が俺から遠のいていく。
ぼやけていく視界の中心に、窓を飛び越えてくる祐仁さんが見えた。
ああ、いいな。
祐仁さんは自分の意志で、あんなに軽々と窓を越えられて、
──いいなあ。
別に。
知らなかったわけじゃない。ただ実感していなかっただけだ。俺と一緒にいるこの時間以外にも、祐仁さんには祐仁さんの世界がある。大学とか家とか、俺の知らない、外の世界が。そこが彼にとってどんなに居心地よくても悪くても、俺はその世界に入っていくことも、それどころか覗くことすらもできない。精神的な意味以前に、物理的な意味で。
でも俺にだって、昔はあったはずなのだ。もうどんなものだったかも思い出せないけれど。ひょっとしたら自ら絶ってしまったのかもしれない。哀れまれるのが嫌で。自分たちとは違うものだと、特別扱いで置いていかれるのが嫌で。
本当はみんな、いい人たちだってこともわかってる。
だけどいい人たちはみんな、かわいそうな俺に優しくしてしまう。
そうじゃない。そうじゃなくて、もっと。
ひとしきり祐仁さんと言葉を交わした後で。三人の中で一番前に出ていた男が、ようやく俺に気づいたみたいだ。
「ところで、祐仁。その人は?」
「ああ、ともだち。友達になった」
「御郷です。どうも」
とっさに口角を上げて笑顔をつくった。四×二=八個の目が一身に集中する。へえ、よろしく、なんて口々に挨拶をしながら、俺を観察する視線。境遇への同情と少しの好奇心を、礼儀と言う名の善人面で塗り隠した表情。
彼らに悪意はない。俺だってきっとそんな顔をする。ひとつ間違えばいつ死ぬかわからない、かわいそうな病人の前では。
貼りつけた笑顔のまま、なんでもない風を装って口を開いた。
「よろしくお願いします。よろしくって言っても、俺は明日死んでるかもわかんないですけどね、あはは」
祐仁さん以外の三人が、ぎょっとしたように身を竦ませる。僅かな時間、沈黙が流れた。
「は……はは。パンチ効いてんなあ」
一人が呟いた言葉を合図に、他の二人からもお愛想のような空笑いが漏れる。にこにこ笑って聞き流しながら、祐仁さんの様子を窺った。怒られるだろうか。怒ってくれることを期待していた。けれど意外にも彼は、訝しげな、何かを探るような目で俺を見つめていた。
「御郷、お前……」
「なんですか?」
「……いや。……いや、なんか……」
麦わら帽子のつばを深く下げて、祐仁さんは黙り込む。何だよ。言いたいことがあるならはっきり言えばいい。それとも何か、俺に言えないことでも思い出してしまったか。
三人組が遠巻きに会話を交わしている。俺の耳には届かない。心音がうるさい。息苦しくて熱っぽい感覚は、日射しのせいか、それとも自分でも名状しがたい感情のせいか。
「……っ」
胸郭が、押し潰されるように痛んだ。心臓を押さえて顔を伏せる。まずい。こんなところ、祐仁さんには見せたくないのに。
「……御郷? どうした」
「……は……っ」
「!? おい、御郷っ!?」
苦しい。気管にスポンジが詰め込まれているみたいだ。キーンという耳鳴りと共に、世界が俺から遠のいていく。
ぼやけていく視界の中心に、窓を飛び越えてくる祐仁さんが見えた。
ああ、いいな。
祐仁さんは自分の意志で、あんなに軽々と窓を越えられて、
──いいなあ。
別に。
知らなかったわけじゃない。ただ実感していなかっただけだ。俺と一緒にいるこの時間以外にも、祐仁さんには祐仁さんの世界がある。大学とか家とか、俺の知らない、外の世界が。そこが彼にとってどんなに居心地よくても悪くても、俺はその世界に入っていくことも、それどころか覗くことすらもできない。精神的な意味以前に、物理的な意味で。
でも俺にだって、昔はあったはずなのだ。もうどんなものだったかも思い出せないけれど。ひょっとしたら自ら絶ってしまったのかもしれない。哀れまれるのが嫌で。自分たちとは違うものだと、特別扱いで置いていかれるのが嫌で。
本当はみんな、いい人たちだってこともわかってる。
だけどいい人たちはみんな、かわいそうな俺に優しくしてしまう。
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