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第七章・死ぬ前に一度だけ、セックスをしたかったあの人と。
7-9・お見舞い
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窓は閉まっている。カーテンが鉄製のシャッターみたいに、まっすぐに整然と垂れ下がっている。俺を繋いだモニターから、ピッピッと規則正しい音がしている。
世界と俺とを隔てる仕切りは、窓以外にもう一つ増えた。鼻と口を覆う淡い緑色のマスク。慣れっこだ。慣れっこだけれど、つつがなしってわけじゃない。ただ慣れているだけだ。風が吹くだけで落っこちるのには変わりない。
コンコンと、誰かがドアを叩いた。返事をするのも億劫で、視線だけを向ける。ずいぶん長い間を置いて、スライド式のドアはそろそろと開いた。
病室に入ってきた祐仁さんは、いつになく張り詰めた表情をしていた。
見舞いの花は、黄色いガーベラだった。華やかなアレンジを施されたその花は、手のひらサイズのガラスドームに閉ざされて、幾重にもリボンを巻かれていた。つまりはいわゆる「ちゃんとしたお花」だ。慎重に机に乗せてから、祐仁さんは俺を振り返る。
「……具合、どうだ。って、良くは……ないか」
平気です、慣れてるんで。
喉から絞った声はマスクに阻まれて、くぐもる。
「ああ、いい。無理に喋らなくていいよ。顔、見に来ただけだから」
慌てたように振られた手が、そのままゆっくりと下ろされていく。眼球だけを動かして彼の顔を見た。唇の下に、噛み締めたようなしわが寄っている。
「……ごめん」
消え入るような謝罪が、俺の耳へと滑り込む。
「ごめん。俺がちゃんとわかってなかった。……当たり前だよな。負担になるに決まってる」
「……そんな……こと」
「謝ったって仕方ないけど……ごめん、本当に」
平静を装ってはいるが、声が震えている。伏せたまつげに隠れた目元は、今にも泣き出しそうに見えた。
確かに、当然の成り行きではある。けれども原因もまた明明白白だ。俺が調子に乗りすぎた、それだけだ。裕仁さんが謝るようなことじゃない。でも彼はいい人だから、当たり前のように罪悪感を覚えてしまうのだ。目の前で、俺が死にかけたことに。
「たぶんお前は、俺のせいじゃないって言ってくれると思うけど」
俺の内心を見透かして、彼はぎこちなく微笑んだ。
「でもやっぱり、俺が甘えてたことには変わりないんだ。御郷にも、家族にも」
「……」
「少し……ちゃんと向き合ってみるよ。逃げ場所ばっかり探すんじゃなくて」
閉じたカーテンの隙間から、ペチュニアの花壇が僅かに見えている。ちらりとそちらに目をやってから、裕仁さんは取ってつけたように付け加えた。
「もちろん、お前さえよかったら、またいろいろ話聞いてくれると嬉しい。……まずは、元気になってから、な」
覗き込むように首をかしげた彼に、俺は笑顔を返すことができない。引きつった口元は、半透明のマスクが隠してくれていた。
彼にとって喜ぶべき成長だとか、あるいは和解のきっかけになれたなら嬉しいとか。俺が裕仁さんみたいないい人だったら、きっとそんなふうに考える場面なんだろう。だけど俺は俺のことしか考えない偽善者だから、息苦しさを堪えた胸中で密かに懇願している。頼むから、そんな顔をしないでくれ。
俺の負担をわかってなかった、だと。そんなことわからないでいい。いや、お願いだからわからないでいてくれ。外野からは甘えだと謗られるとしても、それでもあなただけはどうか弁えないままでいてくれ。
俺とあなたが、違う場所で生きている人間だって事実を。
身勝手すぎる願いはもちろん、口に出せはしなかった。
世界と俺とを隔てる仕切りは、窓以外にもう一つ増えた。鼻と口を覆う淡い緑色のマスク。慣れっこだ。慣れっこだけれど、つつがなしってわけじゃない。ただ慣れているだけだ。風が吹くだけで落っこちるのには変わりない。
コンコンと、誰かがドアを叩いた。返事をするのも億劫で、視線だけを向ける。ずいぶん長い間を置いて、スライド式のドアはそろそろと開いた。
病室に入ってきた祐仁さんは、いつになく張り詰めた表情をしていた。
見舞いの花は、黄色いガーベラだった。華やかなアレンジを施されたその花は、手のひらサイズのガラスドームに閉ざされて、幾重にもリボンを巻かれていた。つまりはいわゆる「ちゃんとしたお花」だ。慎重に机に乗せてから、祐仁さんは俺を振り返る。
「……具合、どうだ。って、良くは……ないか」
平気です、慣れてるんで。
喉から絞った声はマスクに阻まれて、くぐもる。
「ああ、いい。無理に喋らなくていいよ。顔、見に来ただけだから」
慌てたように振られた手が、そのままゆっくりと下ろされていく。眼球だけを動かして彼の顔を見た。唇の下に、噛み締めたようなしわが寄っている。
「……ごめん」
消え入るような謝罪が、俺の耳へと滑り込む。
「ごめん。俺がちゃんとわかってなかった。……当たり前だよな。負担になるに決まってる」
「……そんな……こと」
「謝ったって仕方ないけど……ごめん、本当に」
平静を装ってはいるが、声が震えている。伏せたまつげに隠れた目元は、今にも泣き出しそうに見えた。
確かに、当然の成り行きではある。けれども原因もまた明明白白だ。俺が調子に乗りすぎた、それだけだ。裕仁さんが謝るようなことじゃない。でも彼はいい人だから、当たり前のように罪悪感を覚えてしまうのだ。目の前で、俺が死にかけたことに。
「たぶんお前は、俺のせいじゃないって言ってくれると思うけど」
俺の内心を見透かして、彼はぎこちなく微笑んだ。
「でもやっぱり、俺が甘えてたことには変わりないんだ。御郷にも、家族にも」
「……」
「少し……ちゃんと向き合ってみるよ。逃げ場所ばっかり探すんじゃなくて」
閉じたカーテンの隙間から、ペチュニアの花壇が僅かに見えている。ちらりとそちらに目をやってから、裕仁さんは取ってつけたように付け加えた。
「もちろん、お前さえよかったら、またいろいろ話聞いてくれると嬉しい。……まずは、元気になってから、な」
覗き込むように首をかしげた彼に、俺は笑顔を返すことができない。引きつった口元は、半透明のマスクが隠してくれていた。
彼にとって喜ぶべき成長だとか、あるいは和解のきっかけになれたなら嬉しいとか。俺が裕仁さんみたいないい人だったら、きっとそんなふうに考える場面なんだろう。だけど俺は俺のことしか考えない偽善者だから、息苦しさを堪えた胸中で密かに懇願している。頼むから、そんな顔をしないでくれ。
俺の負担をわかってなかった、だと。そんなことわからないでいい。いや、お願いだからわからないでいてくれ。外野からは甘えだと謗られるとしても、それでもあなただけはどうか弁えないままでいてくれ。
俺とあなたが、違う場所で生きている人間だって事実を。
身勝手すぎる願いはもちろん、口に出せはしなかった。
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