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Episode.01 蒼の月/夜の女王の涙
File.05
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■2月27日 23:30 ミード・ブライダル会館
ミード・ブライダル会館。蜂蜜のように甘いハニームーンを二人に……。そんなキャッチコピーで売り出し中のブライダル会館だ。
八階建てのその会館には、挙式・披露宴会場、コンサートホール、レストラン等を一つにまとめたおしゃれなビルになっている。
屋上は八階のホールから続くドーム型の天井だ。
外は大雨。屋上のドームにも雨は叩きつけているはずだが、中でそれを感じることはない。
その八階の大ブライダルホール。日付も変わろうとする時間、もう式場を使うはずのない時間であろうに、そこには幾人もの人が詰めていた
多くは警官。だがそれに混じってカメラやマイクを抱えたマスコミ関係者もちらほらいる。
そんな中、ホール入り口付近に、私立探偵吉柳亜朗は立っていた。いつもと同じ、くたびれたスーツではあるが、その目は鋭くまわりを見つめている。
そんな吉柳に傍らの男が話しかける。
「吉柳君、いつも思うがそうしてずっと張り詰めていて、その……疲れんかね」
布袋の木仏を思わせるその男の言葉に、吉柳は首を振る。
「大丈夫ですよ、井草警部。気を抜く時は抜きますんで……。ですがそれにしても――」
吉柳は周りを見渡す。
「それにしても慣れんものですな。警備線の中にまでマスコミが入っているというのは……」
「仕方なかろう。それが会館側の意向だからな。まぁ快盗騒ぎを宣伝に使う企業も少なからずあるからね。吉柳君はそう言う経験はあまりなかったかね」
「はい、そうですね」
吉柳は頷いた。
「私が追いかけていた快盗は、美術館や博物館を狙うものが多かったですから」
「なるほどな。それなら確かにこんな経験はせんだろう。確か今回のキャスパリーグもそうだったね」
「はい……」
そうして会話を続ける二人に駆け寄る者がいた。小柄な中年のその男は吉柳探偵と井草警部の二人に声をかける。
「ああ、ここにいましたか。井草警部、吉柳探偵」
「ああ、あなたはえっと……」
「ここの支配人の三浦さんですね」
口ごもる井草警部の言葉を吉柳が補足する。
「ああそうだった。すみませんね三浦さん」
「いえいえ大丈夫ですよ」
三浦はぱたぱたと手を横に振る。
「あ、でも念のために名刺をお渡ししておきますね」
そう言って三浦は二人に名刺を渡した。
「お子さんやご親戚のブライダルのご相談があれば、是非そちらにお電話ください。サービスいたしますので」
「ははあ、こいつはご丁寧にどうも……」
「これは……ありがとうございます」
三浦は二人と握手を交わした。
「あとこれ、コーヒーです。よければどうぞ飲んでください」
三浦は二人に缶コーヒーを渡し、自分はポケットから取り出したペットボトルのお茶に口をつけながら話し続ける。
「いや、私はどうにも緊張すると喉が渇くたちでして……。それでお茶を買いに行ったんですが、一人だけ飲むのは気が引ける。なのでお二人を道連れにしようと思ったわけですよ。あ、ブラックがお嫌いなら飲まなくても結構ですよ」
あははと三浦は笑う。
「なるほど、そういうことですか……。それでは遠慮せずに」
井草警部もコーヒーを開け口に含んだ。
一方吉柳はコーヒーには手をつけず、何か気になるのだろうか手首をポリポリとかいている。
「あれ? 吉柳さん。どうかしたんですか?」
「いえ、どうにも手首がかゆくなりまして……」
吉柳ははっとして三浦を見た
「えっと、どうされましたか?」
「いえ、もしかして三浦さん、ご自宅で猫を飼われています?」
突然の吉柳の問いに、三浦は戸惑いながらも頷く。
「え、ええ。これがなかなかに気が強い猫ちゃんで……」
「そう言えば三浦さんは結構な愛猫家でしたな。ご自宅にはペルシャやヒマラヤン、それに……」
コーヒーを片手に井草警部が猫を語る。どうやら井草警部も猫好きなようだ。
「ああ、いや。それならいいんです」
話し続ける井草警部を吉柳は遮る。
「自分は極度の猫アレルギーでして。たまに娘が学校で猫をかわいがってくるんですが、それだけで軽く湿疹が出ることもあるんですよ」
「ああ、それは申し訳ないことを」
三浦は飛び退くように吉柳から離れて頭を下げた。
「ああ、いえ。いいんです、こちらこそ」
吉柳も頭を下げる。
「それに、これくらいの痒みなら、すぐにおさまりますから大丈夫ですよ。それと……」
吉柳が三浦に一歩近づく。
「これ、私の名刺になります。先ほどはお返しもせず申し訳ない。快盗関連で何かお困りのことがありましたら是非ご連絡ください」
吉柳は名刺を取り出して三浦に渡した。
「これはご丁寧にありがとうございます」
三浦は再度頭を下げた。
「とは言え快盗関連の困りごとだと、あまりご連絡することはないかもしれません」
「と言うと?」
吉柳が話を促す。
「いえ、我々の業界では快盗予告があるというのは一種の箔付けにもなるんですよ。うちのブライダルでは快盗に狙われるような品をお貸ししてるんだぞってね」
「なるほど……。だからマスコミもこんなに中に通してるんですね」
吉柳は少し納得したようだ
「ええ、マスコミを中に入れてるのは、言わば宣伝ですね。うまくすれば、ただでゴールデンの時間に放送してくれるんですから、こんなにありがたいことはない」
大きく手を広げる三浦に、吉柳は首をかしげる。
「ですが、盗まれてしまえば宣伝効果もあだになるのでは?」
「まあ確かに物がなくなってしまえばそうなんですが……」
三浦は少し口ごもる。
「あんまり大きな声では言えませんが、本当の一品物って数少ないんですよ。大抵は似たような代わりの品があります。今回の【夜の女王の涙】もそうです。トップのブルームーンストーンがペリステライトという宝石になった代わりの品があるんですよ」
「ほほう。いや、ですが……。さすがに石が変われば素人目にもわかるのでは?」
驚いた井草警部が口を挟んだ。
だが三浦は首を横に振って答える。
「いえ、これがプロでもぱっと見じゃ見分けがつかないんです。お値段は雲泥の差なんですけどね……」
三浦は苦笑した。
「まあそれに、例え盗まれたとしても保険が下ります。だから金銭的な損は少ないですね。……いや、もちろん盗まれないにこしたことはありませんが……」
三浦は慌てて言葉をつなげた。
井草警部と吉柳はそれには苦笑いで返す他がなかった。
「それではこれからちょっと宣伝をさせてもらいますね」
三浦はそう言うと、ペットボトルのお茶を飲み干し、大きく深呼吸をした。
「さて――」
三浦がパンと大きく手をたたく。
そうしてホールの中にいる比との注目が集まったところで大きく声を張った。
「それでは快盗キャスパリーグの狙う話題のネックレス、【夜の女王の涙】。キャスパリーグが来る前に皆さんにご覧に入れるとしましょう。カメラをもたれた方もどうぞこちらへ」
三浦はマスコミを会場の控え室へと誘導する。部下に命じて控え室の準備もしているようだ。
「もちろん、井草警部と吉柳さんももちろんどうぞこちらへ。本物をお見せしますよ」
小さくウィンクして三浦は二人に背を向ける。
それを見て吉柳はつぶやいた。
「なんともはや……。まるでショーのようですな」
「それを言うなら、快盗予告自体がショーのような物だよ」
諭すような井草警部の言葉に吉柳は納得する。
「確かにそうですな……」
「それに……、キャスパリーグを追いかけるなら、今後似た様なことになるかもしれん。今回で慣れておくといいだろう。まあもちろん――」
控え室に向かって歩きながら井草警部は話し続ける。
「――今回で捕まえてしまえば慣れる必要も無いがね」
「はは。確かにそうですな」
軽く笑って吉柳は後を追いかけた。
ミード・ブライダル会館。蜂蜜のように甘いハニームーンを二人に……。そんなキャッチコピーで売り出し中のブライダル会館だ。
八階建てのその会館には、挙式・披露宴会場、コンサートホール、レストラン等を一つにまとめたおしゃれなビルになっている。
屋上は八階のホールから続くドーム型の天井だ。
外は大雨。屋上のドームにも雨は叩きつけているはずだが、中でそれを感じることはない。
その八階の大ブライダルホール。日付も変わろうとする時間、もう式場を使うはずのない時間であろうに、そこには幾人もの人が詰めていた
多くは警官。だがそれに混じってカメラやマイクを抱えたマスコミ関係者もちらほらいる。
そんな中、ホール入り口付近に、私立探偵吉柳亜朗は立っていた。いつもと同じ、くたびれたスーツではあるが、その目は鋭くまわりを見つめている。
そんな吉柳に傍らの男が話しかける。
「吉柳君、いつも思うがそうしてずっと張り詰めていて、その……疲れんかね」
布袋の木仏を思わせるその男の言葉に、吉柳は首を振る。
「大丈夫ですよ、井草警部。気を抜く時は抜きますんで……。ですがそれにしても――」
吉柳は周りを見渡す。
「それにしても慣れんものですな。警備線の中にまでマスコミが入っているというのは……」
「仕方なかろう。それが会館側の意向だからな。まぁ快盗騒ぎを宣伝に使う企業も少なからずあるからね。吉柳君はそう言う経験はあまりなかったかね」
「はい、そうですね」
吉柳は頷いた。
「私が追いかけていた快盗は、美術館や博物館を狙うものが多かったですから」
「なるほどな。それなら確かにこんな経験はせんだろう。確か今回のキャスパリーグもそうだったね」
「はい……」
そうして会話を続ける二人に駆け寄る者がいた。小柄な中年のその男は吉柳探偵と井草警部の二人に声をかける。
「ああ、ここにいましたか。井草警部、吉柳探偵」
「ああ、あなたはえっと……」
「ここの支配人の三浦さんですね」
口ごもる井草警部の言葉を吉柳が補足する。
「ああそうだった。すみませんね三浦さん」
「いえいえ大丈夫ですよ」
三浦はぱたぱたと手を横に振る。
「あ、でも念のために名刺をお渡ししておきますね」
そう言って三浦は二人に名刺を渡した。
「お子さんやご親戚のブライダルのご相談があれば、是非そちらにお電話ください。サービスいたしますので」
「ははあ、こいつはご丁寧にどうも……」
「これは……ありがとうございます」
三浦は二人と握手を交わした。
「あとこれ、コーヒーです。よければどうぞ飲んでください」
三浦は二人に缶コーヒーを渡し、自分はポケットから取り出したペットボトルのお茶に口をつけながら話し続ける。
「いや、私はどうにも緊張すると喉が渇くたちでして……。それでお茶を買いに行ったんですが、一人だけ飲むのは気が引ける。なのでお二人を道連れにしようと思ったわけですよ。あ、ブラックがお嫌いなら飲まなくても結構ですよ」
あははと三浦は笑う。
「なるほど、そういうことですか……。それでは遠慮せずに」
井草警部もコーヒーを開け口に含んだ。
一方吉柳はコーヒーには手をつけず、何か気になるのだろうか手首をポリポリとかいている。
「あれ? 吉柳さん。どうかしたんですか?」
「いえ、どうにも手首がかゆくなりまして……」
吉柳ははっとして三浦を見た
「えっと、どうされましたか?」
「いえ、もしかして三浦さん、ご自宅で猫を飼われています?」
突然の吉柳の問いに、三浦は戸惑いながらも頷く。
「え、ええ。これがなかなかに気が強い猫ちゃんで……」
「そう言えば三浦さんは結構な愛猫家でしたな。ご自宅にはペルシャやヒマラヤン、それに……」
コーヒーを片手に井草警部が猫を語る。どうやら井草警部も猫好きなようだ。
「ああ、いや。それならいいんです」
話し続ける井草警部を吉柳は遮る。
「自分は極度の猫アレルギーでして。たまに娘が学校で猫をかわいがってくるんですが、それだけで軽く湿疹が出ることもあるんですよ」
「ああ、それは申し訳ないことを」
三浦は飛び退くように吉柳から離れて頭を下げた。
「ああ、いえ。いいんです、こちらこそ」
吉柳も頭を下げる。
「それに、これくらいの痒みなら、すぐにおさまりますから大丈夫ですよ。それと……」
吉柳が三浦に一歩近づく。
「これ、私の名刺になります。先ほどはお返しもせず申し訳ない。快盗関連で何かお困りのことがありましたら是非ご連絡ください」
吉柳は名刺を取り出して三浦に渡した。
「これはご丁寧にありがとうございます」
三浦は再度頭を下げた。
「とは言え快盗関連の困りごとだと、あまりご連絡することはないかもしれません」
「と言うと?」
吉柳が話を促す。
「いえ、我々の業界では快盗予告があるというのは一種の箔付けにもなるんですよ。うちのブライダルでは快盗に狙われるような品をお貸ししてるんだぞってね」
「なるほど……。だからマスコミもこんなに中に通してるんですね」
吉柳は少し納得したようだ
「ええ、マスコミを中に入れてるのは、言わば宣伝ですね。うまくすれば、ただでゴールデンの時間に放送してくれるんですから、こんなにありがたいことはない」
大きく手を広げる三浦に、吉柳は首をかしげる。
「ですが、盗まれてしまえば宣伝効果もあだになるのでは?」
「まあ確かに物がなくなってしまえばそうなんですが……」
三浦は少し口ごもる。
「あんまり大きな声では言えませんが、本当の一品物って数少ないんですよ。大抵は似たような代わりの品があります。今回の【夜の女王の涙】もそうです。トップのブルームーンストーンがペリステライトという宝石になった代わりの品があるんですよ」
「ほほう。いや、ですが……。さすがに石が変われば素人目にもわかるのでは?」
驚いた井草警部が口を挟んだ。
だが三浦は首を横に振って答える。
「いえ、これがプロでもぱっと見じゃ見分けがつかないんです。お値段は雲泥の差なんですけどね……」
三浦は苦笑した。
「まあそれに、例え盗まれたとしても保険が下ります。だから金銭的な損は少ないですね。……いや、もちろん盗まれないにこしたことはありませんが……」
三浦は慌てて言葉をつなげた。
井草警部と吉柳はそれには苦笑いで返す他がなかった。
「それではこれからちょっと宣伝をさせてもらいますね」
三浦はそう言うと、ペットボトルのお茶を飲み干し、大きく深呼吸をした。
「さて――」
三浦がパンと大きく手をたたく。
そうしてホールの中にいる比との注目が集まったところで大きく声を張った。
「それでは快盗キャスパリーグの狙う話題のネックレス、【夜の女王の涙】。キャスパリーグが来る前に皆さんにご覧に入れるとしましょう。カメラをもたれた方もどうぞこちらへ」
三浦はマスコミを会場の控え室へと誘導する。部下に命じて控え室の準備もしているようだ。
「もちろん、井草警部と吉柳さんももちろんどうぞこちらへ。本物をお見せしますよ」
小さくウィンクして三浦は二人に背を向ける。
それを見て吉柳はつぶやいた。
「なんともはや……。まるでショーのようですな」
「それを言うなら、快盗予告自体がショーのような物だよ」
諭すような井草警部の言葉に吉柳は納得する。
「確かにそうですな……」
「それに……、キャスパリーグを追いかけるなら、今後似た様なことになるかもしれん。今回で慣れておくといいだろう。まあもちろん――」
控え室に向かって歩きながら井草警部は話し続ける。
「――今回で捕まえてしまえば慣れる必要も無いがね」
「はは。確かにそうですな」
軽く笑って吉柳は後を追いかけた。
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