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序章: 聖女になるのにどれだけ大変だったと思っているの?
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「私も、あなたのようになれますか?」
「簡単ではありませんよ。アーネット教の教義は厳格にして倹約的。そして、神学においても人一倍の教養が求められます。それらを身に付けるのは楽ではありませんが、かといって道が完全に閉ざされているわけではありません。例えば今、アーネット教の所作である礼を、あなたはしなければなりません」
「だったらやる!」
イシリアは何の躊躇もなく、胸を手に当て、片膝をつく所作をこなして見せた。
気のせいだろうか。
その所作は他のどの子供達よりも完璧に見えた。
「聖女様。どうか私に、アーネット教の聖女になる方法を、教えて下さい!」
「何だ! この娘は!」
「聖女様に向かって、聖女になる方法を教えてだなんて・・・・・・ああ」
事態の収拾に困惑する個人の修道女の一人が呆れてとうとう失神した。
「あなたは面白い子ですね。いいでしょう。今日からこの子は大聖堂で預かります。ただし、勘違いしないで欲しいことが一つ。同じく聖女を目指すのはあなただけではありません。広大なクレストワルド帝国において、国教たるアーネット教の信仰の頂点に立つわけですから、全土からその道を究める者達が集まります。あなたは彼らと切磋琢磨し、聖女となるための厳しい修行を受ける必要があるのです」
「頑張ります」
こうしてイシリアは孤児院を離れ、アーネット教の総本山にあたる大聖堂での生活が始まった。
聖女を目指す上で、イシリアに割り当てられた肩書は従下級巫女という位だった。
新しく宛がわれた部屋には、同じく聖女を目指す少女達が数人暮らしていた。
後から聞いた話によると、イシリアにとってライバルとなるのはおよそ三千人であり、大半が一生を地方の修道院や孤児院での仕事で終えるとのことだった。
聖女となるのに、原則出自は不問とされている。
しかしこれは教団の金権主義を批判されないがための建前で、実情は貴族や教団幹部の娘が優先的に要職に就くとのことだった。
純粋なコネもあるのかもしれないが、もう一つは聖女になるための見識を身に付けるための、書物を購入する財力が物を言うのだった。
アーネット神話、儀式指南書に加え、農学や政治学、魔法学、場合によっては工学も学ばなければならない。
聖女ともなれば国政にさえ意見できるという特権の反面、聖女には俗世にも十分通じる幅広い知見が必要なのだ。
それらを個別的に解説する書物はどれも高価で、平民出身の従下級巫女達ではなかなか手が届かなかった。
ましてや孤児院から身一つでやって来たイシリアに、それを購入することはできない。
ただ、彼女には一つだけ、財産があった。
「本当に、いいのかい?」
そこは聖堂から遠く離れたとある地方都市での古物商。
慈善活動の名目で浮浪者達への炊き出しに遠征するイシリアは、休憩時間の合間に店を訪れた。
与えられた時間はごくわずかで、法衣から着替える暇もない。
アーネット教修道女の格好をした娘が、あろうことかアーネット女神像の銅像を売りにやって来たのだ。
店主が驚くのも無理もなかった。
「ええ、私にはもう、必要のないものだから」
「しかしアンタ、聖堂の修道女さんだろ? こんなことして、罰当たりじゃないのか?」
「ただの銅の塊を売ることが、そんなにいけないこと?」
「いや、しかしこれは・・・・・・」
「それは神様じゃないわ。それより私には、力が欲しいの。貧しくならず、脅かされることのない力が」
そういうわけで両親の形見である女神像はこの日、まとまった軍資金に変わった。
希少金属の金はほとんどなくなっていたものの、地金の銅がある程度の値が付いたのだ。
こうしてイシリアは勉学のための書物を手に入れ、朋輩達から一歩先じることに成功した。
寝食の時間も忘れて勉学に励み、それでも克服できない教団幹部とのコネは、自らの身体を武器に対処した。
公の場では明かすことのできない、卑劣な行為にも何度も手を染めた。
果ては同僚を平気で裏切りさえもした。
それから五年後、イシリアはとうとう聖女に昇格する。
もっとも、身分的にはかつての自分を大きく脱却したとはいえ、イシリアの心に純粋な信仰心などは毛ほどもない。
彼女が欲しかったのは誰からも見下されない権力と財力で、同等以上の力が手に入るなら、執政官でも宰相でも何でもよかった。
ただ、そうした役職を一般女性であるイシリアが手に入れるのは難しかったので、やむなく聖女を選んだだけのことだ。
言ってみればこの地上で、神の存在に最も否定的な人間が神に最も近い存在になるという、いびつな構図だった。
「簡単ではありませんよ。アーネット教の教義は厳格にして倹約的。そして、神学においても人一倍の教養が求められます。それらを身に付けるのは楽ではありませんが、かといって道が完全に閉ざされているわけではありません。例えば今、アーネット教の所作である礼を、あなたはしなければなりません」
「だったらやる!」
イシリアは何の躊躇もなく、胸を手に当て、片膝をつく所作をこなして見せた。
気のせいだろうか。
その所作は他のどの子供達よりも完璧に見えた。
「聖女様。どうか私に、アーネット教の聖女になる方法を、教えて下さい!」
「何だ! この娘は!」
「聖女様に向かって、聖女になる方法を教えてだなんて・・・・・・ああ」
事態の収拾に困惑する個人の修道女の一人が呆れてとうとう失神した。
「あなたは面白い子ですね。いいでしょう。今日からこの子は大聖堂で預かります。ただし、勘違いしないで欲しいことが一つ。同じく聖女を目指すのはあなただけではありません。広大なクレストワルド帝国において、国教たるアーネット教の信仰の頂点に立つわけですから、全土からその道を究める者達が集まります。あなたは彼らと切磋琢磨し、聖女となるための厳しい修行を受ける必要があるのです」
「頑張ります」
こうしてイシリアは孤児院を離れ、アーネット教の総本山にあたる大聖堂での生活が始まった。
聖女を目指す上で、イシリアに割り当てられた肩書は従下級巫女という位だった。
新しく宛がわれた部屋には、同じく聖女を目指す少女達が数人暮らしていた。
後から聞いた話によると、イシリアにとってライバルとなるのはおよそ三千人であり、大半が一生を地方の修道院や孤児院での仕事で終えるとのことだった。
聖女となるのに、原則出自は不問とされている。
しかしこれは教団の金権主義を批判されないがための建前で、実情は貴族や教団幹部の娘が優先的に要職に就くとのことだった。
純粋なコネもあるのかもしれないが、もう一つは聖女になるための見識を身に付けるための、書物を購入する財力が物を言うのだった。
アーネット神話、儀式指南書に加え、農学や政治学、魔法学、場合によっては工学も学ばなければならない。
聖女ともなれば国政にさえ意見できるという特権の反面、聖女には俗世にも十分通じる幅広い知見が必要なのだ。
それらを個別的に解説する書物はどれも高価で、平民出身の従下級巫女達ではなかなか手が届かなかった。
ましてや孤児院から身一つでやって来たイシリアに、それを購入することはできない。
ただ、彼女には一つだけ、財産があった。
「本当に、いいのかい?」
そこは聖堂から遠く離れたとある地方都市での古物商。
慈善活動の名目で浮浪者達への炊き出しに遠征するイシリアは、休憩時間の合間に店を訪れた。
与えられた時間はごくわずかで、法衣から着替える暇もない。
アーネット教修道女の格好をした娘が、あろうことかアーネット女神像の銅像を売りにやって来たのだ。
店主が驚くのも無理もなかった。
「ええ、私にはもう、必要のないものだから」
「しかしアンタ、聖堂の修道女さんだろ? こんなことして、罰当たりじゃないのか?」
「ただの銅の塊を売ることが、そんなにいけないこと?」
「いや、しかしこれは・・・・・・」
「それは神様じゃないわ。それより私には、力が欲しいの。貧しくならず、脅かされることのない力が」
そういうわけで両親の形見である女神像はこの日、まとまった軍資金に変わった。
希少金属の金はほとんどなくなっていたものの、地金の銅がある程度の値が付いたのだ。
こうしてイシリアは勉学のための書物を手に入れ、朋輩達から一歩先じることに成功した。
寝食の時間も忘れて勉学に励み、それでも克服できない教団幹部とのコネは、自らの身体を武器に対処した。
公の場では明かすことのできない、卑劣な行為にも何度も手を染めた。
果ては同僚を平気で裏切りさえもした。
それから五年後、イシリアはとうとう聖女に昇格する。
もっとも、身分的にはかつての自分を大きく脱却したとはいえ、イシリアの心に純粋な信仰心などは毛ほどもない。
彼女が欲しかったのは誰からも見下されない権力と財力で、同等以上の力が手に入るなら、執政官でも宰相でも何でもよかった。
ただ、そうした役職を一般女性であるイシリアが手に入れるのは難しかったので、やむなく聖女を選んだだけのことだ。
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