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3章: 新しい聖女
役人の魂胆
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エレスト神聖国、北部辺境地域の一つに数えられるロワーク領、領主の館。その地方政治の中核部分で兵役検査役を務めるバークレイはいそいそと兵役検査会場へ赴いていた。
――しめしめ、今頃広間には大勢の農民が詰めていることだろう
一人野望にほくそえみながら、バークレイは今回の徴兵で見込めそうな兵力を算段する。中央政府の枢機卿が決議した各方面からの兵力増派数は一地方につき五百名。ところがロワーク領の領主は今回のドルガとの戦役で一番功労者となることを目論み、独自に千名の増派を命じていた。ドルガとの戦争で領土を掠め取ることができたならば、それがそのままロワーク領のものになると、領主は考えているからだ。そこへ更にバークレイは二千名の兵員を揃えることで領主の期待に応え、あわよくば恩賞のおこぼれを貰うつもりでいた。だが、母体人口がただでさえ少ない北部辺境地域で、二千人の兵力を繰り出すのは一筋縄ではいかない。自発的な兵役志願者を受け付けるだけでは目標の数には到底届かないだろう。
そこで考えたのが中央政府の権威を笠にした勅のご都合解釈だ。人口比率が少ないことを口実に、バークレイは一村一区画から二十名の兵員供出を義務付けることを、領内に流布した。事実上、勅の改竄に当たることは本人も認めている。だが、北部辺境地域には、地図にも載らない豆粒ほどの小さな集落が八十ほど、地方都市の区画が三十ほどある。そこから二十人の兵力を揃えたとすれば、単純計算で兵員数は二千二百。ただ、一律に全地方で兵員供出を命じると息子を戦争に行かせたくない貴族や豪商から反発があるだろうから、一人当たり金貨二十枚の軍資金供出を条件に兵役免除の逃げ道を作っておく。この金額は決して農民や都市部の下級労働者には払える額ではない。だからどんなに少なく見積もっても、二千人規模の兵役応募者が集まるはずだ。
「バークレイ様、兵役志願者達が広間でお待ちです」
「うむ、わかっておる」
ほぼ確信に近い期待を胸に、バークレイは広間に至る扉を開けた。二千人近い人間がいるとは思えないほど扉の向こう側の気配が閑散としていることに、この時の彼はまだ気づいていなかった。
「は!? これはどうしたことだ!!」
バークレイの驚愕の声が誰もいない広間に空しく響いた。厳密に言えば、誰もいないのではなく、ほぼ誰もいないと表現する方が的確だろう。広間には確かに、二人の姿があったのだから。
「えっと、徴兵志願者の受付はこちらでよろしいのですか?」
広間にいた二人のうち、背の低い方が訊いた。しかもそれは年端もいかない少女だった。
「あ、あぁ・・・・・・そうだが? 他の者はどうしたのだ?」
「他の者、ですか。ここには誰も来ませんよ」
少女は平然と答えた。バークレイは口角に泡を飛ばしながら反論する。
「誰も来ないとはどういうことだ! 枢機卿、ひいては聖女様からの勅命を知らないとでも言うのか! 街の一区画、村一つにつき二十人の兵力を供出することと書いてあったであろうが!」
――しめしめ、今頃広間には大勢の農民が詰めていることだろう
一人野望にほくそえみながら、バークレイは今回の徴兵で見込めそうな兵力を算段する。中央政府の枢機卿が決議した各方面からの兵力増派数は一地方につき五百名。ところがロワーク領の領主は今回のドルガとの戦役で一番功労者となることを目論み、独自に千名の増派を命じていた。ドルガとの戦争で領土を掠め取ることができたならば、それがそのままロワーク領のものになると、領主は考えているからだ。そこへ更にバークレイは二千名の兵員を揃えることで領主の期待に応え、あわよくば恩賞のおこぼれを貰うつもりでいた。だが、母体人口がただでさえ少ない北部辺境地域で、二千人の兵力を繰り出すのは一筋縄ではいかない。自発的な兵役志願者を受け付けるだけでは目標の数には到底届かないだろう。
そこで考えたのが中央政府の権威を笠にした勅のご都合解釈だ。人口比率が少ないことを口実に、バークレイは一村一区画から二十名の兵員供出を義務付けることを、領内に流布した。事実上、勅の改竄に当たることは本人も認めている。だが、北部辺境地域には、地図にも載らない豆粒ほどの小さな集落が八十ほど、地方都市の区画が三十ほどある。そこから二十人の兵力を揃えたとすれば、単純計算で兵員数は二千二百。ただ、一律に全地方で兵員供出を命じると息子を戦争に行かせたくない貴族や豪商から反発があるだろうから、一人当たり金貨二十枚の軍資金供出を条件に兵役免除の逃げ道を作っておく。この金額は決して農民や都市部の下級労働者には払える額ではない。だからどんなに少なく見積もっても、二千人規模の兵役応募者が集まるはずだ。
「バークレイ様、兵役志願者達が広間でお待ちです」
「うむ、わかっておる」
ほぼ確信に近い期待を胸に、バークレイは広間に至る扉を開けた。二千人近い人間がいるとは思えないほど扉の向こう側の気配が閑散としていることに、この時の彼はまだ気づいていなかった。
「は!? これはどうしたことだ!!」
バークレイの驚愕の声が誰もいない広間に空しく響いた。厳密に言えば、誰もいないのではなく、ほぼ誰もいないと表現する方が的確だろう。広間には確かに、二人の姿があったのだから。
「えっと、徴兵志願者の受付はこちらでよろしいのですか?」
広間にいた二人のうち、背の低い方が訊いた。しかもそれは年端もいかない少女だった。
「あ、あぁ・・・・・・そうだが? 他の者はどうしたのだ?」
「他の者、ですか。ここには誰も来ませんよ」
少女は平然と答えた。バークレイは口角に泡を飛ばしながら反論する。
「誰も来ないとはどういうことだ! 枢機卿、ひいては聖女様からの勅命を知らないとでも言うのか! 街の一区画、村一つにつき二十人の兵力を供出することと書いてあったであろうが!」
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