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第3章

いるはずのないもの。

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一泊して朝。

今日は一気に森の外にある村まで行き
冒険者用のシャトル馬車に乗って街に帰る予定だ。
他の冒険者達も先日の雨で大多数が離脱したのか
森の中には静けさが漂っている。

「もう帰っちゃうのかー」

ウェザーはつまらなそうに呟いた。

でも初めての冒険にしては上出来だったと思う。
彼女は魔法を色々と覚えることができたし
俺も少しだけ強くなれた気がする。

「また来ればいいさ。.......ん?」
「・・・・・・・」

無言で立ち止まるウェザー。
何故か剣を握ろうか躊躇ちゅうちょする仕草を見せたが
俺はすぐにその意味を理解した。

木立の中に光る赤く大きな瞳。
吐息が空振となって身体の芯に響き渡る。
これは.....

「逃げるぞウェザー!!」

反転して全力で来た道を戻る。
村とは逆方向だがそれでも構わない。

(.....こんな奴は相手にしちゃいけない)

とにかく逃げた。
少しでも遠くへ行かなくてはならない。

間違いない...これは低級とかじゃなくて
中の上、もしくはそれ以上。
初心者向けの討伐になど居るはずがない。
上級者向けのダンジョンとかでならわかるが...

(息が苦しい...ターゲットから外れない...)

草原にまで戻って来た。
羽を休めていた鳥達が一斉に飛び立つ。
追いつかれた俺達はそいつと対峙した。

翼の無い竜 “リザードファフニール”

低身中型だが脚はとても早く、強い毒を持つ。
しかも執着心がもの凄く強くて
獲物なら何処までも追いかけてとらえるらしい。
...........つまりは戦うしかない状況だ。

左右に分かれて間合いを取る。
隙を突いてなんとか逃げる事が出来れば十分。
ウェザーに合図し、俺が先に仕掛ける。

ヴァルァァァッ!ゴォゥゥゥゥ!
ヒットしたが親指一つ切り落としたに過ぎない。
弱る事なく反撃を仕掛けてくる。
足場が悪いおかげで攻撃が外れたが
悪条件は此方こちらとて同じだ。

ピノラッドのように草に隠れながら背後に近づく。
幸い音には鈍感であるらしく
視界から外れるとキョロキョロと探している。

苛立った様子で草原に毒を吹きかけると
みるみるうちに草は枯れてしまい丸裸になった。

もう一度大きく息を吸って毒を吐こうとする竜。
今度は俺に向かってだ。
(マズイ...ミスったか...)

「ホワールウインドッ!」

その時、俺の周りに旋風が巻き起こり
毒を蹴散らすようにつむじ風は消えた。
ウェザーの新しい魔法だろうか?

竜はグルリと大きくターンして
今度は魔法を放った彼女めがけて走り出す。

次の瞬間.....



小さな身体は高く空を舞った。

俺の前にトスンと落ちた彼女はそのまま動かない。

頭の中が真っ白になる。

何が起こったのだろう。

その間にも竜はゆっくりと向かってくる。

どうしたらいい?



すごく怖くて。
とても悔しくて。
あまりにも情けなくて。
こらえきれないほど悲しくて。



(まだ名前だって...)
(名前だって付けてあげてないじゃないか!!!)



俺はなんて無力で馬鹿なのだろう。

体中の血がスゥっと引いていく。

これがきっと“絶望”というものなのだと思った。


「にげ....」

ウェザーが意識を取り戻し、力無くそう口にしたが
間合いなく近づいた敵に対して
俺にはもう彼女を抱きしめることしか出来なかった。
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