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第22話「本当の名前と、あの日の手紙」
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村の丘に咲いた春の花が、ひまりの足元をくすぐる。陽だまりの中、小道の先に立つあの人を見つけた時、胸の奥が熱くなった。
「――カオリさん」
彼女は振り返り、やわらかな笑顔を浮かべた。あの日と同じ、けれど少しだけ年を重ねた目元。
「ひまりちゃん、来てくれたのね」
木陰のベンチに並んで座ると、風がふわりと花の香りを運んできた。ひまりは、ずっと胸に秘めていた言葉を少しずつ紡ぎ出す。
「あの手紙……覚えてますか? 物置で見つけた古い箱に入っていた、小さな封筒」
「……ええ」
カオリの瞳が揺れる。
「“ひまりへ”って、名前が書いてあって……見た瞬間、なぜだか涙が止まらなかったんです。でも、そのときはまだ、まさかって……思いたかったのかもしれません」
「……そうだったのね」
「ずっと頭の隅に残ってて、カオリさんと過ごすうちに、その直感が強くなって。あなたの声や、仕草や、料理の味まで、どこか懐かしくて……それに、あの目の色。私と似てるなって、ずっと思ってた」
カオリは小さく息を吐き、そしてうなずいた。
「ごめんなさい、こんなにも遅くなってしまって。でも、本当は、ずっとそばで見ていたの。成長していくあなたを」
「……じゃあやっぱり」
「――ええ。私は、あなたのお母さん。葛西カオリ。かつて地球からこの世界に来た人間。そして、ひまりを守るために、姿を隠していた人間よ」
ひまりの瞳が潤む。けれど、そこにあるのは怒りでも悲しみでもない。ただ、こぼれるような安堵だった。
「よかった……ずっと会いたかったんです。小さい頃の記憶はぼんやりだけど、それでも、胸の中にはあなたがいた。会えなくても、どこかで生きててくれたらって……」
二人の間に流れる時間は、しばし止まったようだった。春の風が、柔らかく髪を揺らす。
カオリはポーチから、懐かしげな小物入れを取り出した。中から出てきたのは、ボロボロになった紙切れ。
「あの手紙……ほんとは、もっとたくさん書きたかった。でも追われていて、時間がなかったの」
「追われていたって……?」
「“結界守”という存在。異世界と地球の均衡を見張る役目の者たちよ。私は地球出身であることを隠していたけれど、ひまりを産んだことでその力が露見したの。あなたには、私たち二つの世界の血が流れている……だから、彼らにとっては特別な存在だった」
「そんな……!」
ひまりは無意識にお腹を押さえる。心臓が早鐘を打っていた。
「私は、あなたを守るために“カオリ”として姿を変え、記憶を消す薬草を使って、名も告げずに離れた……それが、ずっと悔しかった。ごめんなさい。でも、またこうして会えて、本当によかった……!」
カオリがそっとひまりの手を取る。温かく、細く、けれど確かに母の手だった。
「これからは……一緒にいられますか?」
「もちろんです!」
涙をぬぐいながら、ひまりは強くうなずいた。
そのとき、足元に「もふっ」とした感触が絡んだ。まるまるちゃんが、ふたりの間に割り込んで、くすぐるように尻尾を揺らしている。
「ふふ、やっぱりまるまるちゃんも、家族が増えるのうれしいんだね」
「そうね。……ふふ、あなたのそばに、優しい仲間がいてくれて、本当にありがとう」
丘の下には村が見える。小さな家、あたたかな食卓、笑い声。あの日夢見た「家庭」というものが、現実になっていく予感。
ひまりの心の中に、小さな決意が芽生えていた。
――この世界で、生きていく。家族と、仲間と、そしてもふもふと一緒に。
「ひまり」
カオリがそっと呼びかける。母親としての優しい声だった。
「あなたは、ここで生きていける。でも、どんな未来を選んでも、私はあなたのそばにいるわ。今度こそ、離れたりしない」
「うん……私も、もう一人じゃないから」
まるまるちゃんがひまりの足元で「もふん」と鳴き、小さな頭を擦り寄せてくる。母と娘、そして小さな家族が、再びひとつの場所に集まった。
「今日は、カオリさん……じゃなくて、お母さんの好きなシチューを作るね。とびっきりのやつ!」
「ふふ、じゃあ私も、畑の野菜を一緒に取りに行こうかしら」
並んで歩き始めた小道の先には、あたたかな陽だまりと、ささやかな幸せが広がっていた。
こうして、ひまりの物語は、また新たな一歩を踏み出す。
けれどこれは終わりじゃない。
これから紡がれていくのは、「家族」という、ひまりにとって一番大切な夢のかたち――。
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「――カオリさん」
彼女は振り返り、やわらかな笑顔を浮かべた。あの日と同じ、けれど少しだけ年を重ねた目元。
「ひまりちゃん、来てくれたのね」
木陰のベンチに並んで座ると、風がふわりと花の香りを運んできた。ひまりは、ずっと胸に秘めていた言葉を少しずつ紡ぎ出す。
「あの手紙……覚えてますか? 物置で見つけた古い箱に入っていた、小さな封筒」
「……ええ」
カオリの瞳が揺れる。
「“ひまりへ”って、名前が書いてあって……見た瞬間、なぜだか涙が止まらなかったんです。でも、そのときはまだ、まさかって……思いたかったのかもしれません」
「……そうだったのね」
「ずっと頭の隅に残ってて、カオリさんと過ごすうちに、その直感が強くなって。あなたの声や、仕草や、料理の味まで、どこか懐かしくて……それに、あの目の色。私と似てるなって、ずっと思ってた」
カオリは小さく息を吐き、そしてうなずいた。
「ごめんなさい、こんなにも遅くなってしまって。でも、本当は、ずっとそばで見ていたの。成長していくあなたを」
「……じゃあやっぱり」
「――ええ。私は、あなたのお母さん。葛西カオリ。かつて地球からこの世界に来た人間。そして、ひまりを守るために、姿を隠していた人間よ」
ひまりの瞳が潤む。けれど、そこにあるのは怒りでも悲しみでもない。ただ、こぼれるような安堵だった。
「よかった……ずっと会いたかったんです。小さい頃の記憶はぼんやりだけど、それでも、胸の中にはあなたがいた。会えなくても、どこかで生きててくれたらって……」
二人の間に流れる時間は、しばし止まったようだった。春の風が、柔らかく髪を揺らす。
カオリはポーチから、懐かしげな小物入れを取り出した。中から出てきたのは、ボロボロになった紙切れ。
「あの手紙……ほんとは、もっとたくさん書きたかった。でも追われていて、時間がなかったの」
「追われていたって……?」
「“結界守”という存在。異世界と地球の均衡を見張る役目の者たちよ。私は地球出身であることを隠していたけれど、ひまりを産んだことでその力が露見したの。あなたには、私たち二つの世界の血が流れている……だから、彼らにとっては特別な存在だった」
「そんな……!」
ひまりは無意識にお腹を押さえる。心臓が早鐘を打っていた。
「私は、あなたを守るために“カオリ”として姿を変え、記憶を消す薬草を使って、名も告げずに離れた……それが、ずっと悔しかった。ごめんなさい。でも、またこうして会えて、本当によかった……!」
カオリがそっとひまりの手を取る。温かく、細く、けれど確かに母の手だった。
「これからは……一緒にいられますか?」
「もちろんです!」
涙をぬぐいながら、ひまりは強くうなずいた。
そのとき、足元に「もふっ」とした感触が絡んだ。まるまるちゃんが、ふたりの間に割り込んで、くすぐるように尻尾を揺らしている。
「ふふ、やっぱりまるまるちゃんも、家族が増えるのうれしいんだね」
「そうね。……ふふ、あなたのそばに、優しい仲間がいてくれて、本当にありがとう」
丘の下には村が見える。小さな家、あたたかな食卓、笑い声。あの日夢見た「家庭」というものが、現実になっていく予感。
ひまりの心の中に、小さな決意が芽生えていた。
――この世界で、生きていく。家族と、仲間と、そしてもふもふと一緒に。
「ひまり」
カオリがそっと呼びかける。母親としての優しい声だった。
「あなたは、ここで生きていける。でも、どんな未来を選んでも、私はあなたのそばにいるわ。今度こそ、離れたりしない」
「うん……私も、もう一人じゃないから」
まるまるちゃんがひまりの足元で「もふん」と鳴き、小さな頭を擦り寄せてくる。母と娘、そして小さな家族が、再びひとつの場所に集まった。
「今日は、カオリさん……じゃなくて、お母さんの好きなシチューを作るね。とびっきりのやつ!」
「ふふ、じゃあ私も、畑の野菜を一緒に取りに行こうかしら」
並んで歩き始めた小道の先には、あたたかな陽だまりと、ささやかな幸せが広がっていた。
こうして、ひまりの物語は、また新たな一歩を踏み出す。
けれどこれは終わりじゃない。
これから紡がれていくのは、「家族」という、ひまりにとって一番大切な夢のかたち――。
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