『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』

チャチャ

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5章 焔哭山と火の贖罪

第41話 影溜りの渡し、遠鐘は撫でるだけ

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 緑陰街道を西へ。木鈴の列が切れ、山腹の窪みに、光の届きにくい黒い水面が現れた。
 大樹の根が幾筋も張り出し、その下で沢が合わさって影溜りになっている。風は葉裏を撫でるが、水面はほとんど揺れない。

「ここが渡し」
 セリューナが封球の膜を点検し、薄く水を足す。「影の密度が高い。音は沈むけど、形は残るわ」

「底は緩い泥。足を入れると“影蛭”が拍に吸い付く」
 ロゥナが石を二つ三つ投げ、沈み方を読む。「板は使えない。根を拾ってまたぐ」

《地図更新:緑陰街道—影溜り渡し》
《二核:外拍=安定/火紋残滓=微》
《警戒:影性生物(影蛭)/書式罠:影押印・影楔の可能性》

 渡しの対岸に、苔色の外套をまとった渡し守が腰をおろしていた。
 手の中には木でできた小さな影鈴。鳴らさず、ただ指で撫でている。

「名と道と息を」
 掠れた声。塔守に似た調子だが、こちらは森の民の位相だ。

「レク・エルディアス。緑陰街道を西、『影溜り』を越えて“風成平野”へ」
「三吸二吐」
 応えると、渡し守は頷き、影鈴の腹を撫でた。
 水面に波紋は立たない。代わりに、根の影が一瞬だけ薄くなる。

「通れる。ただし“影の押印”に触れないこと。形を整えず、撫でるんだ」

 封球に鈴幕を掛け直し、偽車輪の縄を締める。
 俺は衣の内の道鈴Aを軽く撫で、息を整えた。

《鈴遮蔽:草旅(低~中)/影場補正=適用》
《注意:遠鐘B=試写のみ(鳴動禁止)》

「先に“影蛭”を鈍らせる」
 セリューナが封球の外膜に塩をわずか溶かし、冷たい水の薄皮を足した。
「塩気は影に通りにくい。吸いついても滑る」

「根の順、私が刻む。三、二、四、二。踏み損ねたら戻さず、そのまま撫で移る」
 ロゥナが根に指を当て、地の反力を整える。

 最初の根をまたぎ、二本目へ。
 水面下の黒が寄ってきて、封球の影に口を開けた。触れた瞬間、塩の皮でぬるりと外れる。
 足首の影に薄い輪線。影の押印だ。刻印を押して鍵銘を残す罠。

「押させない」
 俺は刃の背で足元の影だけをはじく。
 セリューナが帯の風返しの綾を撫でて、押印の圧を海鳴りの模様へ散らす。
 ロゥナが根の撓みを一拍だけ深くして、押印の“面”を崩す。

《影押印:位相崩壊→無効》
《影蛭:付着失敗→離脱》

 三本目。根の間に黒い“楔字”が浮かんだ。半月系統の影楔。踏むと歩幅の三拍目に遅れ癖が付く。

「字は切らない。塗りつぶす」
 セリューナが水刃を“面”で当て、墨の濃淡ごと均す。
 同時に、俺は道鈴Bを衣の中で指先だけ当てる。鳴らさない。
 塔の遠鐘が遥かに応える気配だけを確かめ、即座に指を離す。

《道鈴B:試写—微同調→切断》
《状態:遠鐘の“手応え”=良/本使用=未実行》

「行ける」
 最後の根へ踏み出した時、水面の奥で紙の白が反転した。
 薄い舟影――影船が一艘、こちらの影に舳先を伸ばしてくる。
 舳先には細い舌が二枚。影でも紙でもない“半存在”。押し戻すと形を取る。

「綾、二撫で」
 セリューナが帯を二度撫で、俺は偽車輪を半拍だけ空転させた。
 ロゥナが根の下に柔い座を一枚差し込む。
 影船の舳先は“確かさ”を失って二重像になり、舌が自分の影を噛んで止まった。

《影船:自噛み停止/追尾中断》

 対岸へ跳び移る。
 渡し守が影鈴の腹を一度だけ撫で、影場の濃淡が元に戻る。

「よく撫でた」
 渡し守は短く言って、胸元から小さな木札を一枚くれた。
「“影抜け”の証。次の緑陰の小庫で見せると、根の座を貸してくれる」

「助かる」
 札を道鈴Aと別の紐にくくり、封球の拍を確かめる。外拍は揺れていない。

          ◇

 渡しを離れて少し。
 木鈴が増え、風が通う。緑陰の中に古い空洞――小庫が口を開けていた。
 根の隙間に石の座、葉裏には薄い切れ目。俺たちがさっき印をつけた「三の根」と同じ造りだ。

「札を」
 セリューナが木札を掲げると、小庫の内側で木鈴が一度だけ撫でられた。
 誰もいない。だが“旅の写し”の仕組みはまだ生きている。

「安置(仮)の最終確認をする」
 ロゥナが根の下へ地の座を敷き直し、俺は封球をわずかに沈めて乗り心地を試した。
 セリューナは鈴幕の縁に水のひげを走らせ、湿り加減で鳴りを抑える。

《安置(仮)点:緑陰・三の根—使用検証》
《結果:座=良/蓋=可/外拍=維持》
《注意:黒閲覧“追い鍵”低下中も回復の可能性あり/長居は不可》

「置かない。試すだけ」
 俺は封球を抱え直し、外へ出た。
 木漏れ日が揺れ、木鈴が低く転がる。影の濃さは薄れ、遠くの草の匂いが戻ってきた。

「この先で“風成平野”に出る」
 ロゥナが方角を示す。「鈴は疎、視覚は濃。偽車輪が効く」

「遠鐘Bは封印のまま。――本当に奪われた時に使う」
 セリューナが釘を刺し、帯を俺の胸で撫で締めた。

《旅路ログ:影溜り渡過/影押印・影船=回避成功》
《道鈴B:試写のみ/塔応答=良》
《次行程:緑陰街道→風成平野“樹影の市”→外拍の再調律(軽)》

          ◇

 緑陰が薄れ、視界がいっきに開けた。
 遠くまで低い丘が続き、風が地表の草を撫でて走る。風成平野。
 封球の二核は同じ外拍で静かに息をし、肩の重みは馴染んだままだ。

「行こう。平野で一度、走り切る」
 俺は二人と目を合わせ、歩幅を三・二・四・二に合わせた。

――撫でて、抜ける。
 木鈴の名残が背でひとつだけ明るく鳴り、風の道が前へ伸びた。

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