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雨の向こう側へ ⑰
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《Yuuri side》
『悠里ぃぃっ。
お前なぁ…傘くらい持ってってやるのに、何で駅から電話しないんだっつーのっ!』
閉店後の店の入口から中に入ると、呆れ顔の母親みたいな台詞を言いながら、仁がカウンターから出てくる。
結局、俺も紫陽くんも揃って雨にしっかり濡れてしまった。
俺達を交互に見ては、額に手を当てた仁のため息がひとつ空気に舞う。
『悠里はいいとして。
紫陽くん、大丈夫かい?』
『は、はいっ…すみません、こんな状態で…。』
『それは気にしなくていいよ。
若菜ー!
悪いんだけど、洗面所からバスタオル2枚持ってきてくれるかー?』
『はーいっ。』
そうだった。
仁は今夜、若菜ちゃんちに泊まる予定で、車で迎えに来てくれると言っていたんだっけ。
久々に会うのに、こんな状態で申し訳ない。
隣で戸惑いを隠せず、俺を見上げる【恋人】の背中をポンと叩き、聞こえてくる足音に俺も少し身構えた。
『こんばんはっ、悠里くん。』
『若菜ちゃん、こんばんは。』
『うわぁ、大丈夫?
はいっ、バスタオルふたり分。』
『悪いね、さんきゅ。』
変わらず綺麗な人だ。
こんなに綺麗で一途で献身的な女性と、仁はもう時期結婚するんだな。
元カノの顔が一瞬だけチラついて、それを断ち切るようにバスタオルを頭から被り、紫陽くんにも被せてあげる。
『可愛ぃ…。』
思わず呟いてしまい、すかさず紫陽くんの髪をクシャクシャしてしまうと、頬を赤らめて上目遣いで少しだけ睨まれた。
こんなに可愛い人が、俺の【恋人】なんだな…。
仁も若菜ちゃんを見て、こんな風に実感して胸が熱くなる時があるんだろうか。
『ふたり、仲良しね。』
『うん、まぁね。』
『初めまして。
仁のパートナーの林田若菜です。
紫陽さん、ですよね?』
『ぁ、はいっ…初めまして、渡辺紫陽です。』
『仁から聞いてます。
悠里くんの【大切な人】だって。』
『え…。』
『うふふ。』
『若菜ちゃん、婚約おめでとう。』
『ありがとう、悠里くん。
改めて今度ご挨拶するね。』
『うん。
あ、それと…彼は俺の【恋人】の、渡辺紫陽くんね。』
『えっ♪♪』
すかさず仁と顔を見合せた若菜ちゃんは、喜びの余り小さくその場で飛び跳ねた。
良かった。
若菜ちゃんにも受け入れてもらえたみたいだ。
視線の先を俺へと切り替えた仁が、柔く微笑みながら近づいてくる。
『悠里…。』
『おぅ。』
『よかったな!』
『ん…色々心配かけたな。』
『紫陽くん、おめでとう。』
『ぁ…ありがとうございます。』
『悠里を信じてくれて、ありがとね。』
『いえ…そんな。』
『悠里のこと、宜しく。』
『はい。』
『ちょうど、これから若菜んちに行くところだったんだよ。
気にせず寛いでいって。』
『す…すみません、お言葉に甘えて…。』
『ふふっ、可愛らしい人ねっ、紫陽さん。』
若菜ちゃんの不意打ちの褒め言葉に、赤面も最高潮に達したらしい。
両手でバスタオルを握って顔を覆った紫陽くんが、ペコペコとお辞儀をするから、3人で笑うと俺の背に隠れてしまった。
そんな愛しい人の手を引いて、外までふたりを見送ろうと再び外へ出た。
『仁も明日は休みなんだから、ゆっくりしてこいよ。』
『了解。
んじゃ、お幸せに。』
今までなら、俺がお前に言ってきた台詞なのに。
お前から言われる日が来るなんてな。
ふたりが乗り込んだ車が遠退いていく様を、一緒に幸せになると決めた紫陽くんの肩を抱いて見届けた。
______
《Syou side》
『悠里さん。』
『ん?』
『さっき、伝えきれなかったことがあって…。
一緒に寝る前に、お話してもいいですか?』
『うん、いいよ。』
悠里さんの部屋に入るのは2度目だ。
なのに、通い慣れているかのように安らぐ空間。
お互いにシャワーを済ませ、ローテーブルを挟んで座り、若菜さんから頂いたというカモミールの紅茶を飲みながら、ずっとひとりで抱えていたことを伝えようと決めたけど。
いざ話そうとすると、せっかく恋人になれたのにダメになったら…と、マイナスな考えに怖くなって喉が詰まる。
でも、ひとりで抱えずに打ち明けることで、今日を限りに綺麗さっぱり消えてくれるなら。
『僕は…。』
『うん。』
『自分のことを【穢れている】と思っていて…。』
『え…どうして?』
『それは…僕の過去が過去だから。』
『……。』
『悠里さんと恋人になってキスをしたり…仁さんや若菜さんに僕の存在を認めてもらったりする中で、何処か後ろめたさを感じてしまって…。』
『そんなこと…。』
『そう感じてしまうのは、今までまともに恋愛をしてこなかった自分のせいなんです…。』
『……。』
『あ、でも…キスは恋人にしかしないと決めていたから…その…久しぶりというか…悟さんとは全く…』
『あーーちょ、ちょっと待って。』
『?』
両手を僕の方へ伸ばして制止した悠里さんは、立ち上がってベッドへとよじ登っていく。
ワッフル素材の薄い掛け布団の中へと、長い足をするりと伸ばして横になると、今度は手招くように綺麗で逞しい手を差し出してきた。
『おいで?』
『悠里さん…。』
『大丈夫。
ここで抱き締めながら話をする方が、お互いに安心するだろうから。』
『……。』
王子様って、こういう人なんだろうな。
抱き締めながらって…そんなことされたら、余計に説明出来なくなりそうなのに。
甘い誘惑に負けたみたいに、体は素直に悠里さんの腕の中にするすると収まっていく。
さっきキスしたはずなのに、このゼロ距離に心臓が飛び出しそう…。
『過去のこと、そんなに詳しく話そうとしなくていいよ。
終わったことなんだからさ。』
『す、すみません…。』
『それに…終わったことでも、やっぱ妬けるから。』
『……。』
『俺と初めて恋愛するって思えばいいよ。』
『ぇ…。』
『恋愛って、愛して愛されてなきゃ出来ないよね。
だから、紫陽くんはまだ一度も恋愛をしたことがないに等しい。』
『ん…。』
『【穢れている】なんて思わなくていい。
紫陽くんはいつだって純粋に、人を愛して人に愛されたいって願ってきたんだから。』
『……。』
『俺が、その願いを叶えてあげる。
俺が、過去の紫陽くんを綺麗に浄化してあげる。』
『悠里さん…。』
『俺、一応クリーニング屋じゃん?
紫陽くんの心の浄化も得意分野にしちゃおうか…。』
まるで、プロポーズみたい。
体温に包まれながら、次々とうっとりするような台詞を浴びて、僕の心も体もクリアになっていく気がした。
悠里さんを見上げると、腕枕をしてくれている手で後頭部の髪を撫でてくれるから、もう耐えられなくて言っていた。
『大好きです…。』
『ん…俺も。』
『上手く言葉が出てこなくて…もどかしい…。』
『じゃぁ…。』
『……。』
『キスして。』
自分からキスしてみて解った。
めちゃくちゃぎこちなくて下手すぎる。
唇で唇に触れてはいるけど、ただただ必死でどうしていいか解らない。
ダメだ…。
そう過ぎって顎を引くと、後頭部に触れた大きな手に力が入って、今度は悠里さんから唇を押し当ててきて。
呼吸が苦しくなるほど求められて、海の底から水面に上がったみたいにキスを離すと、下唇を咥えられ部屋に音が響いた。
"kchu…"
『ぁ…。』
『ごめん…。』
『すみません…声が…。』
『ううん…色っぽい。』
『……。』
『キスって、止まらなくなるもんなんだな…。』
『……。』
『でも…今夜はキスだけね。』
『ん…。』
『大切だから、君の全てが。』
ドラマみたいな台詞を、サラリと言うんだから。
でも、悠里さんは本気でそう想ってくれているって解る。
こんな時に比べるのは間違っているかもだけど、維月とは真逆で。
維月は俳優だから、僕と居る時も平気で惑わす台詞を言って演じられたんだ。
悠里さんの恋人になった今、漸く納得出来た。
『顔、上げて?』
『恥ずかしいです…。』
『どうして?』
『だって…悠里さんがそんなこと言うから…。』
『本当のことだから。』
『僕も…。』
『……。』
『僕も、大切にしますから…。』
『ん…ありがとう。
俺、同性との恋愛は解らないことが沢山あるから。
紫陽くんに教わらなきゃね。』
『それは違いますよ…。』
『ん?』
『同性だから恋人になったんじゃないから。
悠里さんだから恋人になったから。
だから、僕と悠里さんにしか出来ないキスをしたい…。
僕と悠里さんにしか出来ない愛し合い方をしたい
…。』
『ん…ほんと、その通りだね。』
そう言って、僕の額にキスをした悠里さんは、そのまま穏やかな寝息を立てて眠りに就いた。
僕はというと、悠里さんの腕枕という特等席を堪能したくて。
しばらくの間、彼の寝顔を眺めているうちに、深い眠りに誘われたようだ。
________
『ぅ…っ!』
目が覚めると、目の前に悠里さんの寝顔が飛び込んできて、声を上げそうになり、慌てて口を噤んだ。
落ち着け。
夢じゃなかったんだ。
僕は、雨宮悠里の恋人になった渡辺紫陽なんだ。
朝からこんなに間近で、悠里さんの顔を拝める特権を得たんだ。
睫毛、やっぱり長い…。
鼻、筋が通っていて小さい…。
唇、ぷっくりしていて柔らかそう…。
いや…柔らかそうっていうか、柔らかかったんだけど。
『ぅぅ…恥ずっ…ぁれ…?』
なんだろ、この袋。
恥ずかしくなって体を180°回転させた目の前に、白いリボンの掛かった水色の袋が現れた。
え、触っていいのかな…。
そもそも誰が置いたんだ…?
『うわっ…!』
あとちょっとで袋に触れるところで、バックハグで捕獲されてしまった。
『ゅ…悠里さ…』
『お誕生日、おめでとう。』
『ぇ…?』
『今日は6月27日…紫陽くんが生まれた日。』
『忘れてた…。
でも、なんでそれを…。』
『LINEに載ってたから。』
『ぁ…。』
佐々木もそうだった。
あの時は、自分の個人情報が表記されていることに嫌悪感を抱いたけど。
今は、そのシステムに感謝してしまうのは都合が良すぎるかな。
『こっち向いて?』
『はい…。』
『紫陽くん、生まれてきてくれてありがとね。』
『悠里さん…。』
『プレゼント、開けてみて。』
『はい…。』
起き上がって座り、言われるがままに膝の上で袋をゆっくりと開けていく。
レースのリボンを解き、口の開いた袋を覗くと黒い箱がふたつ入っていて。
ひとつ開けてみると、今まで僕が手にしたことが無い物が煌めいた。
『ネックレス…。』
『こっちが紫陽くんの誕生石のムーンストーンで、こっちが俺の誕生石のダイヤがトップのプレートに埋め込まれてる。
お互いにお互いの石のネックレスを付けられたらいいなと思って。』
『こんなに素敵な物…もらっていいんですか?』
『もちろん。
俺、センスないからどうかと思ったんだけど、悩みに悩んで選ん…ぉっと!』
悠里さんが王子様じゃなかったら、一体何なんだ。
そんなことを思うくらい、僕には勿体ないほどの人。
だけど、絶対に誰にも渡したくない。
いや、渡さない。
『嬉しい…。
こんなに心の籠ったプレゼント、初めてです…。』
『ん…よかった。』
『僕が知らない間に、僕を想って選んでくれたなんて…。』
『昨日フラれてたら、渡せなかったけどね。
恋人になれて、一緒に朝を迎えて、誰より先に【おめでとう】って言えて、最っ高に幸せ。』
『僕も…最っ高に幸せです。』
____
それからは、仕事中もワイシャツの下に隠して、毎日ネックレスを付けている。
動く度に肌の上に感じるシルバーの冷たい感覚が、悠里さんに励まされているようで頑張れる。
そして、悠里さんと恋人になって2週間後の今日。
梅雨明け宣言をテレビで確認した僕は、開店前のバーへ向かおうと家を後にした。
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