雨の向こう側へ

seiru

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雨の向こう側へ ⑱

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《Shou side》



『しっかし…どこから見てもイケメンじゃないのぉぉ…。
こんな素敵な人、何処で見つけたの?』

『マスター…近くから見すぎっ。』

『あら、ごめーん♪』


そう。

僕は今、悠里さんを連れて、開店前のマスターのゲイバーに来ている。

店に入り、カウンターの前に辿り着いた途端、マスターとヒロさんが一斉に瞳を輝かせ、悠里さんへと興味の視線を向けた。

それだけ彼は目を引く人。

そりゃもちろん、僕だって悠里さんはイケメンだとかかっこいいと思ってきたけど。

僕以外の目から見ても、彼には人を惹きつける魅力がダダ漏れなんだと、ここに来ても思い知らさせるとは。

カウンターの椅子に座ってからは、マスターの舐め回すような品定め攻撃が始まったけど。

ハンカチを取り出して、ひたいの汗をぬぐう僕とは真逆に、右隣に座る悠里さんは全く動じていない模様。


『紫陽くんとは、ジムで知り合いました。』

『ほーっ!ジム!
なんて魅惑的な響きっ!』

『そうなんですか?』

『あ、そっか。
悠里さんはノンケさんだもんね。
ゲイってゆーのはね?
男の筋肉に魅せられちゃう人が大半とゆーか?
だから、ジムに行ってムッキムキに鍛えてるゲイって多いわけ。』

『へぇ。』

『あーでも、ユウリ…じゃなかった、紫陽は違うんだよねぇ。
所謂いわゆるBLドラマとか漫画に出てくるようなタイプでしょ?
ここ数年、紫陽みたいな美人系とか、ちょっとか弱そうな細身系も増えてきてるから面白いよ。
それだけ【自分がゲイかも】って気づける世の中になってきたんだろうしね。
まぁ、ゲイに限らずさ、いろんな人が居ていいってわけよ。』

『そうですよね。
確かに、紫陽くんは美人ですよね。
未だに綺麗すぎてびっくりすることもあります。』

『やーーだっ!惚気のろけじゃーーーんっ!
ねぇ紫陽っ、アンタほんと良かったねぇ♪
こんな王子様みたいな人とお付き合い出来ることになってさぁ♪』

『ぁ、あのぉ…マスター?』

『はーい?』

『悠里さんと僕がここに来た目的、忘れてません?』

『忘れるわけないでしょっ。
少しでも緊張を解してあげたくって、ついつい喋りすぎちゃった♪
アイツ、時間は守るヤツだから。
あと少しで来ると思うよ。』

『ん…ありがとうございます。』


緊張で少し喉が乾いてきたタイミングで、ヒロさんがお任せで作ってくれたカクテルを差し出してくれた。

僕のカクテルは、紫とピンクのグラデーション。

悠里さんのカクテルは、オレンジと黄色のグラデーション。

流石、イメージにぴったりだ。

グラスを持ち上げ、カウンターライトに透かして見つめる悠里さんが、うっとりとした表情で小さな唇から呟いた。


『綺麗なカクテル…飲むのが勿体ないくらいです。』

『これを生業なりわいにしておりますのでね。』

『ヒロさんは、ずっとここでバーテンダーをされているんですか?』

『はい。
20年前にここで【バーテンダーが欲しい】と口説かれてからずっとですね。』

『それって、マスターの愛の告白だったんですかね?』

『まぁ、そういうことですね。』

『運命の出会いですね。』


マスターとヒロさんの馴れ初めなんて、初耳。

しかも、いつも淡々と仕事をこなしているクールなヒロさんなのに、目尻が下がって力が抜けて、心がほどけているのが見て取れる。

初対面でも自然と話を引き出せる悠里さんだからこそ、初めて会ったジムで僕に話し掛けてくれたんだよな。

悠里さんの人柄が、僕達の運命の出会いを引き寄せてくれたってこと。


『ところで、悠里さん?』

『はい。』

『どうして維月に会おうと思ったの?』

『それは、一緒に話を聞いていて頂ければ解ってもらえると思います。』

『そう…解った。
相手は名の知れた芸能人だから、お手柔らかにね。』

『大丈夫です。』

『ん。
でさぁ、紫陽?
ふたりはどこまで進んだのぉ?』

『ちょ!マスター!』

『あははっ、ほーんと、紫陽はイジり甲斐があるよねぇ。』


マスター、嬉しそう。

電話で今日のことをお願いする時も、僕に恋人が出来たと伝えたら、通話が切れたのかと思うほど沈黙されて。

数秒後、鼻をすする音が聞こえてきて、絞り出すように言ってくれたんだ。


【よかったぁぁ…本当によかったぁぁ…。】


愛情が籠っているが故に震えていたあの声を、僕はずっと忘れない。




"Gacha…"


来た…。


ドアが開いた音の方向へと一斉に向いた僕達は、恐らく一斉にその存在の眩しさに目を細めただろう。

革靴の底を軽快に鳴らし近づいてくるその人は、黒いジャケットをなびかせ、艶やかな口元に笑みを浮かべ、胸に手を当て会釈をした。


『マスター、ヒロさん、お久しぶりです。』

『維月…久しぶりだね。
時間作って来てくれてありがとう。』

『いや、僕も顔を出したいと思ってたから。』


今日は発作が起きないように、御守り程度の予防薬を飲んできた。

でも、数年ぶりに維月を目の前にして、椅子に座っているのに体のバランスが不安定にぐらつく。

気づかれないように深呼吸をしたつもりが、悠里さんがこちらを気にして僕に視線を落とした。

あの頃よりもっと有名になった維月の記憶に、果たして僕は存在しているのだろうか。


『紫陽、元気だった?』

『……。』

『あれ?ここに呼んでくれたのにスルー?』


覚えていたんだ…。

名前を呼ばれただけで、僕の声帯の機能が見事に失われてしまった。

声を出そうとしているのに、出し方を思い出せなくて喉を手で押さえると、悠里さんの左手が僕のもう片方の手をそっと握ってくれた。


『すみません。
貴方を呼んでほしいと頼んだのは、俺です。』

『君は?』

『彼のパートナーの、雨宮悠里です。
初めまして。』

『へぇ…。』


悠里さんの右隣の椅子に座る間も、彼から視線を外さない維月の眼差しは、異物をとがめる針のように痛くて見ていられない。

でも、芸能人というだけでも身構えるはずなのに、悠里さんは全く動じず椅子を右に向け、僕を背にして維月に向き合った。


『お名前は?』

『雨宮悠里です。』

『悠里さんね。
お仕事は何を?』

『クリーニング店を経営してます。』

『ほぉ…。
てっきり同じ業界人かと思ったくらい魅力的なのに、クリーニング店の経営、ね。
で?
紫陽と付き合っている貴方が、何故僕を?』

『それは、紫陽くんに謝罪してもらうためです。』

『謝罪?』

『貴方が紫陽くんを傷つけ、その後も心を閉ざして生きてきた彼の時間に対して、です。』


維月に伝えたいことを、前以まえもって聞いてはいた。

聞いてはいたけど。

いざ本人に伝えている悠里さんの背中を見ていたら、なんて広くてたくましいのかと泣きそうになる。

貴方とまだ出会っていなかった僕の時間さえも、今の僕を作ってきた時間だからと大切にしてくれる。

維月に、この人のとうとさが解るんだろうか。

いや、解るわけがない。

鼻から息を吐き出しては、カウンターに肘を突いた維月は、ヒロさんが出してくれた白いカクテルを口に含んで喉を鳴らす。


『今更、ですね。』

『……。』

『しかも今、貴方というパートナーが居て紫陽は幸せなんでしょう?
だったら別に過ぎたことなんだし、ぶり返す必要なんてないんじゃ?』

『紫陽くんの純粋な恋心を騙して、遊びで付き合って捨てた貴方が、今は純粋に恋愛をしてパートナーシップを結ぶと聞きましたが。』

『は…?』

『あー、喧嘩をしようとか揉めようとか、全く考えてないですから。
これからその方と一生添い遂げていくつもりなら、ここできちんと過去をクリアにしてくれませんか。』

『……。』

『貴方にとって紫陽くんが、思い出すこともない過去の人だとしても、紫陽くんにとっては、忘れたくても忘れられない辛い記憶としてずっとずっと貴方が残ってる。
でも、貴方が謝罪してくれることで、その呪縛から救えると俺は思ってます。』


維月がひるんでいる。

モデルから俳優へと活躍の場を広げていたあの頃、珍しく仕事の話をしてきた時のことを思い出した。


【大御所と一対一で演じた時、その演技に圧倒されてもこらえていたはずなのに、監督にすぐバレたんだよな。
どうして解ったのか聞いたら、俺の目って怯んだり動揺すると左右にわずかに揺れるらしくて。】


僕には一生見ることは出来ない維月の癖だと、静かに聞きながら諦めていたけど。

まさかここで目の当たりにするとは。


『随分と真っ直ぐな人だね、悠里さんて。』

『よく言われます。』

『でしょ。
悠里さん、年齢は?』

『貴方と同じ、32です。』

『そうなんだ?
色々と奇遇だなぁ…ほんと。』

『??』

『実は明日、そのパートナーシップを結ぶ予定なんだよねぇ。』

『そうだったんですか。』

『正直言うと、紫陽のことを思い出す瞬間は何度かあった。
しかも、今のパートナーと付き合うようになってから頻繁にね。』

『……。』

『きっと、後ろめたさがあったのかもしれない。
最後に、紫陽が発作を起こしても放っていってしまった時の記憶が、フラッシュバックすることもよくあったから。』

『……。』

『今の彼、曲がったことが大嫌いでね。
この僕を本気で叱ってくれるし、その分本気で愛してくれてる。』

『ん…。』

『だから、もし彼がここに居て、僕が紫陽に謝らなかったら、間違いなく叱られるだろうね。』

『素敵な人と出会えたんですね、維月さん。』

『……。』


きっと、悠里さんに優しく微笑まれたんだろう。

カウンターに肘をついていた手で、目元をおおった維月の口元も微笑んでいて。

ため息をひとつ吐いて立ち上がり、今度は僕の方へと近づいてくる。

悠里さんもこちらに向き直し見守る中、両手をポケットに突っ込み、僕を見下ろして小さく口を開いた。


『紫陽。』

『……。』

『お前もいい人、見つけたな。』

『み…見つけたんじゃ、ない…。』

『え?』

『見つけて…くれたんだよ。』

『そう…。』

『……。』

『紫陽。
お前を酷く傷つけてしまって、本当に悪かった。』

『……。』

『あの頃の僕は、間違いだらけだった。
そう気づかせてくれたのが、今のパートナーなんだ。
仕事は順調なのに、恋愛となると冷めてしまう。そんな僕に彼は、
【まともに恋愛出来なくなってしまった原因は、他でも無く全てお前にある】と言ったんだよ。
【見せかけで人を魅了していても、中身はただの自意識過剰な人間で、空っぽに等しい】ともね。』

『……。』

『僕は根本こんぽんが甘えたなんだよ。
だから、歳上の彼から沢山の愛情をもらって、やっとまともに恋愛出来るようになったらしい。』

『……。』

『紫陽には、悠里さんとめいっぱい幸せになってほしいと思ってる。』

『そんなこと…っ。』

『……。』

『そんなこと言われなくたって…僕は維月より幸せだよ…っ。』

『ぁは…そうか。』


今までは、維月と付き合った時間や、捨てられて傷ついて別れた事実を、ずっと恨んだり後悔したりしてきたけど。

その時間や事実が無ければ、僕は悠里さんの恋人にはなっていなかっただろう。

そう思えている今、目の前に居る維月に怯む僕は何処にも居ないし、胸だって張れる。


『維月…。』

『ん?』

『パートナーシップ…おめでとう。』

『紫陽…。』

『幸せになって…。』

『ん…解った。』




"Gacha…"



そして維月は、迎えに来たパートナーとバーを後にした。


ドアを出る手前で振り向いた姿は、柔らかい光の輝きを放ち、とてつもなく美しかった。







____




『悠里さん…。』

『ん?』


バーを出て、薄暗い路地裏を手を繋いで歩く途中、堪らずに立ち止まった。


『好きです…。』

『……。』

『大好きです…っ。』

『紫陽くん…。』

『ダメだ…ちょっと泣いても、いいですか…っ。』

『うん…。』


急にわけも解らず号泣し始めた僕を、即座に包み込んでくれた悠里さんは、そのままレンガ造りの壁に寄り掛かった。

声も嗚咽おえつも止められなくて、子供みたいで情けなくて、顔が熱くなるほど恥ずかしくて。

それでも、悠里さんの大きくて温かくて力強い腕の中からは、抜け出したくない。


『頑張らせちゃったね…ごめんね。』

『違っ…ぅ…。』

『……。』

『僕の方こそ…悠里さんに沢山頑張らせてしまって…っ。』

『俺は平気だし、俺がどうしてもしたかったことだから。』

『ほんとに…ありがとうございます…っ。』

『ん…。』

『もう二度と…維月の姿を見たとしても…辛くなることは無いです…っ。』

『ん…。』

『もう二度と…自分のことを…穢れてるなんて思わないです…っ。』

『ん…。』

『だから…。』


貴方に浄化してもらった僕は、とても無垢でクリアになったから。

これからは、いくらでも貴方の色に染まっていける。

触れることを諦めることなく。

求めることを躊躇ためらうことなく。

だから…。



『……。』

『僕を、抱いてくれませんか…。』





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