主人公なんかに、なってほしくはなかった

onyx

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私は、独り、帰ってきた

しゅう、み、れい

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ヴィーが私の前に現れた時の事は、今でも覚えている。あれは私が5歳になったばかりで、村の最年少だった私に初めて下の子が生まれた頃だったと思う。

みんなの関心はそっちに移り、私はとても寂しい気持ちになっていた。今思うと仕方ないことだけれど、当時の私にとってそれは大きな事件であり、それこそ、自分は本当は要らない子なのではないかとまで考えてしまう程だった。

小さな私には、この村が私の世界だった。私のすべてだった。だから世界に相手にされないという衝撃は、私を揺さぶり、孤独にさせ、責め立てるかのようにも思えた。独りは寂しくて、悲しくて、一頻り泣いた。

でもいつもだったら拭ってくれる手はなくて、身勝手なことに、怒りすら湧いてくる始末だ。

そうして私は、1人で行ってはいけないと言われていた森に1人で入ってしまった。私がいなくなって少し慌てて欲しかったという稚拙な願いの結果、私はその身を危険に晒す事となったのだ。









暗い森を1人で歩く。昼でも生い茂る木の葉によって、太陽の光があまり届かないこの森は、自然の恩恵を私達に与え、そして奪っていく。

始めのうちは楽しかった。1人で森に入り、大好きな木の実を見つけるという行為は幼い私を大人になった気にさせ、足を奥へ奥へと進ませる。だけどこの世は弱肉強食。進んだ先で待ち受けていたのは私の背丈程もある狼だった。

狼と目が合った瞬間、私は動く事も出来なくなってしまった。初めて見る生きた状態の森の獣の姿は私を恐怖の底へと引き摺りこみ雁字搦めにして離さない。少しでも視線を逸らしてしまえば、身体を動かしてしまえば最期、私は頭から食べられてしまうのだと本気で思った。

ほんの数秒の出来事だったかもしれない。でも私の体感では長い時間睨み合いが続き、はらりと私と狼の間に葉っぱが数枚落ちてきた。なんだと思う暇も無く、狼がこちらへ飛び掛ってくる。その口を大きくあけ、鋭利な歯が私を食い破ろうとした瞬間、目の前にいた狼が姿を消し、1人の女の子に代わった。

ただ呆然と座り込む事しか出来ない私に、彼女は笑ってこう言った。

「着地失敗しちゃった。でも結果オーライだね!」

と。

気絶した狼がいつ起きるか分からないからと足早にその場を去り、2人で村までの道を歩きながら、彼女は自分の名前を名乗ってくれた。

けれど幼い私は聞いた事のない言語の名前を上手く発音出来なかった。そしたら彼女はヴィオレットでいいと言った。それは彼女の名前と同じ花の名前らしい。

花には種族や場所によって違う名前があると知っていた私は頷き、何故彼女がこの森にいるのかを聞くと、なんと彼女はナイフと1日分の食べ物だけを持たされ、数日前森に捨てられたのだという。驚く私をよそに彼女はその壮絶な過去をなんでもない事のように話す。

生まれるずっと前から自我があったという彼女は、そのおかげでこの森でもなんとか生きられたのだと笑う。

彼女の言うことはよく分からなかったけど、何となく悲しそうに見えて、私は少しだけ私より大きな彼女をギュッと抱き締めた。

悲しい時や寂しい時はギュッとされると安心するから、そっくりそのままお母さんの真似をして。ギュッと抱き締めて、それから頭を撫でたり、背中をトントンしたりする。

ベッドがあれば子守唄も歌うのにと残念に思っていると彼女は身体を緩め、震える息を吐きながらゆっくりと深呼吸をした。多分、泣きそうだったんだと思う。

でも私が彼女より小さい子だったから、彼女は泣かなかった。そういう所は強情なのだ。

しばらくの間、そうして黙って抱き締めあっていた。

それから彼女を村へ連れて帰って、私は散々怒られ、彼女はどうして森にいたのかを話して散々泣かれた。でも、彼女は生まれる前から自我があったことは言わなかった。

どうしてだろうと思って聞いてみると、彼女はキョトンとしたあと、2人だけの秘密だと笑った。

その時にした、いつか彼女の本当の名前を呼ぶという約束を、彼女は覚えているだろうか。

いっぱい練習したその名前を呼べていたら、私は彼女を引き留められていたのだろうか。

「---。」

未だたどたどしいその名前を、私は。
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