主人公なんかに、なってほしくはなかった

onyx

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私は、独り、流される

まぞく

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「天の怒りよ、遍く全ての光を裂き、大気を世界を焼き尽くせ。最後に残るは世界の始まり«インフィニティサンダーボルト»」

飛び込んで来たのは魔族の生き残り達。来ると思っていた。だって彼等にとって私達は仇なのだから。人々が浮かれ、大勢の人間が一堂に会するこの日を逃す手はないだろう。

けれど、それを黙って待っていられる程の余裕は私には無い。最大級の魔法を放つ。これで全員倒せるとは思わないけれど、不意打ちを阻止する事は出来るだろう。

杖から放たれた魔法は、辺り一面を光で満たし、轟音と共に次々と空へ駆け上がっていく。

一瞬の静寂の後、絶叫が響き渡り街は戦場へと姿を変えた。逃げ惑う民衆は姫様に任せて、上を見上げる。生き残ったのは数十体。その中でも傷1つない魔族は4体いた。見たことの無い魔族が2体、以前戦った魔族が、2体。

「やれやれ、作戦負けですねぇ。だから空から強襲を仕掛けるよりも闇に引きずり込んで一人一人嬲り殺しにした方がいいって言ったのに。」

「あのエルフは森に帰ったと聞いていたが。」

「彫刻エルフじゃなくてもぉ、最上級魔法を使える奴がいたってことじゃーん。んもぅ、この服お気に入りだったのにぃ。最悪ぅ!」

「くそっ!こちらの作戦が漏れていたということか!?」

「いやただ単に分かりやす過ぎたんですよ。こんなの誰にでも考え付くことでしょう。逆に王道過ぎて警戒していないかも、と思ったのですが。」

「キャハハハ、馬鹿じゃん!!ふっつーに皆死んじゃったしぃ!つーかこの魔力、勇者のひっつき虫ちゃんじゃん。ウケる。」

「あぁ、前に言ってた…。というか笑っていますが、そういう貴女もこの馬鹿みたいな作戦に乗った1人でしょうに。」

「え~?でもぉ、私死んでないしぃ?」

「…後で弔わなければ。」

「墓を建てられる場所も用意しないとな!!何人いたか覚えてねぇけど!」

「うわ、うっざ~。墓とか無意味じゃん。顔も名前も覚えられないレベルの雑魚なんだしぃ。思い入れとかないのに墓建てるとか笑うんだけどぉ。」

「その意見には同意しますが、お喋りはここまでのようですよ。」

誰かが撃った魔法が弾かれる。もしかしたらあの眼鏡の魔族は魔法防御値が高いのかもしれない。

「やっほーおひさ。ひっつき虫ちゃん。」

動こうとした私の前に現れ、嬉しげに話しかけてくるのは少女の姿をした魔族。可愛らしい見た目とは裏腹に、人を殺す事こそ最高の娯楽だと笑う悪魔だ。

「…フォーレン。」

「私の名前覚えてたのぉ?嬉し~。私はひっつき虫ちゃんの名前覚えてないけどぉ。なんだっけ?花の名前だったのは覚えてるんだけどぉ。」

「……。」

「教えてくれないのぉ?ごめんってぇ。ほら、勇者ちゃんも花の名前じゃん?ヴィオラ?ヴィオレ?うわ、うろ覚え過ぎてウケる。」

「どうして来たの。」

「ん?だって面白そうだったんだもーん。」

「約束したのに。」

「約束は守るよぉ?あんたには攻撃しないしぃ。でも、他の人は知らなーい。約束したのはぁ、あの場にいた人間限定だもん。残念でしたぁ。」

以前彼女は泣きながら殺さないでと懇願した。その姿に同情したヴィーがもう人を殺さない事を条件に見逃したのだ。あの後、ヴィーは騎士様に2、3日動けない程の激しい叱責を受けた。

「っそんな。」

「屁理屈って思ったぁ?人間ってほんと甘いよねぇ。言葉の穴に気付かないんだもん。まぁ約束しちゃったしぃあの場にいた人間は殺せないんだけどぉ。」

「天の怒りよ、「あ、やっぱさっきのひっつき虫ちゃんの魔法だったんだぁ。でもそのすっからかんの魔力じゃ無理でしょ。」」

彼女の冷たい手で口を塞がれて詠唱が止まる。そのまま固定され、動かせない。詠唱無しでは威力が半減してしまうのだから、今の私に勝ち目は無い。

「安心しなよぉ。私は攻撃出来ないんだしぃ。っていうかさぁあの魔王倒せるとか勇者ちゃんヤバくない?次の魔王ちょー楽しみなんですけど。」

フォーレンの言葉に目を見開く私に、彼女が驚く。

「え、うそぉ、その顔は知らなかったんだぁ。それなりに生きてる魔族には常識だよぉ?まぁ確かに人間には都合悪いもんねぇ。うわぁ可哀想ぉひっつき虫ちゃん。知らないままに勇者ちゃんが魔王になるためのお手伝いしてたんだ。」

「っ…!」

フォーレンの言葉が刺さる。そうだ。彼女を死刑台に登らせる手助けをしたのは、私だ。

「ひっつき虫ちゃん泣きそう?泣いてもいいよ?私人間の泣き顔大好きなんだよねぇ。…ありゃ泣かないの?ざーんねん。でもさぁ別に魔王になってもよくない?魔王って寝てるだけでいいんだもん。王様だから虐げられる事もないしぃ、貢ぎ物とか貰えるしぃ。人間は生きる為に働かなきゃだけど、魔王になったらそんな事しなくていいんだよぉ?まぁ起きたら定期的に勝負挑まれるしぃ、ちょっと血の気は多くなるけどぉ、それはそれで楽しいよぉ?」

好き勝手に話していたフォーレンが、私の顔を覗き込む。楽しげな表情は、友人に向けるそれだ。

「お?何か聞きたそう。んー、聞きたいのは魔王の仕組みについて?それとも私について?特別に教えてあげるぅ!あ、でもぉ魔王の仕組みについてはよく知らないよぉ?何時もより血の気が多くなってなんとなーく人を殺してるといつの間にか変わってるしぃ。勇者とかち合ったの勇者ちゃんが初めてだったんだぁ。面白そうだから殺さないでおいたんだけど、まさか魔王を倒すとはねぇ。ウケる。」

「あんまりベラベラと情報を漏らさないでください。」

いきなり現れた魔族に驚く。それを見たフォーレンが、笑って抱き着いてきた。冷たい身体だ。

「びっくりしたねぇひっつき虫ちゃん。大丈夫?もーオーグ、そっち終わったのぉ?」

「まだですけど、どうせ仕事しないだろうから回収してきてくれと頼まれましたので。」

「うわうっざ~。今ひっつき虫ちゃんとお話中だからほっといて欲しいんだけどぉ。」

「珍しく人間がお気に入りなんですね。」

「だってちょー弱いのに頑張ってるんだもん。可哀想で可愛くない?無謀な勘違い野郎は大っ嫌いだけどぉ、ひっつき虫ちゃんは自分が弱いって分かってるから好き。」

「貴女の好みはどうでもいいですが、その子、どうするんです?」

「え~?お持ち帰りしてもいいけどぉ、それじゃ簡単に死んじゃいそうだよねぇ。ひっつき虫ちゃんはどうしたい?」

「一言言っておきますが、彼女は人間ですよ。私達の敵です。」

「堅物眼鏡ちょーウザい。人間がみんな敵とか古くない?私は面白ければなんでも好きなんですぅ。」

「これだから快楽主義者は…。理解出来ません。」

「原型が無くなるまでぐちゃぐちゃにするのが好きなあんたに言われたくないんですけどぉ。」

「イールが殺られた。」

「うわ、いきなり現れるとひっつき虫ちゃんが怖がるじゃん。あ~あ、もう帰っていい?萎えたし、作戦は失敗~ってことで。」

「仕方ありませんね。今回の指揮官は彼でした。将がやられたとなれば撤退するのがルールです。」

「じゃあね、ひっつき虫ちゃん。またお話ししよーねぇ?」

「ではまた。」

フォーレンが私の頬を撫でて飛び去る。続けてオーグと呼ばれた魔族が闇に消える。残ったのはかつて戦わずして互いに背を向けた魔族。

「ソレント、どうして。」

「…弟が騎士に殺された。仇はうつ。」

それだけ言うと、彼もまた消えた。
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