主人公なんかに、なってほしくはなかった

onyx

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私は、独り、流される

しすたーとけんとうか

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日差しの強い昼下がりに、私の部屋のバルコニーでお茶会が開かれた。参加者は、エミリーとレーシアと私。少し離れた所に侍女さんが控えていた。

シスターのエミリーは今日も黒い修道服を身に纏っている。見ているだけで暑いけれど、彼女は涼し気に空を仰ぎみて、それから持っていたティーカップをテーブルに置いた。

「暇ですわね。」

「そうですね。」

「そうだねぇ。」

だらりとテーブルに上半身を預けながら相槌を打つのはレーシアだ。拳闘家らしくそのしなやかな筋肉に覆われた腕を惜しげも無く晒している。

対象的な2人だけれど、とても仲が良い。ヴィーによって各地に飛ばされた後、レーシアがエミリーを訪ねたそうだ。だから今日2人はここにいる。

「あの子も何処に行ったのやら。」

「わかりません。」

「さぁねぇ。」

のんびりと言うレーシアの声を聞きながら、私は俯く。あぁ今日は、日差しが痛い。痛くて仕方ない。

「責めている訳ではないのよ。ほら顔をお上げなさい。神は全てを見ているのだから、暗い顔なんかしちゃ駄目よ。」

隣に座っていたエミリーが私の頬を両手で包み、目を合わせるようにして微笑む。眩しくて、溶けてしまいそうだ。

「これは試練です。マリーと、ヴィオへの、乗り越えるべき試練。どうして貴女達に課せられた試練がこれほど辛いものなのかは分からないけれど、貴女達なら乗り越えられると信じています。大丈夫。神は乗り越えられる試練しかお与えにならないのだから。」

エミリーの言葉に、頬杖をついて私とエミリーを見ていたレーシアがのんびりとした口調のまま話しはじめる。

「エミリーはそう言うけどさぁ、普通に考えて無理じゃない?あたしなら親友の生死が不明って結構キツいし明るい顔なんて出来ないよ。」

それにエミリーが首を振る。

「それでも前を向かなくては。そうして進むものにこそ慈悲は与えられるのです。」

「そりゃしんどくても前に進まなきゃ行けない時もあるさ。でもそれは今じゃない。そうすべき時はもう終わったんだ。…皆が皆エミリーみたいに強くないんだよ。」

困った顔をしたレーシアに、エミリーはまた首を振る。それから曇りなき眼で私を見た。全て見透かされているようで、目を背けたくなったけれど、エミリーは許してくれなかった。

「それでも、マリーは俯いていてはいけません。ヴィオの道標なのだから。彼女の印として、生きていくのでしょう?」

「…はい。」

なんとか出せたのは掠れた声で、そんな自分に落胆する。心配そうに私を呼ぶレーシアの声が聞こえた。

冷めた紅茶を飲み、喉を潤す。美味しい筈なのに、味は分からなかった。

「精霊が、言っていました。繋がっていると。まだ途切れていないのならば、チャンスはあります。」

肩を撫でていた手を止め、2人だけに聞こえるように小さく呟く。私の声よりも、もしかしたら心臓の音の方が大きかったかもしれない。

「…私は、ヴィーを取り戻したい。世界よりもヴィーを取る、ダメな人間です。」

怒るだろうか、悲しむだろうか。不安ばかりが浮かんできて、目を伏せた私に、レーシアがあっけらかんと笑う。私を撫でる手はいつものように暖かくて、優しかった。

「いいんじゃない?身近な人間を大切に出来ないやつが、大勢を幸せになんか出来っこないんだから。そのぐらいでいいんだよ。」

「神は全てを赦します。それが貴女の愛であるならば、それもまた1つの道でしょう。」

祈るように手を組んだエミリーが微笑む。

「ありがとう、ございます。」

強ばっていた肩から力が抜ける。じんわりと心に安堵感が広がると同時に、私は肯定されたかったのだと初めて気が付いた。

ヴィーを連れ戻すという選択を、他でもない一緒に戦った仲間に。

冷めた紅茶は、ほんのりレモンの味がした。
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