主人公なんかに、なってほしくはなかった

onyx

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旅に出よう、彼女の元へ、行けるように

つみあげてきたもの

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ベッドの方に戻れば、ジルが居た。

「マリーゴールド。」

「ジル、久しぶり…?」

つい疑問系になってしまったのは、ジルはずっと私に伝書鳩で手紙を届けてくれていたからだ。
中身は私を探す騎士達の居場所や、見つかりにくい道、街や村の逃走経路。逃亡生活に必要な情報を手紙で定期的に教えてくれていた。

「あぁ。」

ジルは私の後ろを歩いていたトールを一瞥すると、目を閉じて木に寄りかかる。
旅の間もヴィーに話しかけられた時以外あまり喋らない人だったから、私は気にせずレーシアを探す。

「マリー、ご飯だよ。トールもジルもおいで。」

木の影から出てきたレーシアが、私たちを手招きする。
近寄れば、美味しそうな香りがした。

「レーシア、ありがとうございます。」

「どういたしまして。あるもので適当に作ったから、ちょっと物足りなくても勘弁ね。」

「ううん、美味しそうです。」

「ありがと。ほら、ちゃちゃっと食べちゃって。」

「はい。いただきます。」

差し出されたボウルを受け取って膝の上に乗せる。お肉と野菜が沢山入ったスープだ。暖かい。

「ジルもトールも。」

「あぁ。」

素直に傍に寄ったトールとは反対に、ジルは動かない。

「俺はいい。」

「ご飯食べてきたの?」

「いや。」

そう言って首を振ったジルに、レーシアはボウルを持って近付いていく。

「じゃあ食べなきゃ。お腹すいてると悪い方悪い方に思考が寄ってっちゃうからね。」

ジルは腕を組んだまま、何も言わない。
それを見てレーシアは溜息を吐く。

「食べないならまたあたしが力尽くで食べさせるけど?」

また、と言った通り、レーシアは旅の間よく色々とジルの世話を焼いていた。もちろん、ジルだけじゃなくて、私やヴィーのことも気にかけてくれて面倒を見てくれていた。
私たちと歳の近い弟がいるらしく、ついあれこれ構ってしまうのだと言っていたっけ。

「…要らない。」

「食欲無い訳じゃないんでしょ?低燃費なのは知ってるけど、あの日からろくに食べてないのはあんたの顔を見れば分かるよ。」

レーシアはジルの手を取ってボウルを渡す。
目を開けたジルはボウルをじっと見つめ、それからレーシアへと視線を投げる。

「食べて、少しでも力にするの。そんなヘロヘロじゃ、助けられるもんも助けられないよ。」

優しく、レーシアがジルの目の下をなぞる。
ピクリと反応したジルは、しかしそのままレーシアの手を受け入れていた。

何度も見た光景だ。始めは殺気立って遠くへと逃げていたのに、いつの頃からかレーシアの手を拒まなくなった。害がないと分かったからだろうか。レーシアの手が暖かかったからだろうか。私には分からないけれど、ジルがヴィーとレーシアを拒まないことだけは知っていた。

旅の中で、確かに育まれてきた情だ。
レーシアが顔から手を離すとジルは溜息を吐いてボウルに差し込まれていたスプーンを手に取り口に運ぶ。

「よし、良い子!それ食べたら作戦会議だよ。」

「お前も早く食べろ。」

にこにこと笑うレーシアから顔を背けて、ジルが言う。

「はいはい。」

戻ってきたレーシアと目が合う。どんなもんよ、というようにウインクをしたレーシアに思わず笑ってしまった。
そんな私にレーシアは嬉しそうに笑って、空のボウルにスープを入れて食べ始めた。

懐かしい食事の風景だ。
旅の最中はここにヴィーとエミリーと、ファルさんとジャヴィさんが居て、そして少し離れた所に姫様達が居た。
懐かしい。
そう思うほどの時が経っていた。

「ごちそうさまでした。」

空いたボウルを洗おうと立ち上がるも、トールに奪われる。

「お前は病み上がりなんだから座ってろ。」

いつもの様に頭を撫でられる。さっきの事なんて無かったかのように。だから私も、くしゃくしゃになった髪を整えながらいつもの様に返した。

「ありがとう、トール。」

「おう。」

こういう時、大人だなぁと思う。
水場の方へと歩いていくトールをぼんやりと眺めていると、隣に座ったレーシアが私の頬をつつく。

「レーシア?」

「マリー。嫌なことは嫌だって言っていいんだよ。したくないことは断っていいし、無理なら目を閉じて知らんぷりしたっていいの。」

突然の言葉に驚いて目を見開く。
そんな私に、レーシアは苦笑する。

「マリーの周りには強い人がいっぱいいるから、自分も強くならなきゃって思ってるのかもしれないけどさ、皆が皆強くなれる訳じゃない。前にも言ったことあったね。」

あ、マリーが弱いって言ってるわけじゃないからね!と続けるレーシアに、私は頷く。
大丈夫。
意味を取り違えてはいない、と思う。

「マリー。急いで大人にならなくていいんだよ。」

レーシアは私の顔色を確認したあと、そう言って優しく私の髪を撫でた。

「旅の最中はそんなこと言ってられなかったからなんも言えなかったけど、今はヴィオのおかげで皆、自分以外のことも考えられるようになったわけだし。ちょっとだけ余裕があるからさ。」

「…うん。」

「トールは多分、マリーに隠し事したくなかったんだよ。自分が楽になりたくて、言いたかっただけ。あいつ図体デカいけどすんごい子供だから。」

「子供…?」

苦笑するレーシアを見つめる。
あんなに頼りになる人が子供とはどういう意味だろうか。

「マリーとヴィオの前では格好付けて大人ぶってたんだろうけど、見てれば分かるよ。あいつも大人にならざるを得なかった子供。そこから成長出来てないんだ。」

ヴィオと似てるとレーシアが言う。

「マリーはもっとゆっくり大人になっていいんだよ。っていうか、ゆっくり大人になって。あたしにもっと面倒見させてよ。」

「えっと、じゅうぶんしてもらってるよ?」

「全然!マリーは手のかからない良い子だもん。もっと甘えて、迷惑かけて、寄りかかって。あたし達は仲間なんだから。」

にこりと笑ったレーシアが、私の頬を柔くつまむ。

「レーシア、ありがとう。」

「うん。いっぱい頼ってね!」

レーシアはまた食事を再開する。

私はトールの後ろ姿を見て、それからゆっくりと目を閉じた。
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