主人公なんかに、なってほしくはなかった

onyx

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君が、私を、目覚めさせた

物語はまだ

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「マリー!!!!!!」

聞いているだけで胸が軋むような声が響き渡る。
扉は閉ざされ、鍵は消えた。
ヴィオレットは扉を叩き続ける。マリーゴールドの名前を呼びながら。
誰も止めない。
それほどまでに、悲痛だった。
それほどまでに、消耗していた。
静かな空間に、ヴィオレットの声と、啜り泣きと、扉を叩く音だけがあった。

「主。」

やがてヴィオレットの手から血が滲み出る。
それを見て、ジルがその手を受け止めた。

「…離して。」

「主。」

「離して!!この扉の向こうにマリーが居るの!!!わた、私のせいで、マリーが、マリーが…!」

「主。」

3度目の呼びかけでやっとヴィオレットはジルに視線を向ける。

「あいつも同じ気持ちだった。」

ヴィオレットの瞳が見開かれる。ぽろりと雫がまたひとつ零れ、彼女は崩れ落ちた。
レーシアとエミリーが駆け寄る。

「ヴィオ。貴女が何を知っていて、何を求めてここに居るのか、私には分かりません。けれども貴女は確かに勇者であり、私たちの仲間でした。これまでも、これからも。」

エミリーはハンカチを手にヴィオレットの涙を丁寧に拭っていく。

「しっかりしなさい。マリーは貴女の為にここまで歩んで来ました。そうして貴女は今ここに居るのですよ。」

「難しく考えなくていいよ。ヴィオは、どうしたい?」

「わ、たし、は…。」

ヴィオレットが揺れる瞳を閉じ、それからゆっくりと開く。

「私は、マリーを助けるわ。世界も、マリーも、壊させはしない。」

未来を見据えるヴィオレットの瞳が光を帯びる。
彼女は、正しく勇者であった。証を失った今もなおそれは変わらない。

「私一人で出来ることは限られてる。けれど今ここに、皆が居るから。お願い、力を貸してほしいの。」

ヴィオレットが手を差し出す。

「当たり前だっつーの。盗賊の宝を2度も奪われてこちとら腹立ってんだ。」

トール。

「当然!マリー救出大作戦だ!」

レーシア。

「主が望むなら。」

ジル。

「もちろんです。これもまた神の試練なのでしょう。」

エミリー。

「友人とは助け合うものよ。」

ジャヴィ。

「みんな…っありがとう!絶対、助けるからね。」

仲間がひとり、またひとりと手を重ね、笑う。
涙を堪えてヴィオレットが頷く。もう泣かない。マリーを取り戻すまでは。

「よし…。」

ヴィオレットは後ろを振り返り、扉に触れる。
すると、ヴィオレットにしか見えないウィンドウが表示された。
主人公プレイヤー特権だ。
 
『開かない。鍵が掛かっているようだ。』

ヴィオレットはそれを確認すると、考え込むように顎に手を当てる。

「良かった、まだ使える。ということは私の物語はまだ終わっていないのね。鍵、か。また鍵を作って開けても、結局同じだわ。違う手を考えなくちゃ。」

「ヴィオ、勇者の称号は?」

トールが尋ねる。
ヴィオレットは目を閉じた。しばらくして首を振る。

「持ってない。分かってたけど魔王の称号も。でも称号の讓渡なんて聞いたこと無い。どうしてこんな…。」

「何を言う。前例はヴィオレットだろうて。」

「主。マリーゴールドは祝福を使った。」

「私…?でもアレは讓渡じゃないし、前提として祝福は対象者の幸せ、を…。」

驚くヴィオレットは、しかしハッとした様子で口を閉じた。それから小さく呟く。

「…本当に君は馬鹿だなぁ。私の事なんか忘れて良かったのに。」

傍にいたレーシアがヴィオレットの肩を優しく叩く。

「眠るお前はマリーの右腕を抱えてた。普通は切り離されたらおしまいなんだが、その間も繋がりがあったと精霊が明言してる。すんなり称号がマリーに渡ったのもそこら辺が関係するかもしれねぇな。」

「あいつの手、あいつのところに召喚されたみたいに見えた。」

トールの推察にジルが頷き、言葉を発する。

「召喚?確かに元々はマリーの右腕とはいえ、なんでだ?」

首を傾げたトールに対し、ジャヴィが静かに告げる。

「ふむ。魔王が交代した後、眠りにつくのには意味があるやもしれぬ。」

「眠り…ヴィオ、眠ってる間夢は見た?」

「どうだったかしら。見てたのかもしれないけれど覚えてないな。でも、そっか。私はマリーの腕を…。」

ヴィオレットは少しの間、目を閉じる。

「王城に行こう。確かめたいことがある。」

唐突なヴィオレットの言葉だったが、各々頷き歩き出す。

『エミリー、レーシア、トール、ジャヴィ、ジルがパーティに加わりました。』

システムが告げる。

「ねぇ、マリー。私だって、君がいない世界でなんか生きていけないよ。」

ヴィオレットはそう言って、小さく笑った。
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