主人公なんかに、なってほしくはなかった

onyx

文字の大きさ
104 / 122
君が、私を、目覚めさせた

ちいさなきぼう*

しおりを挟む
「ルークさん。」

侍女さんに連れてこられたのは見覚えのある内装の部屋。違うのは、中央奥にあるものが蔓ではなく棺だということだろうか。

「………。」

棺を見つめ、こちらに背を向けるルークさんに近付く。精霊らしき光はルークさんの傍で明滅し、姿を消した。

「マリー。」

「はい。」

振り返らないまま、ルークさんは私の名前を呼ぶ。

「ここは僕の記憶の中かな。それとも君の?」

「分かりません。」

「そう。まぁでも、僕の記憶に君はいなかった。眠る前のことは曖昧だけど、僕は君を知らない。君も僕を知らなかったみたいだね。」

「はい。」

「なら、やっぱりこれは僕の記憶なんだろう。だってこんなにも鮮明なのだから。」

そう言ってルークさんは棺を撫でる。ガラスで出来たその棺の中には目を閉じたミヨさんがまるで眠りについているだけみたいに収められていた。

「何年、ううん、何百、何千年過ぎたか僕には分からないけど、それでも忘れられない。…ミヨ。僕の唯一。」

平坦だったルークさんの声が、少しだけ震えた。この人は、ずっと囚われたままでいるのだ。私も、そうなるのだろうか。ヴィーを想って、こうして、ずっと。

「マリー。」

「はい。」

「僕は、眠りにつくよ。ミヨの居ない世界に僕の居る意味は無い。なら、僕は与えられた命を全うするだけだ。」

「それは、」

「でも、心残りが出来ちゃった。」

ルークさんが振り返る。その顔は前よりずっと老けていて、それだけの時間が流れていたことに気付く。なるほど、確かにこれは夢だ。都合のいいように全てが流れていく。時間も違和感も全部。

「ミヨと君と過ごした数ヶ月は、本当に楽しかった。子供がいたらこんな感じなのかなって、すごく幸せな気持ちになれたんだ。ミヨもそう思ってた。僕たちには子供がいなかったからね。」

「ルークさん。」

ルークさんが微かに微笑む。きっとその表情を慈しみと呼ぶのだろうと思った。

「魔族を倒した英雄だって言われて知らぬ間に王さまになって、僕は沢山のものを手に入れた。でも、要らないんだ。全部。僕の欲しいものはもうなくなってしまったから。」

そう言って、ルークさんは再び棺に向き直り腰を折る。

「君の成長をもう少しだけ見ていたいけれど、僕はもう疲れてしまってね。ほらもう歳だし。せっかく王さまになったんだから、後の人たちの為になることをしようって、色々作って、意見を通して、やっと整ったんだ。王位は弟に譲るよ。あいつは野心家だからね、きっと上手くやると思う。世界が壊れるのは誰だって嫌だろう?」

ルークさんが冷たい棺に額を乗せて、ため息を吐いた。深く、長く。

「だから君が今日目覚めたことに驚きはしないよ。きっと神の思し召しってやつだね。おいで、マリー。」

呼ばれるがままに近寄る。ルークさんの腕の中は暖かくて、棺は冷たくて。

「…ルークさん。」

「うん。ごめんね。でも、君に出会えてよかったと思っているんだ。だからこそ君は早く帰らなきゃいけない。」

ルークさんはそう言うと、私の頭を撫でた。

「ここはもうすぐ闇に包まれる。僕が眠りにつくからね。だからその前に、」

「っぁ…!」

「ちょっと遅かったか。ごめん、マリー。」

光が目を焼く。目を閉じることさえ出来なくて、私は痛みに支配される。でも、これだけは言わなければ。

「ルークさん。私も、ルークさんとミヨさんと出会えてよかった。ありがとう。」

「…ありがとう。」

光が闇へと変化していく。傍にあった体温はなくなり、私は宙へ投げ出される感覚に陥った。

『お前のせいだ。』

「ミヨ、僕結構頑張ったと思うんだけど、まだ許してくれないかなぁ。」

ミヨさんの声じゃない。けれど、ルークさんはそう呟いた。

ルークさんはこの世界で初めて魔族を殺した英雄。けれど彼にとっては最愛の人を殺した罪人なのだと、はっきりと分かった。

だって、彼は許されようともしてない。許してくれない、なんて。ミヨさんがそんな人じゃないことは、ルークさんが1番知っているのだから。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中に呆然と佇んでいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出したのだ。前世、日本伝統が子供の頃から大好きで、小中高大共に伝統に関わるクラブや学部に入り、卒業後はお世話になった大学教授の秘書となり、伝統のために毎日走り回っていたが、旅先の講演の合間、教授と2人で歩道を歩いていると、暴走車が突っ込んできたので、彼女は教授を助けるも、そのまま跳ね飛ばされてしまい、死を迎えてしまう。 享年は25歳。 周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっている。 25歳の精神だからこそ、これが何を意味しているのかに気づき、ショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...