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「……言えない」
恐怖と混乱で、すでに言ってしまってはいけないことは大概口にしてしまっている気もする。それでも、これ以上自分から話すのは躊躇われた。
「俺、多分見ちゃいけないものを見たんだよな? 言えよ。ほぼバレてんだから。言わなきゃ離さない」
生徒の腕に力が込められる。
逃げられない。よしんばこの腕をふり解けたとして、その後は追いかけっこが始まるだろう。
この子から全速力で走って逃げられる体力は、私には残っていない。
「……本当は、見られても、知られてもいけないものなの。絶対、誰にも言わないで」
「秘密な、了解」
結は覚悟を決め、大きく息を吸い込んだ。
「裏山様を、鎮めてた」
「裏山、様」
「県史によると、この裏山には昔、集落があった。昭和初期辺りで廃村になって、そこにあった小さな神社もまた、管理する人がいなくなって、放棄された。
裏山様は、その神社に祀られていたモノだと推測されてる。
神の名前は記録には残っていないけれど、村の人々に崇め奉られ、鎮まりたまえと願われたモノ。
この裏山全体の生命力の集合体、みたいなモノ、この山を守護する神様みたいなモノと思って良いと思う。
廃村になって周囲に人が誰もいなくなり、社はそのまま廃れて朽ちて……鎮めの力が弱まったか、近年になって発生した何かの影響か。どちらにせよ、最近力が増してきたみたい。
善悪のあるモノではないのよ、本来はね。ただ、運の悪いことに、生命力の強さを増した山の麓に、高校があった。有り余る力は、高校の中に及んだ。
人の感情、例えば恐れとか恨みとか、強い想いみたいなのと相性が良いのよね、ああいう存在って」
「そうかなるほど、年始頃から春にかけて流行ってたあの噂か!」
「そう。怪異が起こり始めたの。誰もいないはずの音楽室でピアノが鳴るとか、誰も入っていないはずのトイレの扉がずっと閉まってるとか」
「夜中に巨人が廊下を歩いてるとか。先生は、ああいうのが見えるのか?」
「ああいうの?」
「幽霊とか……お化け?」
「そうね、いまは感じたり、はっきり見えたり見えなかったり。モノによるかな。昔よりは見えるモノが少なくなったわ。
とにかくそういうモノの対処のために、私が派遣された」
「先生は、外部から来たのか。派遣されたってことは、どこかに所属してるんだよな。
ていうかここ、山の中だろ、学校内で起きてる怪異に対処するなら、校内だけで充分じゃないのか?」
結は首を横に振った。
「当初は、校内の怪異に対してのみ処置を行ってたそうなの。でも、怪異は一向に治らなかった。それで学校周辺の調査をしたら、活性化した裏山様の影響だろうということが判明したそうよ。
この辺り一体を管轄している神主さんが裏山の中で地鎮祭とかお清めとか結界を張るだとか、やれることはやったんだって。でも、全く成果は上がらなかった」
「地元の人間だけでは対処しきれなかったから、外部へ対処の依頼をして、先生が派遣されたってことか」
「そう」
「で、先生がやっている、鎮める方法ってのは、どんなものなんだ?」
「……」
結の逡巡を見てとったのか、生徒が言葉を続けた。
「魂が獣と同化って、言ってたよな? タヌキの身に起きたことを、自分の身に起きたかのようにも話してた。つまり、さっきのタヌキは先生で、先生はタヌキになれるってことか?」
「いいえ、違うわ。逆よ」
「逆?」
理解してもらえるとは、思わなかった。
気持ち悪いと拒絶されるかも、という考えがふと頭をよぎるが、むしろその方がいいだろう、とも思う。そうしたら、彼は質問攻めを止めて立ち去ってくれるはずだ。
きっと、私とこの状況から距離を置いて、忘れたいと思ってくれるに違いない。
息を大きく吸って、一気に言った。
「……獣の身体に、自分の魂を降ろす」
「獣に」
彼の言葉が途切れた。構わず話を続ける。
「私が獣に魂を降ろすと、裏山様は、自分の力のカケラみたいなもの、便宜上私は眷属って呼んでるけど、それを出すの。で、私がそれを、食べる。そうすると、裏山様の力がその分削れて、影響力が少なくなる」
「獣、ってことは、タヌキじゃないものにもなる?」
「……ええ、そうね」
「何になるかは指定できる?」
「いいえ。昔の人達はコントロール出来ていたらしいのだけれど、私にはそこまで出来ない。近くにいる、役に立ちそうな獣に降りるだけ」
「人に魂を降ろすってのはよく聞くよな、イタコとか。動物に人の魂を降ろす、ってのは聞いたことがない。しかし、降霊術の一種ってことになるのか?」
「そう、なるわね……ねえ」
「ん?」
「気持ち、悪くないの?」
「? なにが」
結の後ろで生徒が首を傾げるのが。衣擦れの音で察せられた。
どうもおかしい。気持ち悪く思っている様子がないどころか、さらに質問を重ねてくる。一般の人間にしては、あっさりと受け入れすぎではないのか。
「もしかしてあなた、関係者?」
生徒は、はは、と笑った。
「まさか。俺、幽霊とか見えないし、そういう方面には全然縁がない。ただの高校生だ」
結が振り向かなかったせいで、表情は見えなかった。
ちゃんと振り向いて顔を見た方が良かったかも、と結は思った。見ればまだ、どこまで話して良いのか、判断がついたかもしれない。
「で? 都司先生が先生としてうちの高校に着任したのは四月だろ。いつから山に入り始めた?」
「みんなが春休みの期間中、教室内のみの対処を何度か試してみたけど、やっぱり埒があかないと私も思ったから、三月末くらいから」
「それからずっと?」
「……ずっと、毎日」
「毎日? いま六月だぞ。まさか、休日も同じようにやってるのか?」
「あの、あのね、違うの、学校にも現れなくなったからちゃんと裏山様の力は削れてると思うし、継続していけば……」
なんだか言い訳のような口調になってしまい、校長に言われた『一体いつ解決するんだ』という言葉が頭をよぎる。
「げ、嘘だろ、三ヶ月間休みなしかよ。まだ終わらなさそう?」
「うっ……」
あー、と生徒が声を上げる。
「ほらまた、そんな顔するなって」
そんな顔とは、どういう顔なのだろう、と結は思う。
というか、彼には私の顔が見えているのだろうか?
「別に責めてるわけじゃない、状況を整理したいだけなんだよ。
つまり先生がさっきやってたのは、裏山様を鎮め、力を削ぐための儀式。で、まだ終わってないんだろ」
結はおずおずと頷いた。
恐怖と混乱で、すでに言ってしまってはいけないことは大概口にしてしまっている気もする。それでも、これ以上自分から話すのは躊躇われた。
「俺、多分見ちゃいけないものを見たんだよな? 言えよ。ほぼバレてんだから。言わなきゃ離さない」
生徒の腕に力が込められる。
逃げられない。よしんばこの腕をふり解けたとして、その後は追いかけっこが始まるだろう。
この子から全速力で走って逃げられる体力は、私には残っていない。
「……本当は、見られても、知られてもいけないものなの。絶対、誰にも言わないで」
「秘密な、了解」
結は覚悟を決め、大きく息を吸い込んだ。
「裏山様を、鎮めてた」
「裏山、様」
「県史によると、この裏山には昔、集落があった。昭和初期辺りで廃村になって、そこにあった小さな神社もまた、管理する人がいなくなって、放棄された。
裏山様は、その神社に祀られていたモノだと推測されてる。
神の名前は記録には残っていないけれど、村の人々に崇め奉られ、鎮まりたまえと願われたモノ。
この裏山全体の生命力の集合体、みたいなモノ、この山を守護する神様みたいなモノと思って良いと思う。
廃村になって周囲に人が誰もいなくなり、社はそのまま廃れて朽ちて……鎮めの力が弱まったか、近年になって発生した何かの影響か。どちらにせよ、最近力が増してきたみたい。
善悪のあるモノではないのよ、本来はね。ただ、運の悪いことに、生命力の強さを増した山の麓に、高校があった。有り余る力は、高校の中に及んだ。
人の感情、例えば恐れとか恨みとか、強い想いみたいなのと相性が良いのよね、ああいう存在って」
「そうかなるほど、年始頃から春にかけて流行ってたあの噂か!」
「そう。怪異が起こり始めたの。誰もいないはずの音楽室でピアノが鳴るとか、誰も入っていないはずのトイレの扉がずっと閉まってるとか」
「夜中に巨人が廊下を歩いてるとか。先生は、ああいうのが見えるのか?」
「ああいうの?」
「幽霊とか……お化け?」
「そうね、いまは感じたり、はっきり見えたり見えなかったり。モノによるかな。昔よりは見えるモノが少なくなったわ。
とにかくそういうモノの対処のために、私が派遣された」
「先生は、外部から来たのか。派遣されたってことは、どこかに所属してるんだよな。
ていうかここ、山の中だろ、学校内で起きてる怪異に対処するなら、校内だけで充分じゃないのか?」
結は首を横に振った。
「当初は、校内の怪異に対してのみ処置を行ってたそうなの。でも、怪異は一向に治らなかった。それで学校周辺の調査をしたら、活性化した裏山様の影響だろうということが判明したそうよ。
この辺り一体を管轄している神主さんが裏山の中で地鎮祭とかお清めとか結界を張るだとか、やれることはやったんだって。でも、全く成果は上がらなかった」
「地元の人間だけでは対処しきれなかったから、外部へ対処の依頼をして、先生が派遣されたってことか」
「そう」
「で、先生がやっている、鎮める方法ってのは、どんなものなんだ?」
「……」
結の逡巡を見てとったのか、生徒が言葉を続けた。
「魂が獣と同化って、言ってたよな? タヌキの身に起きたことを、自分の身に起きたかのようにも話してた。つまり、さっきのタヌキは先生で、先生はタヌキになれるってことか?」
「いいえ、違うわ。逆よ」
「逆?」
理解してもらえるとは、思わなかった。
気持ち悪いと拒絶されるかも、という考えがふと頭をよぎるが、むしろその方がいいだろう、とも思う。そうしたら、彼は質問攻めを止めて立ち去ってくれるはずだ。
きっと、私とこの状況から距離を置いて、忘れたいと思ってくれるに違いない。
息を大きく吸って、一気に言った。
「……獣の身体に、自分の魂を降ろす」
「獣に」
彼の言葉が途切れた。構わず話を続ける。
「私が獣に魂を降ろすと、裏山様は、自分の力のカケラみたいなもの、便宜上私は眷属って呼んでるけど、それを出すの。で、私がそれを、食べる。そうすると、裏山様の力がその分削れて、影響力が少なくなる」
「獣、ってことは、タヌキじゃないものにもなる?」
「……ええ、そうね」
「何になるかは指定できる?」
「いいえ。昔の人達はコントロール出来ていたらしいのだけれど、私にはそこまで出来ない。近くにいる、役に立ちそうな獣に降りるだけ」
「人に魂を降ろすってのはよく聞くよな、イタコとか。動物に人の魂を降ろす、ってのは聞いたことがない。しかし、降霊術の一種ってことになるのか?」
「そう、なるわね……ねえ」
「ん?」
「気持ち、悪くないの?」
「? なにが」
結の後ろで生徒が首を傾げるのが。衣擦れの音で察せられた。
どうもおかしい。気持ち悪く思っている様子がないどころか、さらに質問を重ねてくる。一般の人間にしては、あっさりと受け入れすぎではないのか。
「もしかしてあなた、関係者?」
生徒は、はは、と笑った。
「まさか。俺、幽霊とか見えないし、そういう方面には全然縁がない。ただの高校生だ」
結が振り向かなかったせいで、表情は見えなかった。
ちゃんと振り向いて顔を見た方が良かったかも、と結は思った。見ればまだ、どこまで話して良いのか、判断がついたかもしれない。
「で? 都司先生が先生としてうちの高校に着任したのは四月だろ。いつから山に入り始めた?」
「みんなが春休みの期間中、教室内のみの対処を何度か試してみたけど、やっぱり埒があかないと私も思ったから、三月末くらいから」
「それからずっと?」
「……ずっと、毎日」
「毎日? いま六月だぞ。まさか、休日も同じようにやってるのか?」
「あの、あのね、違うの、学校にも現れなくなったからちゃんと裏山様の力は削れてると思うし、継続していけば……」
なんだか言い訳のような口調になってしまい、校長に言われた『一体いつ解決するんだ』という言葉が頭をよぎる。
「げ、嘘だろ、三ヶ月間休みなしかよ。まだ終わらなさそう?」
「うっ……」
あー、と生徒が声を上げる。
「ほらまた、そんな顔するなって」
そんな顔とは、どういう顔なのだろう、と結は思う。
というか、彼には私の顔が見えているのだろうか?
「別に責めてるわけじゃない、状況を整理したいだけなんだよ。
つまり先生がさっきやってたのは、裏山様を鎮め、力を削ぐための儀式。で、まだ終わってないんだろ」
結はおずおずと頷いた。
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