【完結】魂依りし姫君のこと

木月 くろい

文字の大きさ
13 / 40

13.

しおりを挟む
 夏休みに入り、裏山様の眷属はさらに勢いを増すようになったが、結はいままでになく安定していた。
 授業がないことで業務量がやや減った。しかしその分増える雑用はあるし、学校の仕事の後にはいつもの如く、裏山での儀式を行わなければならない。

 安定の理由は、その後にあった。
 儀式が終わった後、達正と一緒に自宅へ帰ると、すでに湯船にお湯が張られている。
 先に風呂に入り、身支度を整えて扉を開けると、ご飯のいい匂いが漂っている。メニューは肉じゃが、麻婆豆腐、ロールキャベツ、サバの味噌煮、親子丼や唐揚げといったような、スタンダードかつガッツリしたものが多い。
 結は、すっかり無縁となっていた、誰かにサポートしてもらえる生活を久々に体感していた。

 そんな生活を続けて数日。
 夕飯(今日のメインは肉汁たっぷりのハンバーグだった)を食べ終わった結に対し、「今週の土日は普通に休んでくれ」と達正が言った。

「先週までは俺なしで土日、裏山に入ってたよな。三月にこっちへ来てから一回も休んでないだろ。順調に眷属の数を減らせてるのなら、休日を入れても問題ない。
 休んだ分、月曜には数が増えてるかもしれないが、この調子なら来週平日の間にまた同じペースに戻せる」
「う、ん……でも」

 達正の言うことは、恐らく正しい。頭では理解できているのだが、しかし大丈夫だろうか、という気持ちの方が勝る。なかなか肯首しない結に対し、

「いままで休みなしなら疲れも相当溜まってるはずだ。一度ゆっくり休んでくれ。
 行きたいところに行っても良いし、会いたい人に会ってきてもいい。結さんの好きに過ごしてくれ。
 週明けからは必ず、ペースを取り戻せるようにサポートするから」
「好きに……」

 結としては唐突に降って湧いたような話だった。
 忙しさの中で、時間があったらあれがしたい、これがしたいと想い描いていたはずなのに、いざ目の前にすると、何を考えていたのか全く想い出せなかった。
 というわけで、結は何をしたいのかについて土日になっても思いつかず、簡単な買い物以外は大半を寝て過ごしてしまった。

 週明け、達正に「何をした?」と聞かれ、ありのままを報告すると、

「やっぱ相当疲れてたんだな。それで良いんだよ」

 結は達正から頭を撫でられる。不思議と反論も反発する気も起きず、されるがままになった。





 週が明けてからは、結は達正と過ごす生活サイクルに、さらに慣れてきた。
 達正は、自分の家から連絡がない限り、結の家で夕飯を食べるようになった。
 達正が作ってくれたオムライス――チキンライスの上にふわとろになるよう絶妙な火加減で焼かれた卵が乗っている――を大きいスプーンですくいながら、結は聞いてみた。

「ねえ、最近帰るの遅くなってるけど、お家の方は大丈夫なの?」
「友達と、マックとかファミレスで勉強してるって伝えてるから大丈夫。これまでもそんな感じだったし。むしろ結さんに食費出してもらってるから、こづかい減らなくてありがたい」
「最近の高校生って、そういうものなの……?」

 スプーンの中身を一気に口に入れると、バターの香りのご飯と、ごろっとした存在感のある鶏肉、柔らかな卵がケチャップベースのソースと合わさる。
 結の問いに対し、達正は意外そうな顔を向けた。

「最近? いや、結さん達の時代にもみんなやってたろ。てか結さん、ジェネレーションギャップがあるような言いっぷりだが、俺とそんなに歳、離れてないからな?
 学校の帰りがけに買い食いしたりしなかったのか、高校生の結さんは?」
「だって、随分と田舎の方だったから、気軽に行ける距離にマックとかファミレスとかなかったし、それに私、」

 と結は続けようとしたが、話が若干重くなりそうだったので言葉を止め、オムライスをスプーンで切り取り口いっぱいに頬張った。

「じゃあ今度、セット買ってきてやるよ。マックでも、モスでも」
「ん?」
「食べたことないんだろ? デザートもつける?」

 結は口の中のオムライスを慌てて噛んで飲み込んだ。

「ううん、まさか! さすがに大学生の時に何度か食べたことある」
「おお、そうか。それは失敬」

 頷く達正を見ながら、結は思い返して気づく。

「そういえば、いままでいつも作ってもらってたよね。気づかなくてごめんなさい。
 ご飯、マックでもモスでもお惣菜でも、手抜きしてもらって全然大丈夫だから」
「いやいや、そんな気は使わなくていい。今後のこと考えたら料理はできてた方が便利だし、やってみたら案外面白い」
「でも」
「分かった、じゃあ、俺がもうしんどい、ってなった時は出来合いのものにする」
「それか、いつも作ってもらうばかりだから、私が何か作る? こんな風に卵をふわとろにするとか、教えてもらわないと無理かもだけれど……」
「……!?」

 達正は、目と口を大きく開き、何か言いかけて、どちらもぎゅっと閉じて首を横に振る。

「いい、要らない!」
「え」

 ハッとして目を開けた達正は、慌てて言葉を重ねた。

「あ、いや違う! 食べたくないんじゃなくて……すげー嬉しいんだけど、それじゃ意味が無くなるから」
「意味?」
「そうだ! 裏山様の件が片付いて、結さんが落ち着いたら食べさせてくれ。約束」

 達正から差し出された小指に、小指を絡める。

「分かった。約束ね」

 結がにこりと笑って返すと、達正は急に真顔になり、

「てか結さん、料理できるのか……?」
「失礼な! これでも一人暮らし五年目!」
「年数関係なくね? まあ、お手並み拝見だな。楽しみにしとくよ」

 言って、達正はにやりと笑った。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】東京・金沢 恋慕情 ~サレ妻は御曹司に愛されて~

安里海
恋愛
佐藤沙羅(35歳)は結婚して13年になる専業主婦。 愛する夫の政志(38歳)と、12歳になる可愛い娘の美幸、家族3人で、小さな幸せを積み上げていく暮らしを専業主婦である紗羅は大切にしていた。 その幸せが来訪者に寄って壊される。 夫の政志が不倫をしていたのだ。 不安を持ちながら、自分の道を沙羅は歩み出す。 里帰りの最中、高校時代に付き合って居た高良慶太(35歳)と偶然再会する。再燃する恋心を止められず、沙羅は慶太と結ばれる。 バツイチになった沙羅とTAKARAグループの後継ぎの慶太の恋の行方は? 表紙は、自作です。

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

処理中です...