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夏休みに入り、裏山様の眷属はさらに勢いを増すようになったが、結はいままでになく安定していた。
授業がないことで業務量がやや減った。しかしその分増える雑用はあるし、学校の仕事の後にはいつもの如く、裏山での儀式を行わなければならない。
安定の理由は、その後にあった。
儀式が終わった後、達正と一緒に自宅へ帰ると、すでに湯船にお湯が張られている。
先に風呂に入り、身支度を整えて扉を開けると、ご飯のいい匂いが漂っている。メニューは肉じゃが、麻婆豆腐、ロールキャベツ、サバの味噌煮、親子丼や唐揚げといったような、スタンダードかつガッツリしたものが多い。
結は、すっかり無縁となっていた、誰かにサポートしてもらえる生活を久々に体感していた。
そんな生活を続けて数日。
夕飯(今日のメインは肉汁たっぷりのハンバーグだった)を食べ終わった結に対し、「今週の土日は普通に休んでくれ」と達正が言った。
「先週までは俺なしで土日、裏山に入ってたよな。三月にこっちへ来てから一回も休んでないだろ。順調に眷属の数を減らせてるのなら、休日を入れても問題ない。
休んだ分、月曜には数が増えてるかもしれないが、この調子なら来週平日の間にまた同じペースに戻せる」
「う、ん……でも」
達正の言うことは、恐らく正しい。頭では理解できているのだが、しかし大丈夫だろうか、という気持ちの方が勝る。なかなか肯首しない結に対し、
「いままで休みなしなら疲れも相当溜まってるはずだ。一度ゆっくり休んでくれ。
行きたいところに行っても良いし、会いたい人に会ってきてもいい。結さんの好きに過ごしてくれ。
週明けからは必ず、ペースを取り戻せるようにサポートするから」
「好きに……」
結としては唐突に降って湧いたような話だった。
忙しさの中で、時間があったらあれがしたい、これがしたいと想い描いていたはずなのに、いざ目の前にすると、何を考えていたのか全く想い出せなかった。
というわけで、結は何をしたいのかについて土日になっても思いつかず、簡単な買い物以外は大半を寝て過ごしてしまった。
週明け、達正に「何をした?」と聞かれ、ありのままを報告すると、
「やっぱ相当疲れてたんだな。それで良いんだよ」
結は達正から頭を撫でられる。不思議と反論も反発する気も起きず、されるがままになった。
週が明けてからは、結は達正と過ごす生活サイクルに、さらに慣れてきた。
達正は、自分の家から連絡がない限り、結の家で夕飯を食べるようになった。
達正が作ってくれたオムライス――チキンライスの上にふわとろになるよう絶妙な火加減で焼かれた卵が乗っている――を大きいスプーンですくいながら、結は聞いてみた。
「ねえ、最近帰るの遅くなってるけど、お家の方は大丈夫なの?」
「友達と、マックとかファミレスで勉強してるって伝えてるから大丈夫。これまでもそんな感じだったし。むしろ結さんに食費出してもらってるから、こづかい減らなくてありがたい」
「最近の高校生って、そういうものなの……?」
スプーンの中身を一気に口に入れると、バターの香りのご飯と、ごろっとした存在感のある鶏肉、柔らかな卵がケチャップベースのソースと合わさる。
結の問いに対し、達正は意外そうな顔を向けた。
「最近? いや、結さん達の時代にもみんなやってたろ。てか結さん、ジェネレーションギャップがあるような言いっぷりだが、俺とそんなに歳、離れてないからな?
学校の帰りがけに買い食いしたりしなかったのか、高校生の結さんは?」
「だって、随分と田舎の方だったから、気軽に行ける距離にマックとかファミレスとかなかったし、それに私、」
と結は続けようとしたが、話が若干重くなりそうだったので言葉を止め、オムライスをスプーンで切り取り口いっぱいに頬張った。
「じゃあ今度、セット買ってきてやるよ。マックでも、モスでも」
「ん?」
「食べたことないんだろ? デザートもつける?」
結は口の中のオムライスを慌てて噛んで飲み込んだ。
「ううん、まさか! さすがに大学生の時に何度か食べたことある」
「おお、そうか。それは失敬」
頷く達正を見ながら、結は思い返して気づく。
「そういえば、いままでいつも作ってもらってたよね。気づかなくてごめんなさい。
ご飯、マックでもモスでもお惣菜でも、手抜きしてもらって全然大丈夫だから」
「いやいや、そんな気は使わなくていい。今後のこと考えたら料理はできてた方が便利だし、やってみたら案外面白い」
「でも」
「分かった、じゃあ、俺がもうしんどい、ってなった時は出来合いのものにする」
「それか、いつも作ってもらうばかりだから、私が何か作る? こんな風に卵をふわとろにするとか、教えてもらわないと無理かもだけれど……」
「……!?」
達正は、目と口を大きく開き、何か言いかけて、どちらもぎゅっと閉じて首を横に振る。
「いい、要らない!」
「え」
ハッとして目を開けた達正は、慌てて言葉を重ねた。
「あ、いや違う! 食べたくないんじゃなくて……すげー嬉しいんだけど、それじゃ意味が無くなるから」
「意味?」
「そうだ! 裏山様の件が片付いて、結さんが落ち着いたら食べさせてくれ。約束」
達正から差し出された小指に、小指を絡める。
「分かった。約束ね」
結がにこりと笑って返すと、達正は急に真顔になり、
「てか結さん、料理できるのか……?」
「失礼な! これでも一人暮らし五年目!」
「年数関係なくね? まあ、お手並み拝見だな。楽しみにしとくよ」
言って、達正はにやりと笑った。
授業がないことで業務量がやや減った。しかしその分増える雑用はあるし、学校の仕事の後にはいつもの如く、裏山での儀式を行わなければならない。
安定の理由は、その後にあった。
儀式が終わった後、達正と一緒に自宅へ帰ると、すでに湯船にお湯が張られている。
先に風呂に入り、身支度を整えて扉を開けると、ご飯のいい匂いが漂っている。メニューは肉じゃが、麻婆豆腐、ロールキャベツ、サバの味噌煮、親子丼や唐揚げといったような、スタンダードかつガッツリしたものが多い。
結は、すっかり無縁となっていた、誰かにサポートしてもらえる生活を久々に体感していた。
そんな生活を続けて数日。
夕飯(今日のメインは肉汁たっぷりのハンバーグだった)を食べ終わった結に対し、「今週の土日は普通に休んでくれ」と達正が言った。
「先週までは俺なしで土日、裏山に入ってたよな。三月にこっちへ来てから一回も休んでないだろ。順調に眷属の数を減らせてるのなら、休日を入れても問題ない。
休んだ分、月曜には数が増えてるかもしれないが、この調子なら来週平日の間にまた同じペースに戻せる」
「う、ん……でも」
達正の言うことは、恐らく正しい。頭では理解できているのだが、しかし大丈夫だろうか、という気持ちの方が勝る。なかなか肯首しない結に対し、
「いままで休みなしなら疲れも相当溜まってるはずだ。一度ゆっくり休んでくれ。
行きたいところに行っても良いし、会いたい人に会ってきてもいい。結さんの好きに過ごしてくれ。
週明けからは必ず、ペースを取り戻せるようにサポートするから」
「好きに……」
結としては唐突に降って湧いたような話だった。
忙しさの中で、時間があったらあれがしたい、これがしたいと想い描いていたはずなのに、いざ目の前にすると、何を考えていたのか全く想い出せなかった。
というわけで、結は何をしたいのかについて土日になっても思いつかず、簡単な買い物以外は大半を寝て過ごしてしまった。
週明け、達正に「何をした?」と聞かれ、ありのままを報告すると、
「やっぱ相当疲れてたんだな。それで良いんだよ」
結は達正から頭を撫でられる。不思議と反論も反発する気も起きず、されるがままになった。
週が明けてからは、結は達正と過ごす生活サイクルに、さらに慣れてきた。
達正は、自分の家から連絡がない限り、結の家で夕飯を食べるようになった。
達正が作ってくれたオムライス――チキンライスの上にふわとろになるよう絶妙な火加減で焼かれた卵が乗っている――を大きいスプーンですくいながら、結は聞いてみた。
「ねえ、最近帰るの遅くなってるけど、お家の方は大丈夫なの?」
「友達と、マックとかファミレスで勉強してるって伝えてるから大丈夫。これまでもそんな感じだったし。むしろ結さんに食費出してもらってるから、こづかい減らなくてありがたい」
「最近の高校生って、そういうものなの……?」
スプーンの中身を一気に口に入れると、バターの香りのご飯と、ごろっとした存在感のある鶏肉、柔らかな卵がケチャップベースのソースと合わさる。
結の問いに対し、達正は意外そうな顔を向けた。
「最近? いや、結さん達の時代にもみんなやってたろ。てか結さん、ジェネレーションギャップがあるような言いっぷりだが、俺とそんなに歳、離れてないからな?
学校の帰りがけに買い食いしたりしなかったのか、高校生の結さんは?」
「だって、随分と田舎の方だったから、気軽に行ける距離にマックとかファミレスとかなかったし、それに私、」
と結は続けようとしたが、話が若干重くなりそうだったので言葉を止め、オムライスをスプーンで切り取り口いっぱいに頬張った。
「じゃあ今度、セット買ってきてやるよ。マックでも、モスでも」
「ん?」
「食べたことないんだろ? デザートもつける?」
結は口の中のオムライスを慌てて噛んで飲み込んだ。
「ううん、まさか! さすがに大学生の時に何度か食べたことある」
「おお、そうか。それは失敬」
頷く達正を見ながら、結は思い返して気づく。
「そういえば、いままでいつも作ってもらってたよね。気づかなくてごめんなさい。
ご飯、マックでもモスでもお惣菜でも、手抜きしてもらって全然大丈夫だから」
「いやいや、そんな気は使わなくていい。今後のこと考えたら料理はできてた方が便利だし、やってみたら案外面白い」
「でも」
「分かった、じゃあ、俺がもうしんどい、ってなった時は出来合いのものにする」
「それか、いつも作ってもらうばかりだから、私が何か作る? こんな風に卵をふわとろにするとか、教えてもらわないと無理かもだけれど……」
「……!?」
達正は、目と口を大きく開き、何か言いかけて、どちらもぎゅっと閉じて首を横に振る。
「いい、要らない!」
「え」
ハッとして目を開けた達正は、慌てて言葉を重ねた。
「あ、いや違う! 食べたくないんじゃなくて……すげー嬉しいんだけど、それじゃ意味が無くなるから」
「意味?」
「そうだ! 裏山様の件が片付いて、結さんが落ち着いたら食べさせてくれ。約束」
達正から差し出された小指に、小指を絡める。
「分かった。約束ね」
結がにこりと笑って返すと、達正は急に真顔になり、
「てか結さん、料理できるのか……?」
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言って、達正はにやりと笑った。
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