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何が起きたのか理解が追いつかず、シェリルは生白い手に髪の毛を鷲掴みにされたまま、ただ呆然とする。 身体を芯から揺さぶるほど圧しかかった、まるで空気の塊のような重たい衝撃と、空間そのものを切り裂かんばかりの――或いは、破裂したような――強烈な轟音。
乾いた土と黴が混ざり合ったような饐えた臭いが、いつにも増して鼻につく。衝撃の名残と隙間風に煽られた無数の埃が、明かり取りの小さな窓から射し込む陽光に照らされ、白く光りながら宙を舞っている。メイドも兵士も寄り付かなくなって久しいせいで、それは積み重なった年月の分だけ濃く、淀んだ靄のように酷い。
ゆっくりとひとつ瞬き、シェリルは埃まみれの空気を、そっと吸い込む。薄っすらとぼやけた視界の先には、黒く硬い何かが、幾つも転がっている。罅の入った石床の上に、無造作に、ぱらぱらと。
大小様々な歪な影を落とすそれらが、嘗てこの場所を牢獄たらしめていた頑強な錠や鉄格子の残骸だと気付くのには、少しだけ時間が要った。それらがあまりにも無惨に、見る影もなく粉々に砕け散ってしまっていたせいで。
「盛り上がっているところ悪いが――」
こつん、と室内に響き渡る、ひとり分の足音。悠然としていながらも澄んだそれはゆっくりと、けれど確実に、シェリルたちのもとへと近付いてくる。一歩、また一歩、と。冷たい石床をしっかりと踏み締めるような力強さと、一切の迷いを感じさせない不退転さ。
あの傲慢なエドワードやベアトリスさえも息を呑み、気圧されるほどのその足取りは、しかしシェリルの鼓膜に、何故かしっくりと馴染み、やさしく沁み込んでゆく。
どこかで聴いたことがあるような気がする、と思うのは、どうしてだろう。何が起きたのかも、誰が来たのかも分からないままだというのに。どうして、これほどまでに懐かしくてたまらないのだろう、と。そのあたたかな既視感は、まるで真綿で包むように、シェリルの胸を締め付ける。
そのせいで、男が低く、冷たく告げた鋭利な言葉が、意味を理解するより先に、ただの響きとなって頭をすり抜けていったことに、シェリルは気付かない。
「なっ、何故此処にっ……!」
慌てふためくエドワードの、焦りに急かされて妙に強張った声。それをどこか遠い世界の出来事のように聴きながら、シェリルは形にならない自嘲とともに、緩やかに瞼を閉じる。
懐かしいのは、きっとただの気の所為だろう。どんなにそれがやさしく鼓膜に響こうとも、期待するだけ無駄だということに何の変わりもない。余計な望みを抱いて後々苦しむくらいなら、いっそ自ら暗闇の底へ逃げ込んでしまう方がましだと思えた。たとえそれが、瞼の裏にしかない、僅かばかりの暗闇であったとしても。
しかしその逃避は、唐突な楔の喪失によって、薄氷が割れたように砕かれた。乱暴な締め付けの解かれた髪の毛がするりと滑る感覚と、支えを失った身体が一気に床へと崩れ落ちてゆく感覚。糸の切れた人形のように、ただ力なく放り出された上体は、抗う間もなく真っ直ぐに沈んでゆく。
それはほんの一瞬のことだったはずなのに、何故だか永遠にも似た停滞に感じられた。この部屋に深く沁みついた、代わり映えのない暗く寂れた年月と同じ、気の遠くなるほどの、果てない時間。
おいっ、と、誰かが叫んだ声が聞こえたのと、受け身を取る気力さえない身体が、鈍い衝撃とともに冷たい石床の上に叩きつけられたのは、殆ど同時だった。忽ち頬に広がる熱を孕んだ痛みと、鼻腔に流れ込む土埃の臭い。それらは否応なく、シェリルの意識を現実へ縫い留める。
乾いた土と黴が混ざり合ったような饐えた臭いが、いつにも増して鼻につく。衝撃の名残と隙間風に煽られた無数の埃が、明かり取りの小さな窓から射し込む陽光に照らされ、白く光りながら宙を舞っている。メイドも兵士も寄り付かなくなって久しいせいで、それは積み重なった年月の分だけ濃く、淀んだ靄のように酷い。
ゆっくりとひとつ瞬き、シェリルは埃まみれの空気を、そっと吸い込む。薄っすらとぼやけた視界の先には、黒く硬い何かが、幾つも転がっている。罅の入った石床の上に、無造作に、ぱらぱらと。
大小様々な歪な影を落とすそれらが、嘗てこの場所を牢獄たらしめていた頑強な錠や鉄格子の残骸だと気付くのには、少しだけ時間が要った。それらがあまりにも無惨に、見る影もなく粉々に砕け散ってしまっていたせいで。
「盛り上がっているところ悪いが――」
こつん、と室内に響き渡る、ひとり分の足音。悠然としていながらも澄んだそれはゆっくりと、けれど確実に、シェリルたちのもとへと近付いてくる。一歩、また一歩、と。冷たい石床をしっかりと踏み締めるような力強さと、一切の迷いを感じさせない不退転さ。
あの傲慢なエドワードやベアトリスさえも息を呑み、気圧されるほどのその足取りは、しかしシェリルの鼓膜に、何故かしっくりと馴染み、やさしく沁み込んでゆく。
どこかで聴いたことがあるような気がする、と思うのは、どうしてだろう。何が起きたのかも、誰が来たのかも分からないままだというのに。どうして、これほどまでに懐かしくてたまらないのだろう、と。そのあたたかな既視感は、まるで真綿で包むように、シェリルの胸を締め付ける。
そのせいで、男が低く、冷たく告げた鋭利な言葉が、意味を理解するより先に、ただの響きとなって頭をすり抜けていったことに、シェリルは気付かない。
「なっ、何故此処にっ……!」
慌てふためくエドワードの、焦りに急かされて妙に強張った声。それをどこか遠い世界の出来事のように聴きながら、シェリルは形にならない自嘲とともに、緩やかに瞼を閉じる。
懐かしいのは、きっとただの気の所為だろう。どんなにそれがやさしく鼓膜に響こうとも、期待するだけ無駄だということに何の変わりもない。余計な望みを抱いて後々苦しむくらいなら、いっそ自ら暗闇の底へ逃げ込んでしまう方がましだと思えた。たとえそれが、瞼の裏にしかない、僅かばかりの暗闇であったとしても。
しかしその逃避は、唐突な楔の喪失によって、薄氷が割れたように砕かれた。乱暴な締め付けの解かれた髪の毛がするりと滑る感覚と、支えを失った身体が一気に床へと崩れ落ちてゆく感覚。糸の切れた人形のように、ただ力なく放り出された上体は、抗う間もなく真っ直ぐに沈んでゆく。
それはほんの一瞬のことだったはずなのに、何故だか永遠にも似た停滞に感じられた。この部屋に深く沁みついた、代わり映えのない暗く寂れた年月と同じ、気の遠くなるほどの、果てない時間。
おいっ、と、誰かが叫んだ声が聞こえたのと、受け身を取る気力さえない身体が、鈍い衝撃とともに冷たい石床の上に叩きつけられたのは、殆ど同時だった。忽ち頬に広がる熱を孕んだ痛みと、鼻腔に流れ込む土埃の臭い。それらは否応なく、シェリルの意識を現実へ縫い留める。
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