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第6章 誰ガ為ニ

59 一人ぼっち

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「……それから、千鳥ちゃんはずっと一人だったの?」
「そうよ。誰かと一緒にいたいとなんて思えなかったしね。アゲハの奴となんて論外だし」

 私の問い掛けに千鳥ちゃんは淡白に答えた。

「アゲハに言われたことが頭を埋め尽くして、とても誰かと一緒にいようだなんて思えなかったわ。私は弱いから。どうしようもなく弱いから。誰かの力になれないどころか、また傷付けてしまうかもしれないからさ」
「でもそれは……寂しかったんじゃないの?」
「……まぁね。特に最初の頃は、ツバサお姉ちゃんを失った悲しみもあってどうにかなりそうだった。でもそのうち慣れたわ。一人ぼっちってのも、慣れちゃえば寧ろ楽だった」

 自嘲する千鳥ちゃん。
 一人になったのは自分の責任なんだからと、そういうことなのかな。
 それを嘆く権利は自分にはないと、そう言いたげな嗤いだった。

「私には一人の寂しさよりも、自分の現実を直視する方がよっぽど辛かった。だから私は、全てをかなぐり捨てて逃げたのよ。家族も居場所も自分も、何もかも捨てて、私は逃げ出したの。その時から私は何者でもなくなったのよ。自分の責任から、大切なものから逃げた私は、ね」

 前に少し話を聞いた時も言っていた。
 向こうの世界で全てを捨ててきた自分には、なんにもないって。
 それは、そういうことだったんだ。

 大切なお姉さんを失って、もう一人の姉妹を拒絶して、自分が向き合うべき現実から逃げ出した。
 元々魔女になったことで生きる場所がなかった千鳥ちゃんは、それによって全てを失ったんだ。

 ずっと姉妹三人で生きてきた千鳥ちゃんにとって、唯一の居場所で、そして自分自身を証明してくれるものだったお姉さんたち。
 それを一度に失った千鳥ちゃんは、失って捨てざるを得なかった千鳥ちゃんは、何もかもを失くしてしまったんだ。

「アゲハさんとは、それ以来ちゃんと話してないの?」
「ええ。話したくなんてなかったし、顔も見たくなかった。何よりアイツが怖かったから、出くわさないように細心の注意を払っていたわ」
「そっか……」

 顔をしかめて忌々しげにこぼす千鳥ちゃん。
 大好きなお姉さんを殺されて、居場所を壊されて、弱さを貶されて。
 一度に全てを叩きのめされたんだから、アゲハさんに対して強い拒絶を抱いたってなんの不思議もない。

「それに、アイツはきっと私に何も喋っちゃくれないわ。アイツは昔から、自分のことを何にも話しちゃくれなかったもの」
「どういうこと……?」
「自分が今何を思ってて、何を考えててどうしたいのか。説明なんか何にもしてくれなくて、全部自分だけで決めてさ。元から自分勝手なのよ、アイツは」

 その声は、なんだか寂しそうに聞こえた。
 怒りや憎しみというよりは、寂しさを含んでいるように聞こえた。
 姉妹なのに、どうして何も教えてくれないんだと、そうこぼしているような。

「私には、アイツが何を考えてるのかサッパリわからない。ツバサお姉ちゃんを殺さなきゃいけなかった理由も。私のことを散々責め立てたくせに、それでも守るとか言っちゃう意味も。何もかもわからない。わからないから……どうしようもなくムカつくのよ」

 姉妹だから、血の繋がった実の姉妹だからこそ、一つの感情で塗り潰せないものがあるんだ。
 その一件を経て、アゲハさんは千鳥ちゃんにとって許せない存在になった。
 千鳥ちゃんから何もかも奪って、千鳥ちゃんの何もかもを否定したアゲハさんは。

 それでも、姉妹だから。
 大好きだった、仲の良かったお姉ちゃんだから。
 赤の他人のようにただ嫌いだと、憎いと切り捨てられなかったんだ。

 それがより一層、アゲハさんに対する恐怖を煽っていたのかもしれない。
 得体の知れないものに対する畏怖が、アゲハさんに対する苦手意識を更に増幅させていたんだ。
 仲の良かった姉妹だったからこそ、その恐怖は余計に大きくなってしまったんだ。

「それが、千鳥ちゃんとアゲハさんの確執────千鳥ちゃんが、アゲハさんを嫌って避けている理由だったんだね」
「うん。もうアイツとは二度と関わりたくなかった。あんなに恐ろしくて、惨めな思いはもうしたくなかったから。でも、思ったようにいかないものね。血の繋がりには、抗えないってことなのかな……」

 千鳥ちゃんは静かに頷いた。
 色々話して少し落ち着いたのか、声はとても大人しい。

 千鳥ちゃんにとってアゲハさんは、あらゆる負の感情の矛先になってしまっているんだ。
 ツバサさんを殺された怒り、狂気に対する怯え、侮辱された屈辱、自分の弱さを実感させられた惨めさ。

 そんな沢山の思いが織り混ざって、アゲハさんへの拒絶になってる。
 仲の良かったお姉さんのはずなのに、その出来事が全てを覆して、千鳥ちゃんから全てを奪った。

 逃げたくなるのも、目を逸らしたくなるのも当然だ。
 誰だってそんなものは一人では堪え切れない。
 そんな千鳥ちゃんを私は、弱いとは、臆病だとは、無責任だとは思えなかった。

 それでも千鳥ちゃんは、アゲハさんへの怒りや恐怖と同じくらい、自分の弱さを責めている。

「ねぇ、千鳥ちゃん」
「ん?」

 千鳥ちゃんはその金髪の頭を私の方に預けたまま、ぶっきらぼうな返事をした。
 こっちに視線を向けることなく、遠くを眺めている。

 そんな千鳥ちゃんが縋る私の腕を、私はすっと引き抜いた。
 不意打ちにうわっとバランスを崩した千鳥ちゃんの背中をガッチリと支えて、そのまま引き寄せて後ろから抱きしめた。

 ちっちゃな身体は私の腕の中にすっぽりと収まる。
 私は千鳥ちゃんをぎゅっと抱きしめて、その小さな肩におでこを置いた。

「な、なによっ……!」
「なんでもない。ただ、ちょっとこうしたかっただけ」
「なに、それ…………意味わかんない」

 突然の事に喚き声を上げた千鳥ちゃん。
 けれど私がぎゅうぎゅうと身体を押し付けると、ブツブツ言いながらもそれを受け入れてくれた。
 だから私は強く強く、自分が苦しくなるくらいに千鳥ちゃんに抱きつく。

 この小さな体で、一人では抱えきれないものを背負ってきた千鳥ちゃん。
 自分では全部捨てて逃げ出したんだって言っていたけれど。
 本当に全部捨てて、本当に目を逸らして逃げ出したんなら、きっとここまでは苦しんでいない。

 確かに責任を放棄したのかもしれない。
 確かにその場からは逃げ出したのかもしれない。
 それでもその心はずっとその場に留まって、目を逸らさずにいる。
 そこに後悔を置いてきて、今も尚自責に喘いでいるからこそ、千鳥ちゃんはこんなにも苦しんでいるんだ。

 そんな千鳥ちゃんを、守りたいと思った。助けたいと思った。
 何も恐れる事なく、何も悲しむ事なく、自分自身を責める事なく、ただ笑顔でいてほしいと思った。
 だから私は、強く、力の限りにその華奢な体に抱きついた。
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