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第一部
05
しおりを挟む――まるで悪い魔女に、石に変えられた森ようだ。
奇岩地帯を目の前にして、ハルが思ったのはそんなことだった。
白い石がごつごつとした岩山は、朝の光を浴びて輝く。今日は天気が良く、街道を急いで通り抜けるにはもってこいだ。
隊商の護衛をする戦士達は、朝からしっかりと装備を確認し、緊張した面持ちで歩みを進める。
「では、結界を起動します」
カサリカが簡易式結界維持機を使うと、一団の頭上を守るように、半円球の透明な壁が出来た。光が当たると、ところどころ虹色に光る。
「いいか、皆。もしはぐれた時は、戻って浮き水晶の岩場まで行くか、奇岩地帯を抜けた先で待つこと。無理はするな、生きて帰ることだけ考えろ!」
「おう!」
ヨハネスの指揮に、冒険者達は声を揃えた。
「よし、ではこれより奇岩地帯に入る。皆、気を引き締めろ!」
いつでも対処できるように、皆、武器を手にして頷いた。
ハルも弓の姿になったユヅルを持ち、辺りを警戒して、馬車の横を歩く。気配は遠いが、たくさんの魔物がいるようだ。
やがて、三十分くらいした頃、小さな猿のような魔物――ダータンが襲ってきた。
前触れもなく、空から小石の雨が降ってきたのだ。
それは結界に当たり、カンカンと音を立てる。ハル達に被害は無かったが、白い岩壁を灰色の猿が駆け下りてきた。
「来たぞ!」
ヨハネスの声に、皆、それぞれ得物を手に立ち向かう。
馬車からは離れず、飛びかかってきたダータンを切り捨てた。
「行くよ、ユヅル!」
ハルは弓に声をかけ、山の上にいるダータンの群れへと狙いを定める。光の矢が飛び出し、宙で十に割れ、群れへと容赦なく魔法の雨を降らせる。
左側の山の上には、カサリカの火の魔法が飛んだ。青空をバックにして、赤々とした火柱が立ち上る。
「ギキャッ」
「キーッ」
ダータンの悲鳴が聞こえた。
「うわっ」
油断した隙に腕に食いつかれた冒険者の男が転んだが、傍にいた男がダータンを刺して助け出す。すかさずメロラインが祈法で怪我を癒した。
「すまねえ、神官様」
「いいんですよ。他に怪我は!」
「こっちです!」
メロラインは治療のためにせっせと働く傍ら、飛びかかってきたダータンを、人の頭くらいはありそうなメイスの先端で思い切り叩き落とした。
(本当、ギャップがすごくて怖いよ、メロちゃん……)
ハルは弓を射る間にその光景を見て、ぶるりと震えた。どう見ても大人しい学級委員長タイプなのに。
その時、小さいダータンが急に後ろに下がった。
「うわ、来やがった! 群れのボス!」
嫌そうなヨハネスの指差す先には、金色の毛をしたダータンがいた。他のダータンより三倍は大きく、両手を空に掲げる。そこに魔法で巨大な石がみるみるうちに形作られる。
「石を投げてくるって、あのレベルもありなわけ!?」
まるで小さい頃に見た探検家の出てくる映画みたいではないか。
斜面を転がって来る岩の玉を想像して、ハルは思わず抗議の声を上げていた。
「退避! 退避ー!」
ヨハネスが叫び、隊商の移動速度が上がる。
カサリカがハルを呼ぶ。
「ハルちゃん、私と一緒に魔法であれをぶち壊して下さい!」
「分かりました!」
カサリカが杖の先をボスダータンに向ける横で、ハルも弓で狙う。
ボスダータンは遠慮なく大岩をこちらへと投げた。岩山の間の細い街道だ、避けたければ、馬車はひたすら走るしかない。
冒険者達も必死に並走して追いすがる。
「行きますよ。三、二、一」
「えーい!」
カサリカの合図とともに、ハルは光の矢を射る。
カサリカの赤い炎と、ハルの光の矢が混ざり合い、大岩に直撃した。
――ドガーン!
すさまじい爆発とともに、大岩が木端に砕け散って周囲に飛び散る。
巻き添えを心配したが、隊商の周囲は簡易式結界維持機のお陰で何ともない。
「ガラララ!」
怒ったボスダータンが、巨体のわりに素早い動作で斜面を駆け下りてくる。狙いはカサリカだ。
カサリカは冷静に魔法を撃つが、ボスダータンは綺麗に避けていく。カサリカの顔に焦りが浮かんだ。
「させるかっての!」
ハルは勢いよく駆け寄り、ボスダータンにとび蹴りをくらわした。
膝がボスダータンの左頬にえぐりこみ、ボスダータンは吹っ飛んで岩山に激突する。そのままがくりと動かなくなった。
一撃でのされたボスを見て、小型のダータン達は固まった。
えっ? と驚いた顔をしている。
「あんた達、まだやるの?」
ハルが弓を構えてみせると、ダータン達はじりっと後ろに下がり、慌てたようにいなくなった。
ダータンが去ると、カサリカがパチパチと拍手する。
「すごいわ、ハルちゃん! 魔物も逃げるにらみね!」
「それって褒め言葉なんですか……?」
なんとも微妙な表現だ。
「さ、行きましょう。隊商に追いつかないと」
「そうですね」
少し先で隊商が待っている。そちらに向かう前に、ボスダータンから核だけ取ることにした。ダータンの核は心臓にある。大型の猿をナイフで刺すのは少しだけ拒否感があったが、生活費のためだからやむを得ない。
「ボスの核は大きいわね」
カサリカが興味深げに覗いてきたので、ハルは核を地面に置いて、ナイフの柄で半分に折った。
「はい、こっちはカサリカさんの分」
「え? とどめを刺したのはあなたでしょう? もらえないわ」
「一緒に戦ったんだからいいんですよ」
にまりと笑って核を差し出すと、カサリカは目を緩ませた。
「では頂いておくわ。ありがとう、ハルちゃん」
「どういたしまして」
ハルも笑い返し、二人は隊商へと急いで戻った。
「ボスダータンを蹴り飛ばして倒す御仁は初めて見たよ。流石は女神の使いだ」
「黒の御使い様、すげえ」
隊商に戻ると、一連の出来事を見ていた面々に、ハルは恐れおののかれた。
「えー、駄目だったの? 蹴るの……」
後ろ頭をかくハルに、メロラインは首を横に振る。
「いいえ、大丈夫ですよ。ですが普通でしたら、弓で射るかと」
「あ、そっか。つい蹴っちゃったのよね。私、足癖が悪いのかな」
「そういえば扉を足で開けるといった、お行儀の悪いことをされてましたわね」
「いやあ、あははは」
面目ないとハルは笑って誤魔化す。
「接近戦にも強いのは良いことですよ。それより、ダータンは追い払いましたが、これからは山賊に気を付けなくては」
カサリカの言葉に、場がぴりっと引き締まった。
ヨハネスが右手を挙げて注意を引く。
「ハルちゃんは周りを注意しててくれ。で、魔物がいたらやっつける。山賊は俺らがどうにかする」
「分かりました」
「よし。じゃあ、お前ら、心してかかれよ! 山賊についてはハルちゃんを頼りにするな」
ヨハネスの命令に、それぞれ返事がある。だが、一人が手を挙げた。
「どうしてハルさんを頼りにしたらいけないんすか?」
「人間を相手にしてはいけない決まりらしいぞ。だが、女神様の御使いと分かった時点で、俺は納得した」
どういうこと? という視線が、ヨハネスに向けられる。
「だって見ろよ、ボスダータンを蹴り飛ばして倒しても、けろっとしてるような御仁だぞ。敵に回ったら、やばいだろ」
「おお~」
「なるほど! 女神様の我々への優しさなんですね!」
あちこちで感激の声が上がる。
「流石は女神ちゃん信奉者ね、一発で理解したわ」
すごいなと感心するハルに、メロラインがちくりと言った。
「女神様です、ハル様」
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