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本編
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しおりを挟む放課後、裏庭の東屋でルシアンナがメイベルとお茶の時間を楽しんでいると、ラドヴィックがひょっこりと顔を出した。
「ルーシー、今朝の君は痛快だったね」
「ラド、どうしてここに?」
「俺に会いたい時は、ここに来るように言っただろ」
「それ以前に、わたくしの憩いの場なの」
「君のじゃなくて、生徒のね。俺の昼寝場所でもあるよ」
ルシアンナはこのくだらない言い合いはやめて、ラドヴィックを茶に誘うことにした。
「はあ。分かりました。どうぞ、お茶を飲んでいってくださいな」
ルシアンナがちらりとメイベルを見ると、やっぱりメイベルは不服そうにお茶を淹れる。
「メイド……いや、メイベルだっけ。毛虫を見るような目をやめてくれよ」
「人間のほうが厄介ですわ」
「はははっ。毛虫なら、叩きつぶせばいいって? 怖いなあ」
「もしあなた様が毛虫でしたら、ピンセットでつまんで、水の中に放り込んでやりますよ」
歯に衣着せぬ物言いに、ラドヴィックは肩をすくめる。
「まあいいや。君の淹れてくれる紅茶が、全部解決する。ルーシー、体調が回復して何よりだね。実はこの三日、困ったことになっていたんだ。あの通り、令嬢達はちょうどいい理由を見つけてスプリング嬢をいびるし、殿下がやめるように口を出したら、なおのこと『殿下にかばわれるなんて、生意気だ』と燃えあがってしまってね。正義感のある、純粋な王子様は手に負えないよ。逆効果だってことが分かってないんだから」
その様子が手に取るように分かり、ルシアンナは苦笑する。
「エドウィン殿下は真面目で、優しい方ですもの。一人っ子でしょう? 周りから大事にされて育ったから、悪い人のことをよく知らないのですわ」
「君はよく知っているみたいだね」
「……『氷の薔薇姫』なんて呼ばれているくらいですもの」
社交界は輝かしいばかりではない。光あれば、影ができる。ルシアンナはどちらのこともよく知っている。
「お嬢様ほど温かい方を、私は知りませんわ!」
メイベルは憤慨して言い、乱暴にお茶入りのカップをテーブルに置いた。それでも中身が飛び散らないのはさすがだ。今日のお茶受けはナッツ入りのクッキーだ。ラドヴィックはフィンガーボウルで手を洗うと、いそいそとお茶菓子に手をつける。
「あの方々もほどほどにしないと、スプリング家を怒らせますわよ。あの家はワイン造りで財をなした名家ですし、親族は銀行の上役が多いわ」
「融資を断ち切って、つぶしにかかるって? そうなったら、自業自得だ。子どもの教育ができていなかった彼らが悪いんだ」
「止められるなら、止めるべきです。経済に悪影響でしょう? わりを食うのは、貴族よりも民ですわ」
「彼女達も、君の爪の垢を飲んだほうがいいね」
ラドヴィックは軽口をたたいたが、その目には賞賛が浮かんでいる。
「ところで、君、あんなふうにスプリング嬢の『恩人』になってしまって、これからどうするんだ? 物語の主人公をはれるってことは、あれだろう。彼女、『善人』だろ」
「……どういう意味です?」
「参考までにロマンス小説を何冊か読んでみたんだけど……あれはなかなかゾッとするな。それはさておき、『良い人』が苦難を踏み越えて、幸せをつかむだろ。犯罪に巻き込まれても、『正しいこと』を選ぶ。読者は主人公に、正義と愛を見たいんだろうな」
数冊を読んだだけで、ラドヴィックが読者心理について語り始めたので、ルシアンナは唖然とした。
「ねえ、ラドって実はとても頭が良いのではないの? そんなこと、考えもしなかったわ」
「娯楽小説だからだろ。俺は興味がないから、そういうのがなんとなく分かるだけだよ。頭は別に……普通だ」
ルシアンナは褒めたつもりだったが、なぜだかラドヴィックは不愉快そうに眉をしかめた。
(『頭が良い』って言われて不機嫌になるなんて、変な方)
放蕩息子というから、うぬぼれが強いタイプかと思っていたのに。そういうタイプの男は、頭の良さを褒められると得意になるものだ。
「とにかく」
ラドヴィックは話を押し通した。
「そんな『良い人』が、いじめから助けてくれた『恩人』から、婚約者を奪えると思うか?」
「ええっ、彼女にはがんばってもらわなきゃ困るわ!」
ルシアンナはうろたえる。
「わたくし、余計なことをしてしまったの? でも、あんなかわいそうな彼女をほうっておくなんてできないわ」
「どうして君が『悪役令嬢』の位置にいるのか、俺には不思議でならないよ。ま、悪役は周りで燃え上ってる令嬢に任せて、噛ませ役が必要かもな」
「なんですの、それ」
「ヒロインにちょっかいを出す、男キャラ。俺って本に出てた?」
「サブキャラで少しだけ」
「そうなのか! それじゃあ、当て馬役として、メインのサブキャラに昇格させてもらおうかな」
ラドヴィックは楽しげににやにやしている。
「それってつまり、ラドが彼女を口説くってこと?」
「恋愛に『障害』は必要だよ。こっちからも仕掛けていかないとな。まあ、見ておいてくれ。ところで、ルーシー。上手くいったら、俺にもご褒美をくれないかな? ただ働きだとつまらないんだ」
「あなたが言うところの、『ゲームに賞品は必要』というところかしら」
「話が早くて助かるよ」
にまっと笑うラドヴィック。
「ええ、わたくしにできることなら……。あまり自由になるお金はないけれど、薬草を売ってお金を稼ぐわ」
「金はいらないよ。卒業パーティーで、俺と踊って欲しいんだ。殿下以外とも踊るだろ? 学園生活の思い出に、美少女とダンス。最高じゃないか」
いかにも放蕩息子という感じの答えに、ルシアンナはあっけにとられる。
「そんなことで良いのかしら? ちゃんとお礼を考えておくわ」
「俺はその辺の分かりやすい男とは違うんでね、それで十分だよ。それに、社会に出た後、酒の席で自慢できることがあるのは、良いことだ」
「変な方ね。分かったわ、あなたがそれで良いなら……」
ルシアンナはくすくすと笑い、ラドヴィックと約束する。
それだけでは申し訳ないから、こっそりプレゼントの用意もしておこうと思った。
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