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第三部 命花の呪い 編
03
しおりを挟む翌日、廊下から薄曇りの空を眺めながら、結衣はアレクの執務室を訪ねた。
「アレク、おはよう。体調はどうですか?」
「おはようございます。そんなに心配しなくても、大丈夫ですよ」
微笑みとともに挨拶を返すアレクは、深緑色の軍服を着ていた。結衣は目をみはる。
「何かあったの? また魔族が攻めてきたとか……」
「いえ、今日は訓練日なんです。剣と飛行訓練です。猟犬のことは、午後で構いませんか? ちょうど餌を採って戻ってきている頃なので」
「それは大丈夫ですけど、訓練なんてしていいんですか?」
結衣はほっとしたものの、やはり気になる。アレクは苦笑を返した。
「呪われてはいますが、病気ではありませんから。元気ですよ」
「朝はどうでした?」
結衣が一番聞きたいことだった。
昨日、ソラがわざわざ備えよと言っていたくらいだ、何かあったのかもしれない。アレクは隠さずに答える。
「少しちくりと痛んだくらいですよ」
「痛むって、この右手の痣がですか?」
思わずアレクに飛びつくようにして、右手を覗きこむ。白い手袋がはまっているので、断りなく外そうとして我に返る。
「あ……、すみません」
「いえ、いいですよ」
アレクは自分で右手の手袋を外した。
なるほど、確かに赤い花弁が一枚減って、六枚になっている。
「つい、弟が怪我した時みたいにしちゃって。嫌でしたよね」
「弟……」
「そういえばアレクと同じ歳ですね。アレクの方がずっと大人びてますから、変な感じ」
二歳年下の弟を思い浮かべ、結衣は苦笑する。弟の方がずっと子どもっぽいのだ。
「ここが痛かったんですか?」
結衣が花弁の痣の上をさすりながら問うと、アレクは首を横に振る。
「いえ、手は特に痛くありませんでしたよ」
「えっ」
ぱっと顔を赤くした。
他人の手を撫でるなんて、ちょっと変態っぽいではないか。
「それ、早く言って下さい!」
「どちらにしろ、痣を見せておこうかと思いまして。気にするでしょう?」
「それはそうですけど」
「労わって頂けて、とても嬉しかったですよ」
にこりと微笑むアレクの優しさが眩しい。
「えっと、それじゃあどこが……」
「大丈夫です、侍医にも診て頂いたので。それよりユイ、その弟のことなんですが」
少し迷った素振りをしつつ、アレクが問いかけた時、部屋の扉がノックされた。
「陛下、お時間です」
外から侍従が呼びかけるので、アレクは返事をする。
「分かりました」
アレクは結衣と目を合わせて問う。
「ユイもいらっしゃいますか?」
「え?」
「訓練ですよ。女性には面白くないかもしれませんが、ドラゴンの導き手に来て頂けたら、皆の士気も上がると思います」
「行っていいなら、是非」
面白そうだと結衣は目を輝かせる。
飛行訓練は見たことがあるが、剣の訓練は見たことが無い。
「では一緒に参りましょう」
アレクは壁に飾るようにして置いてあった剣を取り上げて、腰のベルトに装着した。
「そういえば、弟がどうかしたんですか?」
結衣が思い出して訊くと、アレクは右手を振る。
「いえ、いいんです、急ぎではないので。練兵場に行く前に、上着を用意しましょうか。その格好では寒いと思います」
結衣は薄青のワンピースを見下ろして、確かにそうだなと頷いた。部屋に取りに帰ろうかと思ったが、それを言う前に、アレクが侍従を呼んで、結衣の上着を取ってくるように頼んでいた。
「お城にこんな場所があったんですね」
練兵場を見回して、結衣は呟いた。
小型ドラゴンのいる第一竜舎の奥、飼育員達のいる棟の向こうが、練兵場と兵舎になっているらしい。結衣はもっぱら第二竜舎か聖竜教会にしか出入りしないので、他にも施設があることに驚いた。
こうして見ると、大きな壁に囲まれた王城はかなり広い。
いつも中型ドラゴンのサイズで見ていたせいか、何てことのない広さに思えるが、百人くらいの騎士や兵士が集まっても余裕があるのだから、かなり広いはずだ。
アレクについてやって来た結衣を見つけて、騎士達は少しざわめいたが、すぐに静かになった。
「おはようございます、陛下」
恰幅の良い中年男が挨拶すると、後ろに並んでいた騎士達も挨拶した。野太い合唱に結衣はたじろいだ。
アレクはきびきびと声をかける。
「おはよう。突然だが、ドラゴンの導き手が訓練を見学することになった。皆、気を引き締めてかかるように。それから、見とれて怪我などしないように気を付けること」
「はっ」
冗談みたいな命令に、騎士達は声をそろえて返事をした。
「すみません、急に。よろしくお願いします」
結衣がおずおずと挨拶すると、中年男が笑顔で首を横に振る。
「ははは、大丈夫ですよ。そちらの端にいて下さい、椅子をお持ちします」
男がそう言う間にも、若い騎士が飼育員の棟から椅子を運んできた。
「わあ、わざわざありがとうございます」
「恐縮です」
びしっと敬礼して、若い騎士は列に戻っていった。結衣が座ると、護衛兵が横に立つ。
「では、始めましょう」
「ええ。君、危険がないように頼んだよ」
「はっ」
アレクは護衛兵に念押しして、自分も列の方へ向かった。
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