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第三部 命花の呪い 編
四章 月の雫 01
しおりを挟む緑色のドラゴン達を前に、結衣は冷や汗をかいた。
オニキスが結衣達を背後に庇い、低いうなり声を上げた。戦う意志を示すオニキスに、周りのドラゴン達も殺気立つ。
特に大きなドラゴンが、じりっと前へ踏み出した。
今にもこちらに飛びかかりそうに思えたその時、ガササッと茂みが揺れた。
「ギャピーッ」
小さな子どもドラゴンが、甲高い声を上げ、前に飛び出す。
「ガルル?」
オニキスがたじろいだ。その小さなドラゴンが、オニキスのほうに向かってきたせいだ。
だがオニキスのもとに着く前に、最も大きなドラゴンが子どもドラゴンの尻尾を口にくわえて引っ張った。
ぶらんと逆さまになった子どもドラゴンは、ピィピィと鳴く。
「ギャア?」
「ピーッピギャーッ」
何か話し合いを終えると、周りからの敵意が消えた。大きなドラゴンが頭を下げると、周りのドラゴン達もすっと身を伏せた。
「ギャウ」
「グルル」
オニキスも頭と尾を下げて鳴く。
「友好的になった? なんで?」
結衣が油断なく構えていると、大きなドラゴンに地面に下ろされた子どもドラゴンが、結衣のほうに駆けてきた。
「ピッ」
「……もしかして、昨日の子?」
「ピギャッ」
結衣の予想は当たったらしい。恐らく、彼らの縄張りに知らずに踏み込んだのだろう。それで結衣達に攻撃する姿勢を見せたが、この子どもドラゴンが取り成してくれたようだ。
「ありがとう、助かったわ」
「ピィッ」
子どもドラゴンは嬉しげに鳴き、倒れたままのアレクを不思議そうに見下ろす。頬をペロッとなめたが、アレクが気付かない。
「あの、この人、魔族に呪われたのが原因で、倒れちゃったの。あの山に呪いを解く花があるっていうから、通りたいだけで……」
結衣は緑色のドラゴン達に必死に説明しながら、諦めて戻ったほうがいいか考えていた。アレクがこの調子では、進むのもままならない。
大人のドラゴン達は、頭を突き合わせて何か相談しているような様子を見せた。ややあって、大きなドラゴンが近付いてくる。急に身を伏せた。
「ギャウ」
何か言っているが、結衣はよく分からなくてきょとんとする。するとその尻尾を伝い、子どもドラゴンがそのドラゴンの背中に乗った。上から鳴く。
「ピギャッ」
「ええと、もしかして背中に乗れって言ってたり……?」
首を傾げる結衣に、オニキスが「ガルル」と返事をする。肯定したようだ。
結衣はアレクの腕を取り、なんとか肩に背負って、よたよたと大人ドラゴンの背中に上った。気絶しているアレクの体はとても重たくて、これだけでも息が上がる。
結衣達が背中に乗ったのを、大きなドラゴンはちらりと確認し、のそのそと歩き始めた。
彼らが連れてきたのは、どうやら住処の近くにある水辺らしい。綺麗な湧水のある広場で再び身を伏せた大人ドラゴンから、結衣はアレクを連れて地面へと降りた。
「ギャウ」
大きなドラゴンが、結衣の顔の傍で、ふっと鼻息を吹きかける。
「ここで休んでいいってことかな?」
「ギャア」
そうだと答えたように思えた。
やわらかな草が生えていて、木陰になっていて過ごしやすそうだ。ふかふかしている辺りにアレクを寝かせると、結衣はほっと息をつく。喉が渇いていたので、水を飲めるのはありがたい。
「ありがとう」
結衣がお礼を言うと、大きなドラゴンは頷いて、群れを率いてのそのそとどこかへ立ち去った。
「あれ、あなたは行かなくていいの?」
傍に残っている子どもドラゴンに問いかけると、子どもドラゴンは返事をする。
「ピギャッ」
そして眠たげにあくびをして、結衣の近くに丸まった。
その様子にオニキスも眠くなったのか、湧水で喉を潤してから、朝日の差し込む辺りに身を伏せる。
結衣は彼らを横目に、花を包むために持ってきたハンカチを水に浸し、よくしぼってからアレクの額に載せた。すぐ傍に膝を抱えて座り込む。
「大丈夫かなあ。あの時、お城に戻れば良かった」
結衣は溜息をつく。ここまで大事にするつもりはなかった。ただ花を摘んできて、自分だって何かしてあげられるのだと証明したかっただけなのだ。
(結局、自己満足じゃん。それでアレクが苦しい思いをしてたら、意味ないじゃない)
すっかり落ち込みながら、結衣はアレクが気付くのを待った。
それから一時間ほどして、アレクがようやく目が覚めた。
「う……?」
「あ、アレク! 起きた? 大丈夫?」
「ユイ? どうしたんです」
アレクは結衣の剣幕に驚いたのか、明るい緑の目をぱちくりと瞬く。それから、あれから戻ってきた緑色のドラゴン達を目にとめて、表情を強張らせた。ゆっくり起き上がると、腰の長剣に手を触れ、じりっと周りを見回す。
「大丈夫よ、アレク。あのチビちゃんの家族みたいなの。アレクが倒れた後、ここまで運んでくれたのよ」
「そうなんですか」
話を聞いたアレクは警戒を解いた。そして目をやんわりと緩める。
「流石ですね、ユイ。野良ドラゴンにまで好かれるなんて」
「たまたまよ。運が良かっただけ。それより、大丈夫なの? すごく苦しそうだった。持病……じゃないよね? 呪いが光ってたから」
「……面目ありません。そうです、呪いです。迷惑をかけて申し訳ありません」
アレクは顔を左手で覆い、深々と息を吐く。結衣は眉を吊り上げて返す。
「迷惑じゃないから! でも、言ってくれたら良かったのに。そしたら私、あの時点で戻ってた。なんで苦しくなることを黙ってたの?」
「呪いの刻限が近付くたびに少し胸が痛む程度でしたから、言うまでもないかと。今回はきつかったですが」
「だからって隠すことないでしょ?」
更に言い募る結衣を、アレクはじっと見つめる。結衣はたじろいだ。
「な、何」
アレクは苦笑を浮かべる。
「言わなくてはいけませんか?」
「えっ。まさか深刻な理由でも?」
アレクがなかなか話さないので、結衣は不安になってきた。オニキスも首を伸ばし、アレクをふんふんと嗅ぐ。結局、結衣とオニキスの心配の眼差しに、アレクのほうが折れた。顔を左手で覆ったまま、結衣から目をそらして言いづらそうに白状する。
「私だって男なんです。好きな女性の前で、見栄を張ってはいけませんか?」
「え……」
結衣はみるみるうちに顔を赤らめる。
(そ、そうだよね。アレクもそういうところがあってもいいよね。うぐぐぐ、負けた)
なんとも言えない敗北感に浸る結衣に対し、オニキスは呆れたようにふんと鼻息を吹きかけ、後ろに戻る。
「いいけど、でも、心配するから」
「ええ、はい。すみません。なんだか私の考えが空回ってばかりで。だんだん落ち込んできました」
「そんなにへこまなくてもっ。気持ちは分かるよ」
結衣は慌てて手を振る。どうしたものかと困っていると、子どもドラゴンが木の実をくわえてやって来て、アレクの膝の上に落とした。
「ギャピッ」
「ほら、この子も元気出してだって」
子どもドラゴンの健気な気遣いを無にすまいと、結衣も笑顔になってアレクの肩を叩く。アレクはふっと表情をやわらげた。
「ありがとうございます」
「ピィッ」
子どもドラゴンは短く鳴いて、親のほうへ戻っていった。
結衣は木立の向こうを見上げる。太陽が昇り、とっくに花に朝露が付くような時間は過ぎていた。
「少し休んだら、さっそく山に登ろうと思うの。アレクはここにいる?」
「まさか! 私も行きますよ、もちろん」
結衣は体調を気遣って問うたのだが、アレクは身を乗り出して答える。
「朝露が必要ですが、朝日が出る直前までに飲めば解呪はできるはず。明日の朝が刻限ですから、一緒に行ったほうが確実です」
「そうよね、朝露がいるんだよね。朝日が必要ってわけじゃなくて良かった」
朝露は夜明け前に気温が下がった時に、草に付く露のことだ。アレクの言う通り、ぎりぎりで飲めば解決出来るはずだ。
不安で沈んでいた気持ちを、結衣は奮い立たせた。ここまで来たら、目的を完遂しなければ。
それからアレクは、水を飲んだり果物を食べたりして、体調を整えるためにゆっくり過ごしていた。その間、結衣はオニキスの手当てをし直して、緑色のドラゴン達からもらった果物を、オニキスの首に蔦でくくりつける。準備が終わると、アレクが立ち上がる。
「さあ、行きましょう」
出立を促すアレクを、結衣は素早く確認した。顔色も良くなったし、本当に大丈夫そうだ。結衣の視線の意味に気付き、アレクがふわりと微笑む。
「もう平気です。ありがとうございます」
「うん。でも、苦しかったらちゃんと言ってね?」
「ええ」
頷くのを見て、ようやく結衣は身を引いた。そして、山へ向かう前に、緑色のドラゴン達にあいさつをしようと、大きなドラゴンのほうを向く。
「ギャア」
だが声をかける前に、結衣達の前で、そのドラゴンが身を伏せた。くいっと顎で背中を示す。
「え? もしかして、山まで連れていってくれるの?」
結衣は恐る恐る問う。その推測は当たった。ドラゴンは尻尾をゆるく振り、早く乗れとばかりに促す。
結衣とアレクは顔を見合わせる。
「せっかくだから、連れていってもらおうよ」
「そうですね、それが確実かと。しかし驚きます。野良ドラゴンから親切を受ける日が来るとは」
アレクは感動したのか、小さな声で、太陽の女神と月の女神に向けて感謝の言葉を呟く。彼が思わずお祈りしてしまうくらいには、滅多とないことらしい。
「ピギャッ」
ドラゴンの背から、子どもドラゴンが声を上げる。
「チビちゃんも行くのね」
あの子どもドラゴンにしてみれば、親との散歩みたいなものなのかもしれない。
結衣達はドラゴンの気が変わらないうちにと、尾を伝ってその背へと上った。
「ギャア」
のそのそとドラゴンが歩き始める。その後を、オニキスがゆっくりとついてくるのを振り返って確認しながら、結衣は首から提げている竜呼びの笛を撫でる。
(ソラ、今、どの辺りなのかな)
情報を得て、引き返している頃合いだろうか。ふとソラとオスカー、アメリアの顔が浮かぶ。
(今回のこと、絶対に怒られるだろうなあ)
特にディランには、後でしっかり謝らなくては。
だが、今はとにかく月の雫だ。
(すぐに見つかりますように!)
ドラッケント山を見上げて、結衣は強く祈った。
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