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2巻
2-1
しおりを挟む序章
雲一つ見当たらない、青空の下。菊池結衣は初詣帰りの人波に乗り、カラコロと下駄を鳴らして歩いていた。
正月を意識して、めいっぱい着飾っている。白や黄色の花が描かれた赤い振袖姿で、短い黒髪に牡丹の花飾りを付けていた。巾着と屋台で買ったフライドポテトの入ったビニール袋をぶらぶらと揺らしながら、帰省中の実家に入る。
「ただいま」
居間に顔を出した結衣は、ソファーに寝そべってテレビを見る二歳年下の弟に、呆れ顔をした。
「隆人、新年早々だらしないよ」
「お帰り、姉ちゃん。正月くらいだらけてもいいだろ。友達と初詣なんてよくやるよ。わざわざ人込みに行きたがる気持ちが俺には全然分からないね」
パーカーにジーンズというラフな格好をした隆人は、のそりと起き上がった。染めた茶色の髪はぼさぼさで、ところどころはねている。隆人は結衣とよく似たどんぐり眼を細めて欠伸をした。そこでふいに、にやりと笑う。
「ってか、姉ちゃん、まだ振袖なんだ?」
「うるさい」
「――ぶっ」
結衣は手近にあったクッションを隆人の顔に投げつける。振袖を着ることが出来るのは未婚の女性だけ。つまり、隆人は二十四歳でまだ結婚していない結衣をからかったのだ。
「もう、せっかく隆人の好きなもの買ってきたのに。あげないよ?」
「フライドポテトだ! すみませんでした、お姉様。お着物がよく似合って、美しくていらっしゃいます」
「……持ち上げすぎ」
調子の良い弟に溜息を吐きつつも、結衣はフライドポテトの入った袋を差し出した。嬉しそうに受け取った隆人は、さっそくフライドポテトを食べながら、足元に寝そべる黒いラブラドール犬に声をかける。
「クッションを投げるなんて、姉ちゃんは凶暴だよな。そう思うだろ、モモ」
「オンッ」
おばあちゃん犬のモモは、隆人が遊んでくれると勘違いしたのか嬉しそうに吠えた。前足を隆人の膝にのせ、期待を込めた目で見上げている。
結衣は居間とつながった台所に行って、冷蔵庫を開けた。ミネラルウォーターを取り出し、それをグラスに注いで一口飲むと、隆人に冷たい目を向ける。
「隆人、いたいけなモモに何言ってんの? モモは私のこと、凶暴だなんて思ってないもんね?」
「オンッ」
モモはまた吠え、パタパタと尻尾を振った。
「ほら~」
笑顔になる結衣。隆人はおざなりに返事をする。
「はいはい。でも姉ちゃん、そんな格好するなんて珍しいな。いつもは動きやすさ第一って感じなのに」
「私だって、たまにはこういう格好もしたくなるの。っていうか、少しくらい褒めたらどうなの?」
「えー? ……馬子にも衣装?」
「それ褒めてない! ったくもう。あれ、そういえばお父さんとお母さんは?」
「初詣デートだって」
「そう……相変わらず仲良いわね」
夫婦仲が良くて結構だが、子どもとしては少々呆れてしまう。
「私、着替えてくるわ」
「うん」
隆人は頷くと、テレビ画面に目を向けた。正月番組が放送されていて、赤や白に塗られた豪華なステージに、コメディアンが現れたところだった。
結衣は隆人の笑い声を聞きながら、二階の自室に向かった。
結衣は部屋に入るとすぐ、扉に鍵をかけた。
六畳の部屋にはベッドや机、クローゼットや本棚などが置かれている。そして犬の世話に関する本や雑誌、犬のぬいぐるみや置物があちこちにあった。子どもの頃から犬が大好きな結衣は、ドッグトレーナーの仕事をしている。
「まったく、隆人のやつ。アレクさんの爪の垢でも呑ませてやりたいわ」
結衣はぼやきながら、全身鏡を覗き込む。髪の乱れをチェックしていたら、顔が自然とにやけた。今から二ヶ月くらい前に起きた、とある出来事を思い出したからだ。
結衣はその日、異世界に召喚された。人間と魔族が暮らし、魔法が存在するファンタジックな世界だ。そこにあるリヴィドールという国で、結衣は『ドラゴンの導き手』として、聖竜の赤ちゃんを訓練したのである。
そこで生活するうちに、結衣はリヴィドール国の若き国王アレクと親しくなり、なんと交際することになったのだ。
結衣は、左手首に結んでいる飾り紐をちらりと見下ろした。青い紐に、小さな金属製の飾りが付いている。元々はアレクの髪を飾っていたもので、向こうの世界から地球に戻る直前、アレクからもらった。あの国ではプロポーズを意味するらしいが、その話は一旦保留にしてもらい、ひとまず交際からスタートすることになっている。
「アレクさん達、元気にしてるかな?」
実は今日、再びあちらの世界へ行くつもりで、結衣は少し前から準備を進めてきた。柄にもなく振袖を着たのも、アレクに見せたかったからである。
結衣はウキウキしながら、クローゼットから旅行鞄とお菓子などが入った紙袋を取り出した。次にあちらへ行く時は手土産を持っていくと決めていたのである。
準備が整ったところで、巾着の中から銀色の鱗を取り出す。これは結衣が異世界で世話をした聖竜ソラの鱗で、結衣はいつも持ち歩いている。
それを手に持ち、心の中でソラに呼びかければ、ソラが結衣を召喚してくれるらしい。
結衣は全ての荷物を持つと、目を閉じた。銀色をした大きなドラゴンの姿を思い浮かべて、呼びかける。
(ソラ、私をそっちに呼んで、お願い!)
少し待ってみたが、何の返事もない。
(ソラ? ねえ、ソラってば)
何度か呼びかけてみても、やはり何も起きなかった。
結衣は目を開け、首を傾げる。
「あれ? やり方あってるよね?」
もしかして間違ったやり方を覚えてしまったのかと不安を覚えた時、突然、足元に黒い穴が出現した。結衣はそのまま落っこちてしまう。
「わ!?」
まさかの時間差に驚いたのも束の間、結衣は前回召喚された時と同じく、水の中に沈んだ。
◆
その十日ほど前。
異世界のアクアレイト国にある薄暗い洞窟の中で、赤銅色の大型ドラゴンがゆっくりと倒れた。
その衝撃で地面が揺れ、風が起きる。洞窟特有の湿気た空気の中に、血のにおいと焦げたようなにおいが混じった。
魔族の国であるアスラの王太子イシュドーラ・アスラは黒衣をはためかせながら、金の目を細める。
この洞窟を守る、『番竜』と呼ばれる赤ドラゴン達。その最後尾にいたメスドラゴンが倒れたことで、彼らが体を張って守っていたものが露わになった。
洞窟を塞ぐように立つ立派な神殿だ。白大理石で築かれたその神殿の前で、アクアレイトの兵士達が悲痛な声を上げる。
「メイラ様!」
今しがた倒れた赤ドラゴンは、メイラという名前らしい。
アスラの兵士達が喜びに沸く中、イシュドーラはつまらなく思って鼻を鳴らす。
「なんだ、太陽神の加護を受けたドラゴンの一族と聞いて期待したのに、思っていたよりも弱いな。これなら聖火も難なく消せそうだ」
先ほど倒れた大型ドラゴンの周りには、赤銅色の鱗を持つドラゴンと、黒い鱗を持つドラゴンが、何頭も血を流して倒れていた。黒い鱗を持つドラゴンは、イシュドーラ達が連れてきた凶暴な黒ドラゴンである。
今にも力尽きようとする中、メイラがうなり声を上げる。僅かに首をもたげ、イシュドーラを金の目で睨みつけた。
『立ち去れ、魔族……。私の夫が戻れば無事では済まない……』
イシュドーラはにやりと笑いながら返す。
「残念だが、しばらくは戻らない。その前に俺達の用は終わるだろうよ」
彼はメイラの夫である番竜の長達を別の場所におびき出したのである。彼らはまんまと引っかかり、守るべき場所を空けてしまった。
メイラは悔しげに目を細めたが、それが限界だった。頭を再び地面につけ、ゆっくりと目蓋を閉じる。そして、その命の灯火は消えた。
イシュドーラはメイラの死を確認すると、奥の神殿へと剣先を向ける。それを合図に、アスラの兵士達は鬨の声を上げ、神殿へと攻め込んでいく。
それを神殿の衛兵達が迎え撃った。
激しい戦闘が繰り広げられる中、アスラ兵の一人が壁際の瓦礫へと槍先を向ける。
「こちらにドラゴンの子どもがいます!」
兵士の声を聞いたイシュドーラがそちらを見ると、瓦礫の中に赤銅色の鱗が見えた。生まれて間もないと思われる小さなドラゴンの子どもが、身を丸くして震えている。
イシュドーラは鼻で笑い、左手を軽く振って言う。
「捨て置け。そんなチビには興味はねえ。それよりも急いで神殿の守りを突破しろ」
「はっ!」
兵士は敬礼するや、すぐに戦闘に戻った。
やがて神殿の守りが破られ、イシュドーラ達は神殿内に踏み込んだ。
広々とした廊下を通り抜けた先に、見上げるほど大きな扉が現れる。それを開けると、これまた大きな広間があった。
その中央に置かれた黄金の台座の中で、火が赤々と燃えている。
「これが聖火……」
イシュドーラは感慨を込めて呟く。
遥か昔、夜闇を司る男神ナトクが、太陽の女神シャリアにより地底に封じられた。これは、その封印の要となる火なのだ。
封印は少しずつ緩んでしまうため、女神は百年に一度、地上に降臨して封印を掛け直す。その封印の掛け直しの日――降臨祭の日が近付く今こそ、封印を壊す絶好の機会だった。
イシュドーラ達魔族は、自分達をこの世に生み落としたナトクの解放をずっと夢見ていた。それを叶える日がとうとう来たのだ。
イシュドーラは右手を聖火にかざした。
その手から、魔法で作り出された水が勢いよく放たれる。
「何……?」
大量の水を浴びたにもかかわらず、火は赤々と燃えていた。
それならばと、今度は台座ごと凍らせてみる。だが聖火は氷の中でも燃え続け、魔法で作られた氷の方が弾け飛んでしまった。
他の魔法も試してみたが、炎の勢いは少しも弱まる気配がない。
イシュドーラが苛立ちを覚え始めた時、洞窟の入り口の方からドラゴンの咆哮が聞こえた。声は少しずつ近付いてきて、廊下にいる魔族の兵士達が悲鳴を上げる。
やがて広間の巨大な扉を開けて入ってきたのは、大型の赤ドラゴンだった。
メイラよりも大きくてがっしりとしており、いかめしい顔には迫力がある。これがメイラの夫に違いない。
鋭い金の目が、イシュドーラをじろりと見下ろす。
『我が留守中に、よくも仲間を! 去れ、魔族! この火を消すには、聖なるものの一部が必要だ! お前達のような悪しき者には、それを手に入れることすら叶わないだろう!』
「……聖なるものの一部だと?」
イシュドーラは目を見張る。
聖火を消すのにそんなものが必要だとは初耳だった。ここまで辿り着いた魔族は過去にいなかったのだから、それも当然だろう。
眉を寄せるイシュドーラの前で、番竜の長が大きく息を吸い込む。
次の瞬間、真紅の炎が広間いっぱいに広がった。
あまりの熱気に、空気が揺らいで見える。
炎を吐き終えたドラゴンは、黒焦げになったはずのイシュドーラを探す。だが、先ほどまでイシュドーラがいた場所には何もなく、それどころか広間内のどこにもその姿を見つけられなかった。
『おのれ魔族め! どこに隠れた!』
怒り狂うドラゴンを尻目に、イシュドーラは転移魔法で広間から脱出していた。彼は神殿の廊下にいた兵士達に告げる。
「お前達、撤退だ。手筈通り、速やかに戻れ!」
「は……っ!」
負傷しているため、よろめきながら走り出す部下達。その間を悠然と歩きつつ、イシュドーラは広間の方を振り返る。
先ほどのドラゴンはまだイシュドーラを探し回っているらしく、地響きを伴った足音がここまで聞こえてくる。
「聖なるものの一部……か」
いくら考えてみても、やはり思い当たるものはない。
「まあいい。すぐに見つけてやる」
イシュドーラは口元に笑みを浮かべ、黒いマントをばさりと翻す。そして、その場から忽然と姿を消した。
◆
魔族達が退却したあと、聖火の洞窟には物悲しい鳴き声が響いていた。
「ピゥ……ピゥ……」
一匹の小さな子どもドラゴンが、メイラの遺体に寄り添うようにして泣いている。
赤銅色の鱗を持ち、頭に四本の角を生やしたそのドラゴンは、金色の目から涙の粒をぽろぽろと零していた。
『フィア、お前は無事だったのだな』
戦いを終えて戻ってきた番竜の長シムドは、我が子の姿を見つけて安堵の声を漏らす。
『メイラ、フィアを守ってくれてありがとう』
シムドは妻であるメイラの額に自らの額を合わせ、目を閉じて別れの挨拶をする。命の失われたメイラの体は、氷のように冷たい。
「ピゥ……」
メイラの頭にすがりつくようにして、フィアは泣く。
やがて目を開けて妻の遺体から額を離したシムドは、上からフィアの顔を覗き込み、その背を鼻先で優しくつついた。
『母さんのことは残念だが、お前だけでも生きていてくれて良かった』
「ピゥ、ピィア」
涙を零しながら、頭を横に振るフィア。
『母さん達が目の前で戦っているのに、何も出来なかった? ……なあ、フィア。お前は生まれたばかりなのだから、戦えなくて当たり前だ。気にするな』
「ピィア、ピャーウ……」
しかし、フィアはなおも首を横に振る。
『他の子ども達から、弱虫フィアと呼ばれる? あの子達だって隠れていたんだ。お前だけが弱いわけではない』
「ピゥ……」
フィアは尻尾を体に巻き付け、その場で丸くなった。
母の傍を離れようとしない我が子を見下ろして、シムドは深い溜息を吐く。シムドもまた悲しみに沈んでいたが、番竜の長として他にすべきことがある。
『……私はあちらに戻るぞ』
そう言ってフィアの傍を離れたものの、気遣わしげに何度も振り返るシムド。彼が立ち去る足音を聞きながら、フィアは丸くなったまま涙を零し続けた。
きっと仲間達から、長の息子のくせに弱虫だと馬鹿にされることだろう。悔しいけれど、フィアは実際に弱虫なので、どうしたらいいか分からない。
何もかもが悲しくて、フィアは目蓋をぎゅっと閉じた。
第一章 番竜の子ども
結衣は一瞬、何が起きたか分からなかった。
だが、自分が水の中にいると知るなり、飛び上がるようにして水面から顔を出す。
「冷たい! 寒い!」
そう言いながら、白大理石で出来た泉の縁に急いではい上がった。
しゃがみ込んで身を縮こまらせ、二の腕を両手でさする。白大理石で出来た床に雫が落ちて、あっという間に水たまりが出来た。
(そうだ、最初は泉に出るんだった。すっかり忘れてた!)
ここには初めて異世界に召喚された時はもちろん、日本に戻る時にも来たので、ちょっとした馴染みのある場所だ。
小さな泉と、それを囲むように植えられた木々。今はこの世界も真冬なので、木の枝や地面にはまばらに雪が積もっていた。
(あ、いつの間にかまた笛がかかってるわ)
膝に硬い物がぶつかるので見てみれば、オカリナに似た白い笛が首からかかっていた。これは竜呼びの笛というもので、結衣がこちらの世界に来ると同時に首にかかるのだ。逆に地球に戻ると消えてなくなる。
『ユイ、おかえり!』
少年の弾んだ声がわんわんと響いた。
結衣が後ろを振り返ると、巨大な銀色のドラゴンが、白大理石で造られた建物の前に座っていた。二本の角を持ち、優美な姿をしたそのドラゴンは、よく晴れた空のような色の目を輝かせている。
信じがたいが、このドラゴンが先ほどの声の主だ。魔族から人間を守るために月の女神が遣わした聖竜であり、結衣にとっては赤ちゃんから育てた大事な家族でもある。見た目こそ立派な大人だが、精神的にはまだ子どもだった。
「ただいま、ソラ」
結衣は寒さのあまり震える声で挨拶した。水が凍らないのが不思議なほどである。意を決して立ち上がると、大理石で造られた幅広の階段を一段上がり、乾いている場所に手土産の入った紙袋を置いた。紙袋は濡れたせいでよれてしまい、中に入った水が底から滲み出している。
結衣はがっくりと肩を落とす。今回は前回と違って泉で溺れずに済んだが、せっかくの準備が全て水の泡になった。
泉の縁に座ったまま、頭を突き出すようにして結衣を見下ろしていたソラは、元気のない様子に首を傾げる。
『いったいどうしたのだ、ユイ。久しぶりに会えたというのに、暗い顔をして』
「せっかくのおしゃれが台無しだし、手土産も包装がダメになっちゃったから、落ち込んでるだけ……」
結衣が水を吸って重くなった着物を見せると、ソラは青い目をいっそう輝かせた。
『おお! 確かに美しい格好をしているな。そう嘆く必要はない。我が魔法で乾かしてやろう!』
ソラは、ふぅと小さく息を吐く。
すると結衣の体を温かい風が通り過ぎていった。
袖を振ってみたら、雫が一つも落ちてこない。紙袋もすっかり乾いている。
「すごい、本当に乾いた!」
ほっとした結衣は、旅行鞄から鏡を取り出し、髪形や化粧をチェックする。髪形は問題なかったが、化粧は崩れていたので大急ぎで整えた。
そんな結衣の隣で、ソラが自慢げに首を反らす。
『ふふん。結衣が留守にしておる間に、我は魔法が上達したのだ』
結衣は化粧道具を仕舞いながら、つい笑ってしまった。ソラは座っていても二階建ての家より大きいのに、褒めてくれと全身で主張する姿が可愛く見えたからだ。
「すごいよ、ソラ。勉強熱心だね」
『そうだろう? 我は聖竜だからな、皆を守るためには必要なことだ』
ソラは偉ぶっているが、結衣に褒められたことが嬉しくてたまらないようである。銀色の尻尾をぶんぶんと振り、重い風切り音を立てていた。
くすくすと笑っていた結衣は、ソラのために用意した手土産があることを思い出した。さっそく紙袋から小さめの袋を一つ取り出す。
「これ、ソラへのお土産。何が良いかなって迷ったんだけど、果物にしたわ。果物好きでしょ? 『林檎』っていうの」
『リンゴか。我がよく食べる赤い実と似ているな』
興味津々な様子で林檎を見下ろし、ソラは口を開けた。放り込めと言いたいのだろう。
結衣は林檎が三個入っている袋から一個だけ取り出し、ソラの口へと放り投げた。ソラが人間なら大豆を一粒食べるような具合なので、結衣は選択を間違えたかなと思って苦笑する。
「ごめん、ソラには小さすぎたね」
『そんなことはない。とても甘くておいしいぞ。こんなに美味い木の実はなかなかない。ありがとう、ユイ』
ソラは満足げに目を細めた。
『残りはあとのお楽しみにするから、神官達に渡しておいてくれ。ついでに他の荷物も預けてこい。久しぶりに会ったのだ、結衣を乗せて空を飛びたい。第一竜舎のカレンの子が生まれたから、連れていってやる。今は盟友もそちらにいるようだしな』
「カレンの卵、孵ったの? 行く行く!」
結衣は喜んでソラの誘いに乗った。
ソラが神官を呼ぶと、白大理石の建物――聖竜教会の入り口から様子を窺っていた女性神官達が、こちらに駆け寄ってきた。
長袖の白いワンピースを着た女性神官達は、みな彫りの深い顔立ちをしており、髪はそれぞれ赤や金色や茶色とカラフルだ。彼女達はあっという間に結衣を取り囲み、明るく声をかけてくる。
「ユイ様、お帰りなさいませ!」
「お久しぶりでございます。まあ、なんて素敵なお召し物でしょう! 天使が舞い降りたかと思いましたわ」
「この鞄なども不思議な形ですが、素敵でございますね」
「さすがは異世界からのお客様ですわ。前に着ていらした作業着という衣服もお似合いでしたけど、私、こちらの方が好きですわ。色鮮やかで刺繍も細やかで」
ものすごい勢いで口々に言う神官達。
結衣は彼女達が落ち着くのを待ってから口を開いた。
「お久しぶりです。褒めてくれてありがとうございます。私の国では特別な日に着る、伝統の衣装なんですよ。あちらで新年のお祝いがあったので、そのまま着てきたんです」
「そうなのですね。あら、御髪が乱れていらっしゃいますわ。……これで大丈夫です。お可愛らしいですよ」
「ありがとう」
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