勇者さま、おもてなし係

草野瀬津璃

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本編

7 戴冠式と、黄金苺のミルフィーユ 5

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 戴冠式当日は、天候に恵まれた。
 美しい白いドレスを着たリリーアンナは、ビロードの赤いマントをつけて、天空神を主神とする大聖堂の中を歩んでいく。そして、大神官により王冠を授けられ、玉座についた。
 各国から使者が祝いの言葉を述べ、アイナも打ち合わせ通り、友好を示してゴールドスライムを渡す。
 魔物の国を敵とみなしてきた人間の国にとって、歴史に大きく刻まれる一日だった。

 戴冠式当夜は、パーティーが盛大に開かれる。
 大広間は昼間のように煌々とした明かりで照らし出され、ご馳走が並び、陽気な楽団に合わせて踊る人もいた。
 そんな中、アイナは浮いていた。
 今晩のアイナは長い銀髪を緩く垂らし、背中が大きく開いた白いドレスを着ている。角には真珠飾りを絡ませ、宝石を垂らした。赤い鱗と黒い皮膜をもった翼には、繊細に編み込んだレースをかけている。
 装い自体はシンプルだ。目鼻立ちがくっきりしているので、あまり飾りすぎるとけばく見えるのだ。化粧も薄らほどこしている。
 人間の国では初めてとなる魔物の客ということで、周りの人々は遠巻きにしている。アイナが通ると、勝手に人の波が割れていくのが面白いと思うくらいだ。驚きと畏怖、警戒の視線が行きかう中、アイナの隣にいる人物を目にとめると、空気が少しだけ和らぐ。
 天空神に愛される、人間最強の勇者エドワード・クロスがいるのだ。アイナが暴れたとて、彼には敵わないと信じきっているようだ。やがてエドワードへの憧れや熱へと視線が変化すると、アイナはただの置物みたいに、そこにいるのにいないような存在になってしまう。
 気楽だから構いはしないが、一応、貴賓なんですけどと心の中でぼやいてみる。
 アイナの付き添いは、エドワードから名乗り出た。彼は白と青の衣装を身に着けており、まるで二人で示し合わせたみたいだが、単なる偶然だ。
 周りの目など全く興味がないようで、エドワードは迎えに来た時から、ずっとうっとりとアイナを眺めている。

「今日のアイナは花嫁みたいだ」
「勇者さん、求婚してからです」
「分かってる。だが、褒めるくらいはいいだろう? 魔物に使っていいか分からないが、天使みたいだ」
「うーん、確かにその褒め言葉は、天空神教的にいいんですかね?」

 アウトな気がするとアイナが首を傾げていると、横で誰かが噴き出した。カリンだった。

「あははっ、アイナちゃんの前じゃ、勇者の褒め言葉も形無かたなしね!」
「こんばんは。アイナさん、麗しくていらっしゃいますね」

 大笑いしているカリンのエスコート役は、神官のライアンだ。ジール王国での正式なパーティーでは、女性は必ず男性にエスコートされなくてはならない。パートナーがいなければ、家族や親族から見繕うのが相場だそうだ。

「カリンさん、とってもお似合いです!」

 赤と黒を用いた大人びたドレスはカリンによく似合っている。ライアンは白一色の神官の正装だ。

「ありがとう。アイナちゃんもとっても綺麗よ。本当、勇者じゃないけど、花嫁さんみたいね。この国では、結婚式では白いドレスを着る決まりなの」
「そういうことですか。人間の国で黒なんて着たら、あからさまに悪役みたいなので白にしただけなんですよ。ところでお二人って、もしかして交際されてるんですか?」
「は? やめてよね。友達としてエスコートを頼んでるだけよ。勇者だと、私がファンに刺されるから」

 カリンが真顔で否定したので、ライアンが眉を寄せる。

「それはこちらの台詞です! 失礼ですね!」
「はあ? 私みたいな良い女、滅多といないでしょ。あんたはこの栄誉を存分にほこるがいいわ」
「自分で言いますか? 私にも選ぶ権利というものがあるんですからねっ」
「どういう意味よっ。こんの真面目世間知らず坊ちゃんめーっ」

 ぶち切れたカリンは、後ろからライアンの首を腕で羽交はがめにする。

「ぐえ、苦しっ。って、待って、まずいっ。これは駄目です。離れてくださいよっ」
「あんたが降参するならねっ」
「思いっきり当たってますから!」

 どうやら女性に免疫がないらしきライアンは、顔を赤くしてちょっと涙目だ。彼は小声だったが、カリンはピタッと動きを止めた。そりゃあそうだ、その体勢なら、豊かな胸がライアンの背に当たるに決まっている。カリンの顔がみるみるうちに朱に染まっていく。

「馬鹿ーっ、死ね!」
「ぐはっ」

 カリンは思い切りライアンを突き飛ばし、ダダッと廊下へ逃げていった。

「え、なんですか、この理不尽……。私は悪くないですよね?」

 よろよろと立ち上がりながら文句を言うライアンに、エドワードは大きく同意する。

「今のは、最初から最後まで魔法使いが悪いな」
「まるでたまたま散歩に出てきたドラゴンに跳ね飛ばされた、あわれなかえるさんみたいですよ」
「それ、跳ね飛ばされる前に、踏み潰されていると思います」

 アイナに言い返し、ライアンは溜息をつく。裾の汚れを払うと、疲労たっぷりにぼやいた。

「いつも自分で美人だのなんだの自慢してるのに、なんですか、あの反応は」
「あいつは、あれで純情なんだよ。美人のくせに、全然モテないから」
「ああ、そうですね。カリン・ナルバと聞いた途端、皆、蜘蛛の子を散らすように逃げますもんね。魔法の巻き添えを食らう前にって」
「良い奴なんだけどな、魔法の腕がな……」

 ライアンとエドワードは、かわいそうなものを見る目で、廊下のほうを眺めている。

「ええっ、魔物なら喜んでお嫁さんにすると思いますよ。ヴァンパイアさん辺りに知り合いがいるので、紹介しましょうか」
「えっ、やめたほうがいいですよ。巣が吹き飛びますよ?」

 慌てるライアンに、アイナは確かにと問題点に気付いた。

「魔物の国では、強いのは正義なんですけどねえ。でも、巣が爆撃されるのはちょっと……」
「俺みたいに剣技で相殺できるか、ライアンみたいに砲撃クラスを防げる結界を張れるか。それとも俺らみたいに即死回避スキルを持ってる奴じゃないと厳しい」
「お二人のどっちかとくっつけば、まるっと解決ですね!」

 パチーンと指を鳴らし、アイナはにやりとする。二人は慌てて否定する。

「俺が好きなのは、アイナだからっ」
「やめてくださいよ。私のタイプは、姉さんみたいな家庭的な人なんですからっ」

 脈無しなのか、つまらない。

「あ、そういえば、おいしいケーキが出るって、お姫様が言ってましたね。どれでしょう」

 アイナは給仕を捕まえて、リリーアンナのオススメしていたケーキについて問う。

「勇者様、今の告白、さらっと流されましたよ」
「いいんだ、ライアン。ガードが固いほうが安心する」
「憐れな方ですね……」

 アイナが戻ると、二人は暗い空気を漂わせている。

「お腹が空いたんですか? ケーキはあちらにあるそうですよ、行きましょう」
「ああ、うん。そうしよう」
「私は魔法使いさんを探してきますので、お二人はごゆっくり。一応、あんなんでも見た目だけは良い人なので、勘違いした軟派な人に、妙な真似でもされると厄介です。――勇者様、がんばってくださいね」

 結局、律義にも、ライアンはカリンを連れ戻しに行った。ライアンもまた、美少年と呼べる容姿なので、ただ歩くだけで客の視線をさらっていく。

「神官さん、優しいじゃないですか」
「ああ、優しいよな。俺なら面倒だから放っておくが……いや、探すか。魔法使いが暴れると面倒だ」

 エドワードは憎まれ口を叩いているが、二人は仲間思いなので、恐らく照れ隠しなんだろう。
 三人の交流を見ていると、アイナは人間も良いものだなと思うことが多い。
 それからご馳走が用意されたテーブルに行くと、給仕からケーキをもらった。
 黄金苺おうごんいちごのミルフィーユ。金色の宝石みたいな苺が、生クリームとともに挟まっている。

「すごいな。黄金苺は貴重種で、採取も栽培も難しいらしいと聞いている。きっと王の庭のものだろう」
「王の庭ですか?」
「専属の庭師以外、王族しか入れない庭園だ。貴重種の栽培や研究もしていると聞いている」
「そうなんですか、では自分で作るのは無理そうですね」

 試しに作ってみたいと思ったので、アイナは少しがっかりした。
 それから、一口サイズのミルフィーユをフォークですくうようにして口に運ぶ。サクッとして、上品な甘い苺と、甘酸っぱい苺ソースの味が、ふわっと口の中に広がる。

「おいしいっ」

 エドワードも無言で感動している。それからアイナに問う。

「黄金苺は求婚でのキラキラに入るか?」
「入ります!」
「よし。俺はアイナのために、苗を採取してくる!」

 エドワードの宣言に、アイナは少し気持ちが揺れた。それくらいおいしい苺なのだ、これは。

「結婚したら、新婚旅行に食材探しの旅はどうだ?」
「そ、それは……はぅわわわ」

 ぐらんぐらんと心が揺さぶられる。アイナの様子を見て、エドワードは悔しそうに歯噛みした。

「くっそ、食材に負けた! ――いや、結婚できればこっちのものだ。使えるものはなんでも使ってやるっ」

 エドワードは開き直ってぶつぶつ呟いている。

「私は料理が好きですけど、そういえば勇者さんって何が好きなんですか?」
「アイナ」
「趣味の話です」

 即答するエドワードに、アイナは至極冷静に返す。

「絵画鑑賞かな。絵や画集を見るのが好きなんだ。実は、俺の死んだ親父が画家だったんだよ。無名なんだが、家には画集や絵が結構あってさ」
「絵ですか? よく分かりませんね」

 全くの興味範囲外なので、アイナは首を傾げる。

「最近は、エルネスト・バートリーっていう画家が好きなんだ。ほら、姫様が押しかけてきた時に、俺の絵を描いてくれたって言ってただろ。姫様とは、趣味の話は合うんだよな」
「へえ~。芸術はよく分かんないです」
「アイナ、俺達は旅しながら倒した魔物や、遺跡やダンジョンから財宝を手に入れたりしてるし、姫様のファン活動のお陰で貯蓄もたっぷりある。巣とやらを頑張って作ってみせるよ。資金は問題ないんだが、場所に困ってる。アイナは人間の国で暮らすってわけにもいかないだろ?」
「住むなら、人間と魔物の国の間のどこかでしょうねえ」

 そうか、求婚を先にしてくれないとアイナは返事もできないが、もし上手くいったとして、人間と魔物で暮らすならば家を建てる場所に問題が出てくる。エドワードはその辺を気にして、なかなか行動に出なかったようだ。

「俺の故郷は無理だ。あんなクソみたいな領主や村長がいる場所に、アイナを招待するのも嫌なんだ。かといって、カリンの故郷もなあ。魔の山岳地帯ど真ん中の隠れ里は、あんまり土地に余裕がない」

 そんな話をしていると、急に扉のほうが騒がしくなった。
 兵士を連れて現われたのは、豪奢な服をまとった小太りな男だ。

「……ゴミ虫」

 においに覚えがあり、アイナはすぐに誰か分かった。魔物の国を攻めようとしていた、リリーアンナの父王だ。記憶よりも痩せているのは、離宮で冷遇されていたからか。

「魔物アイナ!」

 勝ちを確信した声で、先王が契約書を掲げて、アイナの名前を叫んだ。
 その瞬間、契約書から飛び出した金の光がアイナを拘束する。
 特に細工の無い、魔力を用いた正式な契約書。仮の呼び名とはいえ、アイナを意味するものを、アイナの魔力で書きつけたものだ。

「そういえば、私は悪用できませんけど、そっちはやろうと思えばできるんでしたね」

 契約書を媒介にすれば、小細工もできると失念していた。

「先王……っ、どうしてここにっ」

 エドワードはアイナを背に庇い、腰に手を当てて、端正な顔を険しく歪ませる。パーティー会場に武器は持ち込めない。無防備な状況だ。

「……仕方ねえな」

 代わりに銀製のフォークを手に持つエドワードを、アイナは驚きとともに見る。確かにエドワード程の技量なら、その辺の石でも充分に殺傷能力があるだろうが、武器がフォークでは格好がつかない。
 会場の上座に設けられた玉座で、リリーアンナ女王が立ち上がる。

「お父様、どうしてここにっ。離宮には監視を付けていました、それに、厳重に保管していた契約書をどうやって手に入れたの?」

 リリーアンナの驚きようは本物だ。遠目だが、アイナの魔物の目には青ざめた顔までよく見えた。だが、傍らに立つテオドールは涼しいもので、動揺一つ見当たらない。

(あの男の仕業ですか)

 アイナはなんとなく状況が読めた。
 テオドールはどう見てもリリーアンナに心酔していて、深く愛しているようだ。そしてあの王は血縁者も暗殺する前科持ち。国に不利益をもたらした罪で退位させられて幽閉の身になった王だが、いつリリーアンナに危害を加えるか分からない。

(葬り去るのにちょうどいい理由を探していたら、利用するのに好都合な私が来たってところですかね)

 なんともえげつないやりようだが、魔物的にはなかなか好ましい。敵は全力で叩き潰すものである。

「娘よ、よりにもよって、忌々しい魔物と友好を結ぼうなど、愚かな! ここでその魔物を殺して、魔物の国と全面戦争といこうではないかっ。ふはははは!」

 先王が笑うと、ギリッと光の鎖が強まった。アイナはわずかに眉をひそめる。

「アイナ!」

 リリーアンナが悲鳴じみた声を上げる。駆け寄ろうとするのを、テオドールが押さえた。

「契約の鎖か、面倒だなっ」

 エドワードもアイナの様子に気付き、光の鎖を右手で掴む。ジュッと肉の焦げるようなにおいがした。エドワードの手がやけどを負ったのに気付き、アイナはその手を振り払ってエドワードから離れる。

「やめてください、これは神もたがえられない契約法です。勇者さんに加護があっても、意味をなしません」
「だが、苦しいんだろう!」

 拘束されているのはアイナだが、エドワードは自分のほうが苦しいという顔をした。

「大丈夫です。ドラゴン族は頑丈ですし、レッドドラゴンは熱に強い。この程度は平気です」

 ちょっと熱いなあくらいの感じだ。

「でも……」
「なんだ、痛いのか?」
「ドレスが焦げちゃいました」

 お気に入りのドレスが無残にも焦げていく。

「ドレスくらい、いくらでも買ってやる! 大丈夫なら良いが……って、全然駄目だろ!」

 ドレスの焦げ目から白い肌が僅かに覗いたのを見て、エドワードが慌てた。

「おいコラッ、アイナを見た奴は殺す!」

 勇者がそんなドスのきいた声を出していいのだろうか。アイナは不思議に思ったが、周囲はそれどころではないのか、固唾かたずをのんでこちらを見ている。
 それは先王も同じだ。

「魔物のわりに美しいではないか。その顔をゆがませ、血に染めてやろう」

 いかにも下衆げすな笑みを、先王は浮かべる。
 エドワードからは怒りの気配が立ち昇ったが、対するアイナは特に羞恥も恐怖も、何も感じない。

「いかにもゴミ虫って感じでつまらないですね。台詞も陳腐ちんぷですし」
「なんだ? どうして平然としている。契約の鎖は、契約者に苦痛を与えるはずだ!」

 ようやく先王は様子がおかしいことに気付いたようだ。アイナは首を傾げる。

「人間だったらこの時点でかなり苦しいと思いますが、私はドラゴンですよ。それに、私は契約に違反していません。これは名前という繋がりと、私の魔力との関係性を利用しただけの、効力の弱いもの。その契約書が燃え尽きるのが先です」
「……え?」

 先王はぎょっと契約書に目を向ける。視線をそらした瞬間、エドワードがフォークを投げた。
 それは見事に先王の手に命中する。

「ぎゃあああっ」

 先王が悲鳴とともに契約書を手放した瞬間、廊下から風のかたまりが砲弾のように飛んできて、先王と兵士達をまとめて薙ぎ払った。

「こんのたぬき親父っ。いい加減にしなさいよっ」

 青筋立てて怒鳴りつけたのは、魔法使いのカリンである。

「ひぃっ、くそ、だが契約書はまだ燃えてはっ」

 先王は契約書を拾おうとしたが、見えない壁に弾かれた。

「残念ですが、諦めてください」

 カリンの隣にいるライアンが申し訳なさそうに言った。契約書を結界で覆ったのは彼のようだ。そして、契約書が燃え始め、あっという間に灰になった。
 その瞬間、アイナの拘束が解ける。

「アイナ、これを着てろっ」

 すかさずエドワードが上着を脱いで、アイナに押しつけた。

「ありがとうございます」

 渡されても、人間の服は背中部分に穴がないから着れないのだが、エドワードの気遣いは受け取ることにして、とりあえず焦げている腰回りに巻いておく。

「ライアンったら、することが結界だけなんて、地味ねえ」
「うっさいですよ、魔法使いさん。これでいいですかね」

 補助魔法を使い、ライアンは床に転がる先王と兵士を痺れさせて動きを封じる。あちこちでうめき声が上がった。

「何をぼんやりしているの、その者達を捕えなさい!」
「はっ」

 リリーアンナの命令で、騎士が捕縛に動く。
 そしてリリーアンナはドレスの裾を持ち、急いでアイナへと駆け寄る。

「アイナ、無事ですか?」
「私はなんとも。それより勇者さんがやけどしています」

 アイナが教えると、ライアンがエドワードのほうへ駆け寄る。

「勇者様、手を見せてください」
「どいてろ、ライアン。おい、どういうつもりだ、テオドール・クライオンズ! アイナを利用したのはお前だろ!」

 エドワードは我慢ならないと、テオドールの襟首えりくびに掴みかかった。テオドールは否定しない。

「そうだ、私の策だ」
「アイナに怪我が無かったから良かったものを、もし傷一つでも付けていたら、俺がお前を殺していた!」
「それでも構わない! 勇者、貴様はあの王の悪辣あくらつさを知らない。被害にあったのは王族の血縁者だけではない、貴族も、平民もだ! 私は処刑すべきだと進言したが、陛下は情にかられて幽閉にとどめた。あの男が、あんな場所で大人しくしているわけがないだろう!」

 テオドールも負けじと言い返す。

「餌を与えれば食らいつくと思っていた。やはり、予想通りにことは運んだ。公の場でことを起こせば、もう弁解の余地も無い。勇者、貴様が何もしなくとも、味方はすでに配置済みだ。ドラゴンならば頑丈だと見込んだ上でのことだ。陛下は優しい方だが、最善を選べば時に非情にならざるを得ないこともある!」

 彼の言い分は筋が通っていた。エドワードも勇者として旅をしていたのだ、言っている意味が分かったのだろう、ぐっと押し黙る。

「テオ……。こんなことをさせてしまったのは、私が甘いせいね。アイナ、申し訳ありませんでした。こたびのことは、不徳な主である私に非があります」
「陛下は悪くありませんっ。アイナ嬢、無礼な真似をして申し訳ありませんでした。罰ならば私に与えてください」

 テオドールはアイナの前にひざまずき、頭を垂れる。

「そうですねえ」

 アイナはテオドールを見下ろして、口端でうっすらと笑う。

テオドール・・・・・クライオンズ・・・・・・

 力を込めて名を呼べば、テオドールが息をつまらせた。ハクハクと口を開閉する様は、魚みたいだ。

「勝手に利用するのはマナー違反です。次はありませんよ」

 息ができなくて苦しそうに顔が歪んだのを見て、アイナは名前を使った縛りを解いた。テオドールが床に崩れ落ち、げほごほと咳き込む。リリーアンナがその背にすがりついてなだめる。彼女は涙目だが、アイナを責めることはない。

「今回はこれで許しましょう。――いえ、損害賠償をいただきましょうかね」
「え?」

 何を要求されるかと、リリーアンナや周りに緊張が走る。

「黄金苺のミルフィーユ、残り全部、私にください。それでちゃらにしましょう」

 リリーアンナはぽかんとアイナを見上げる。

「ええと、それだけでいいのですか?」
「全部ですよ」
「残っている材料を含めて、新たに作らせます。あなたの部屋に運ばせるわ」
「では、それで手打ちということで」

 さすがにパーティー会場でがっつくような不作法な真似はしないが、もっとたくさん食べたかったのだ。アイナの機嫌はころっと治った。

「アイナ……ありがとう」

 だが、どうやらリリーアンナはアイナが慈悲をかけてくれたと勘違いしたようだ。涙を零しながらアイナに抱き着く。甘い花の香りがして、アイナはくらっときた。

「可愛い。巣にお持ち帰りしたい……」
「駄目ですよっ」

 すかさずライアンに怒られ、アイナはちぇっと唇をとがらせた。


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  ※黄金苺 コガネイチゴという読みのものが、実際にあるようですが、作品内のものはファンタジーな苺なので関係ありません。よろしく。
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