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<大人編>四章 婚約の打診
28 嫌いなものばかりを作ったら
しおりを挟むお見合いから一週間後。
私は淡い水色のドレスに白い真珠を合わせた格好で、王宮の土を踏んだ。傍らには、朱色の正装を少し着崩したガーネストが浮かび、後ろには付き添いのリニーがいる。
「お嬢様、本当に大丈夫なんですか?」
私が手作りしたお菓子を入れた籠を持ち、リニーはそわそわと肩を揺らす。
彼女の心配も当然だ。私はアルディレイドが苦手とする辛い食べ物や、甘すぎるお菓子を用意した。
「ふっふっふ。粒マスタード入りのサンドイッチに、生クリームたっぷりの苺のショートケーキよ。大丈夫、これで嫌われるわ!」
「私がお聞きしたいのは、そうじゃなくて~っ」
「リニーの心配は分かってるわ。やりすぎて、私に危害が加えられないかと思っているんでしょ? 優しいわよね、リニーったら」
「もうっ、お嬢様、真面目に聞いてください!」
私の言葉に照れたリニーは、顔を真っ赤にした。
赤く熟した林檎みたいだ。そういえばもうすぐ林檎の時期だから、ガーネストにアップルパイを焼いてあげようかと、私は考え始める。赤い果物が大好きなガーネストは、子どもみたいに喜ぶだろうか。
「社交音痴で王太子殿下に振られた貴婦人を、誰が嫁に選びます? お嬢様を奥様にしただけで、王太子殿下の怒りを買うかもしれないのですよ。将来のことをちゃんと考えているのですか?」
「え? ああ、うん。アップルパイもいいけど、林檎ジャムも捨てがたいわよね」
「お嬢様ったら! 料理のことで頭がいっぱいなんですから。少しは年頃のレディーらしく、恋愛にうつつを抜かしてみては? ロマンス小説を読んで勉強するべきです」
「普通のお目付け役は、恋愛には気を付けるように言うのに。リニーって変わってるわね」
「変わっているのはお嬢様ですっ」
リニーが怒るのに面くらいつつも、彼女が私をどれだけ案じているか分かっているので、私は微笑んだ。
「その変わり者に、こんなに親身になってくれる傍仕えがいるんだもの。私はラッキーよね」
「お嬢様、その素晴らしい容姿を生かして、社交界の花になってくだされば、私も安心できますのに」
「パーティーは嫌いじゃないわよ。いろんな料理が見られるから、楽しいわ」
「まったくもう……」
とうとうリニーはあきらめて、深いため息をつく。ガーネストが笑い出した。
「リニー、フォーレンハイト家の者は、そろって料理オタクらしいぞ。あきらめろ」
「いつか若君もこうなってしまわれるのでしょうか……」
「どうだろうな。あの子は料理よりも絵が好きなようだから」
恐らくお母様の血だろう。弟は芸術に関心を寄せている。お母様は自分に似たことを喜んで、わざわざ画家の家庭教師をまねいた。
私は、絵心はさっぱりない。
教養として芸術にふれているが、高い金を出して絵を買うより、珍しい食材のほうが欲しい。
「ガネスはレイネスと仲が良いわよね」
レイネスとは弟の名前だ。レイレシアとヨネスの息子なので、それぞれから名前をとったそうだ。ガーネストは、自分の名前と同じ「ネス」だと自慢しているが、フォーレンハイト家の人々はガーネストがかわいそうなので、口裏を合わせている。
「そりゃあ、将来の嫁の家族だからな。味方は多いほうがいい」
「仲良くしてくれるのはうれしいけど、外堀を埋めにかかるのはやめて!」
油断も隙もない。こういうずる賢いところは、年の功か。
「僕にはどちらの料理も美味かった。あいつがまずいと言ったら、燃やしたくなりそうだ」
「お留守番してもいいのよ」
「我慢する!」
嫌そうに答えて、ガーネストは私に後ろから抱き着く。
おかげで、またもや背後霊を引きつれる格好になり、王宮の人達から遠巻きに見られた。
「アルディレイド殿下、ごきげんよう。お約束通り、お料理をお持ちしましたわ」
午後三時に、庭園の東屋を訪れた私は、アルディレイドにお辞儀をした。リニーがアルディレイドの従者にバスケットを渡すと、従者は手早くテーブルに広げる。
アルディレイドは休憩中だからか、以前は隙なく着こんでいた服を、少しばかり崩している。今日のガネスとそう変わらない。
「こんにちは、アイリス、火の精霊王様。どうぞそちらにかけてくれ」
「失礼いたします」
この背後霊状態のガーネストを見ても、ぴくりとも動揺しないアルディレイドに、私はひそかに舌を巻く。シェーラだったら無礼だと騒いでいたはずだ。
(おおらかなのか、大雑把なのか。どちらかしら)
にこにこしながら、私はアルディレイドの性格をおしはかる。とはいえ、これが演技だったとしても、客を不快にさせないなら、それだけで立派だ。
「腕によりをかけて作りました。お召し上がりくださいな」
私はにっこり笑い、料理を示す。
「こちらは粒マスタード入りで、ピリッと辛みをきかせたローストビーフのサンドイッチですわ。それから、お疲れでしょうから、甘いお菓子をご用意しました」
「そうか、ありがとう」
アルディレイドは礼を言ったが、口端がひくりとひきつった。
(よっしゃあ! 嫌いなところを先制攻撃してやったわ!)
アルディレイドの従者が気遣いのこもった目を、アルディレイドに向ける。
「殿下、お腹がいっぱいなのでしたら、無理をせずに……」
そうはさせるかと、私は明るく無邪気に割り込む。
「あら~、せっかくご要望を受けて作ってきましたのに、一口も召し上がっていただけないんですか~?」
うるっと目をうるませると、アルディレイドと従者が動揺する。
「アイリス、お前、レイレシアに似てないと思ってたが、やっぱりあいつの娘なんだな……」
後ろでガーネストがぼそりと言った。その言い方はお母様にも私にも失礼だ。私はガーネストの手の甲を軽くつねって、ガーネストの腕を払う。彼が痛いだろと騒ぐのを無視した。
「で、では、いただくよ」
アルディレイドは恐る恐るという様子で、ローストビーフのサンドイッチを頬張る。目を丸くした。
「これは……おいしいな!」
「え?」
私と従者の声が重なった。
「私は辛いものが苦手なんだが、これは程よい辛味で、肉と野菜を引き立てていておいしいよ」
「そ、そうですか。喜んでいただけてうれしゅうございますわ」
私は礼儀としてそう返したが、内心では冷や汗をかいている。
(あれ? おかしいわね。ここで怒りだすはずだったんだけど)
さっそく予定がくずれた。だが、甘すぎるケーキも用意したから、嫌われるための、二度目のチャンスがある。
「そうだろう。アイリスは料理が上手いんだ」
アルディレイドとお見合いが決裂してほしいはずなのに、ガーネストは当然という顔をして、満足げに頷く。褒めてくれるのはうれしいが、素直に喜べない。
ガーネストに八つ当たりしたくなる気持ちをおさえ、私はアルディレイドが食べ終えたのをみはからって、ケーキをすすめる。
アルディレイドは分かりやすくたじろいだ。よほど甘いものが苦手なのだろう。フォークで小さめに切ったケーキを口に運ぶ。
次にもう少し大きめに切って、食べる。本当に嫌いなのかという速度でケーキをたいらげた。
「……これは素晴らしい」
「え? ええ、ありがとうございます」
困惑が顔に出そうになり、私は急いでとりつくろう。
「苺の酸味が、生クリームの甘さにほどよくマッチしておいしかったし……何よりさすがはフォーレンハイト家の精霊使いだ。魔力が回復したおかげで、疲れもとれたよ」
「……はい?」
――魔力が回復した? いったいなんのことだ。
私が理解できずにいると、ガーネストが口を出す。
「何を今更。フォーレンハイト家の精霊使いは、食べ物に魔力をこめる才能があると話しただろう? だから精霊が見えるだけでなく、精霊に好かれやすいんだ」
「ええっ、まさか人間にも効果があるの?」
「だから昔は、お前達の料理は王族しか食べられなかったと、ウォルターが言ってただろ」
「そういえばそんなことを言ってたわね」
そんなやりとりをする私とガーネストの前で、アルディレイドはしみじみと感動にひたっている。
「私の嫌いな料理も、君が作るとおいしい。食の楽しみを教えてくれて、感謝する」
「へ!?」
そこで、従者がアルディレイドに時間を告げる。アルディレイドは残念そうな顔をした。
「もっと時間をとりたいのだが、今日は外国からの要人と会議がある。また会おう」
アルディレイドはそう言うと、従者を連れて、東屋を出て行った。
従者は行く前にきちんと清掃までやってのけ、リニーにバスケットを返す。仕事ができる人のようだ。
ぽかんと見送った私は、ガーネストに問う。
「もしかして失敗した?」
「それは見事に」
私はテーブルに突っ伏した。
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