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第一部 邪神の神子と不遇な王子

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 そのまま有紗達が書斎にいると、少しして、ロドルフが怒りながら動作も荒々しく部屋に入ってきた。

「まったく、自分達のおこないが悪いというのに、冷たいとか血が青いとか失礼な連中だっ」
「やはりもめたか。ロドルフ、面倒をかけてすまないな」
「殿下、これは失礼を」

 レグルスが声をかけると、ロドルフは恥ずかしそうに居住まいを正す。そしてじろっとウィリアムをにらんだ。

「ウィル、書類はできておるんだろうなっ」
「ちゃんと仕事してますよ。私に八つ当たりしないでください」

 困った人だなあと言いたげに、ウィリアムが言い返す。ロドルフはふんと鼻を鳴らし、自分の席につこうとして、椅子がレグルスの机の前にあるのに気付いた。

「何かありましたか?」
「ああ、良い騎士を見つけた。門番のガイウス・ケインズ。元近衛騎士だそうだ」
「そんな人材がうちにいたんですか! 元騎士とは聞いていましたが……そのお顔を見るに、上手くいったようですな」

 ロドルフはにやりと笑い、自分の椅子を机まで運んで行って、満足げに腰かける。遅れて召使いの女がレモン水を運んできたので、礼を言って受け取った。グビグビと勢いよく飲み干す。

「なかなか良い男だ。プライドが高いあまり、盗賊をしたこともないのだと」
「なるほど。頑固者で、不器用でもある。プライドの高さは時に身を滅ぼしますからな、わしが気を付けて見ておきましょう」
「頼む。それで、解雇のほうは?」
「つつがなく済ませました。あの連中のうかつなところは、わしが何も見ていないと思っていることですな。使用人のことだろうが、良いところも悪いところも見ております。女官長もクビにしましたからな、イライザ辺りを女官長にしましょう。気が弱いのが難点ですが、優しい性格で人望もありますし、仕事は丁寧で確実じゃ」

 ロドルフの提案に、レグルスは首肯を返す。

「それなら補佐したい者も多いだろう。何人かに助けになるように声をかけておいてくれ」
「今ならビビっておるでしょうから、効果的ですな。後で言っておきます。ふう」

 疲れのこもった息をつき、ロドルフは首を振る。

「ところで、殿下。思ったんですがな、秘密をばらしてまで雇用するのは、少数でいいのでは? 城の者全てを味方にするのは難しいですが、側近を押さえておけば、側近を支持する配下は連鎖的に言うことを聞くもの」

 ロドルフの話は的をていて、有紗はとても納得した。元々城主をしていただけあって、ロドルフはそういった人間関係の扱いには強いようだ。

「そうだな。元騎士については、他の情報を待ってから判断しよう。男の使用人は、家令のお前がいるからいいとして、あとは女官長を押さえておけば安心だな」
「出入りの商人にも、信頼できる者を見つけたいですなぁ。味方になってくれれば好都合ですが、商人は利益にうるさいもの。そこまで期待はしませんよ。ただ、こちらをあざむかない者とつながりが欲しいところです」
「領地運営の向上にはかかせないからな」

 話し合う二人に、有紗は手を上げて口を挟む。

「ねえ、その女官長っていう人の家族には、病人や怪我人はいないの?」
「む? 家族ですか?」
「優しい人なんでしょ。きっと家族思いだと思う」
「アリサ様はその若さで、人心掌握術じんしんしょうあくじゅつけておられるので?」
「思ったことを言っただけ。悪かったわね、腹黒くて」

 ロドルフの言い方にムッときて、有紗はそっぽを向いた。ロドルフはすぐに謝る。

「いやあ、申し訳ありません。わしは良いかたがレグルス様のお傍におられて、うれしく思っただけですぞ」
「本当~?」
「本当ですとも! ただ、できれば何かする時は、殿下やわしらにまずは相談してください。賢すぎるのは、毒になりかねませんのでな」

 ロドルフの心配がよく分からないが、有紗は素直に頷く。

「分かった。私はここのことを全然知らないから、迷惑をかけることもあると思うけど、行動する時は、ちゃんとレグルスに相談するね」
「ありがとうございます」
「ううん、レグルスの邪魔になりたくないだけ」
「そうですか……。はは、当てられますなぁ」

 ロドルフは顔を赤くして、照れたみたいに視線をそらす。

「ありがとうございます、アリサ」

 レグルスも静かに微笑んでいる。

「うん。ねえ、そういえばその領地運営の向上っていうのは、どういうふうに採点されるの?」

 有紗が質問すると、レグルスは問い返す。

「どういう意味です?」
「だって、領地ってことは、土地が違うでしょ? 広さや土の質、気候だって変わるはずよ。比較しようがないんじゃないかなって」
「ええ、素晴らしい着眼点です。その通り、そもそもこの王位争いは、不平等なんですよ。どの家臣がどの王子に協力したいか、それも分からない状態から始まります」

 レグルスの返事を聞いて、有紗は王子の一人を思い浮かべた。

「ああ、だから賢い王子はやる気がなくて、ほどほど路線で行くのね。そもそも不平等だから」

 確かに、そんな状況なら、有紗でも勝つのは無理だと踏んで、手を抜くかもしれない。
 しかしロドルフは手を振った。

「ええ、確かに前提は不平等。良い土地を持つ家臣が味方する者が有利です。しかし評価は、元々の領地運営での収益や領民の数から、どれだけ向上したか、です。金額の大きさや人数の多さではありません」
「そっか、それなら規模の違いにかかわらず、パーセンテージで見られるってことね」
「その通り。しかし、どんな家臣に支持されているか、彼らとどういうふうに関係性を築くか、王子がどう対応するのか。そういったところも見られておりますぞ。陛下は実に深い愛でもって、この国のために王子達を教育なさろうとしておいでです」

 感慨深げに何度も頷きながら、ロドルフはありがたそうに言った。

「更に、何か問題が起きた時の対処のしかた、戦や小競り合いでの結果なども判断されますから、最後まで読めませんな。ですから、わしらでも状況は引っくり返せるはずです」
「確かに、そうだね。ここって王国内では貧しい土地なほうなんでしょ?」
「ですから、不利で……」

 レグルスがそう返すのを、有紗はさえぎる。

「逆よ、レグルス。子どもと大人じゃ、どっちが成長しやすい?」
「子どもだと思いますが……」

 不思議そうに答えたレグルスは、はたと目を丸くした。

「悪いものが良い方向にびるのは簡単ですが、良いものは良い方向に伸びてもたかが知れている、と?」
「そうよ、伸びしろが違うのよ。ロドルフさんの言う通り、がんばれば勝てない勝負じゃないわ!」

 グッと拳を握りこんで、有紗は熱弁する。
 すると静かに書類仕事をしていたウィリアムが、思わずという様子で立ち上がった。

「その考え方は面白いですね! いいですねえ、一発逆転! 燃えます! 微力びりょくながら私もお助けいたしますよ!」

 書斎内の面々は、わっと盛り上がる。

「よーし、気合い入れましょ! はい、集まってー。こうして手を重ねて、下に落として。がんばるぞー、おーっ!」

 有紗に言われるまま集まって、右手を重ねた三人は、目を白黒させながら声をそろえる。

「お、おう?」
「ははっ、なんだか知らんですが面白いですな」
「もう一回やってみても?」

 不思議がりながらも、格好がつくまで練習した。

「一回やってみたかったのよね。団体スポーツの試合前に、こういうことをしたりするのよ。私、スポーツは苦手だから、見てるだけだったの」

 喜んでいる有紗を、三人は微笑ましげに眺める。
 ウィリアムは顔を緩めた。

「いいですねぇ、やっぱり女性がいると場が和やかになって」
「……ウィリアム?」
「はいっ、見ません、殿下。仕事に戻りまーす」

 レグルスににらまれたウィリアムは、そそくさと席に戻っていった。
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