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いつもは早めにいく食堂だが、今日は昼前に実習があってだいぶ遅れてしまった。外は寒くて雪が降りそうで、昼食は食堂に行くしかない。
(食堂にはあの方がいらっしゃるのかしら)
私は溜め息を吐きそうになって慌てて飲み込む。周りには私の取り巻きの令嬢方がいるからだ。
食堂にはやはりあの方がいらっしゃった。彼らは少し遅めに食堂に来るのだ。
この国の王太子殿下は普通に食堂で昼食を召し上がる。専用のお毒見付きのサロンもあるが最近はあまり利用されないのだ。それは偏にその隣に侍る子爵令嬢エリカの所為だろう。
金髪碧眼、容姿端麗、頭脳明晰で光輝くような王太子オドヴァル殿下は、私こと、侯爵家の次女アデラの婚約者であった。だが彼はピンクブロンドの髪の可愛らしいエリカを籠愛し、地味で大人しいアデラを嫌って見向きもしない。
「殿下。アデラ様がいらっしゃったわ。お席を空けなければいけませんわね」
エリカが目敏く私を見て立ち上がろうとする。
取り巻きの宰相子息ベッティルと外務卿子息トシュテンがチラリと私を見てエリカを引き留めた。
「別によろしいんじゃないですか」
「殿下もそのような事は望んでいらっしゃいませんよ」
殿下の後ろにいる護衛のアクセルはいつも知らん顔である。
「放って置け、面倒な事はしないでいい」
オドヴァル殿下の一言で彼らはアデラをいないものとした。
「そういえば隣国で最近流行りのダンスが──」
「まあ、ふたりで身体を密着して踊るんですの──」
自分たちの話に興じる。
私の取り巻きの令嬢たちが一瞬、気の毒そうなそれでいて優越感を持った眼差しを向ける。私はそれに気付かない振りをして、なるべく彼らが見えないような隅っこの方の席に座った。
「アデラ様もお可哀想に」
「これ見よがしで嫌味ですわね」
「殿下ももう少し……、ねえ」
取り巻き達がいかにも憤慨したようにして私を貶す。
(ああ、思ったことが普通に口に出せればいいのに……)
私は自分のこの性格が好きではない。
もっとはっきり好き嫌いが言いたい。
俯いていないで、胸を張って歩きたい。
心の中にある欠落感。心の穴を塞ぐような何かが足りない。
窓の外は雪催いの天気で雲が空を厚く覆っていた。
帰りは雪になるだろうか。
今日はオドヴァル殿下との月に一度のお茶会の日だった。
行きたくない。雪の日は特に──。
* * *
(その日は朝から雪が降って、車がスリップしたんだわ──)
(びっくりしてブレーキを踏んだけれど車は止まらなかった)
(慌ててハンドルを切ったら車がスピンして、勝手にそのまま対向車線にするすると突っ込んで──)
え……?
気が付いたら目の前に非常に不機嫌そうな顔をした金髪碧眼の男が、長い足を組んでふんぞり返って椅子に座っていた。
ここは何処? 私は誰?
そんな瞬間が自分の人生に訪れるなんて誰も思いもしないだろう。
次に思ったのは(どうしよう……)だった。
まさか自分が異世界転移か転生か知らないけど経験するなんて。
それも、目の前に非常に不機嫌そうな男がいて、そいつが金髪碧眼で顔が良くて、ぴらぴらのフリルやレースの巻き付いたシャツを着ていて、刺繍てんこ盛りの上着を着ていて、ドーンと長い足を組んでいるものだから(うげあ)と引いてしまう。
おまけにテーブルにはお茶が出ていて茶菓子なんてものもあったりして、自分の格好はドレス姿だった。長袖で首まであるデイドレスでお茶会に出ているのだ。
だから次が(ヤバイ所に来ちまった)なんて思っても仕方がない。
冷や汗たらたらで目が泳いで不審な挙動をしている私を、目の前の男が目を眇めて見ている。
──っ、落ち着け自分。
仕方がないから取り繕って目の前のお茶を飲んだ。
いや、飲もうと口に入れた。
「む…、げはっ!」
途端に口の中がピリピリして全部吐き出してしまった。吐き出したお茶がドレスと絨毯に零れて小さなシミを作る。
毒を盛られた?
吐き出すなんて令嬢にあるまじき行為であるし、目の前に金綺羅の男が居れば尚更だ。非常に不味い事態だが、それ所ではなかった。
「み、水!」
侍女がテーブルに水の入ったコップを置いた。さっと掴んでうがいをする。
何度もうがいをして侍女の差し出した壺に吐き出すと、座っていた金髪男が目を丸くして見ている。
「アデラ……?」
「毒消し!」
私が叫ぶと、テーブルに紙包みの薬の入った瓶がポンっと出された。水をくれた侍女のようだ。栗色の髪の有能そうな女性だ。
非常に用意がいいが、よくある事なのだろうか?
瓶を引っ掴んで瓶の中の紙包みを取り出して「水!」と叫ぶと、さっきのコップに侍女が水を継ぎ足した。紙包みの中の黒い粉末と一緒に飲み込む。
ふうっと息を吐いてコップをテーブルに置いた。
「どうしたんだ、大丈夫か……?」
男が戸惑ったような顔で聞く。私はギロリと金髪男を睨んだ。
「さあ、わたくし、気分が悪いので帰りますわ」
そのまま挨拶もそこそこにドアに向かって歩き出した。早く安全な所に行きたい。
男が慌てて追いかけて来て私の腕を掴む。
「何するんですか!」
ギッと男を睨んだが彼は私の手を取って歩き出した。
「馬車止めまで送ろう」
「別にいいですわよ」
「そういう訳にも行くまい」
「途中でバッサリ殺るんですか」
「まさか」
男が呆れた顔をする。だが私はそれどころではなかった。
「あ……」
部屋を急いで出ようとする私の足がもつれる。身体の力が抜けた。くず折れる時に金髪男がニヤリと笑うのが目の端に見えた、ような気がした。
私、転生に気付いた直後に、毒を盛られて死ぬの?
(食堂にはあの方がいらっしゃるのかしら)
私は溜め息を吐きそうになって慌てて飲み込む。周りには私の取り巻きの令嬢方がいるからだ。
食堂にはやはりあの方がいらっしゃった。彼らは少し遅めに食堂に来るのだ。
この国の王太子殿下は普通に食堂で昼食を召し上がる。専用のお毒見付きのサロンもあるが最近はあまり利用されないのだ。それは偏にその隣に侍る子爵令嬢エリカの所為だろう。
金髪碧眼、容姿端麗、頭脳明晰で光輝くような王太子オドヴァル殿下は、私こと、侯爵家の次女アデラの婚約者であった。だが彼はピンクブロンドの髪の可愛らしいエリカを籠愛し、地味で大人しいアデラを嫌って見向きもしない。
「殿下。アデラ様がいらっしゃったわ。お席を空けなければいけませんわね」
エリカが目敏く私を見て立ち上がろうとする。
取り巻きの宰相子息ベッティルと外務卿子息トシュテンがチラリと私を見てエリカを引き留めた。
「別によろしいんじゃないですか」
「殿下もそのような事は望んでいらっしゃいませんよ」
殿下の後ろにいる護衛のアクセルはいつも知らん顔である。
「放って置け、面倒な事はしないでいい」
オドヴァル殿下の一言で彼らはアデラをいないものとした。
「そういえば隣国で最近流行りのダンスが──」
「まあ、ふたりで身体を密着して踊るんですの──」
自分たちの話に興じる。
私の取り巻きの令嬢たちが一瞬、気の毒そうなそれでいて優越感を持った眼差しを向ける。私はそれに気付かない振りをして、なるべく彼らが見えないような隅っこの方の席に座った。
「アデラ様もお可哀想に」
「これ見よがしで嫌味ですわね」
「殿下ももう少し……、ねえ」
取り巻き達がいかにも憤慨したようにして私を貶す。
(ああ、思ったことが普通に口に出せればいいのに……)
私は自分のこの性格が好きではない。
もっとはっきり好き嫌いが言いたい。
俯いていないで、胸を張って歩きたい。
心の中にある欠落感。心の穴を塞ぐような何かが足りない。
窓の外は雪催いの天気で雲が空を厚く覆っていた。
帰りは雪になるだろうか。
今日はオドヴァル殿下との月に一度のお茶会の日だった。
行きたくない。雪の日は特に──。
* * *
(その日は朝から雪が降って、車がスリップしたんだわ──)
(びっくりしてブレーキを踏んだけれど車は止まらなかった)
(慌ててハンドルを切ったら車がスピンして、勝手にそのまま対向車線にするすると突っ込んで──)
え……?
気が付いたら目の前に非常に不機嫌そうな顔をした金髪碧眼の男が、長い足を組んでふんぞり返って椅子に座っていた。
ここは何処? 私は誰?
そんな瞬間が自分の人生に訪れるなんて誰も思いもしないだろう。
次に思ったのは(どうしよう……)だった。
まさか自分が異世界転移か転生か知らないけど経験するなんて。
それも、目の前に非常に不機嫌そうな男がいて、そいつが金髪碧眼で顔が良くて、ぴらぴらのフリルやレースの巻き付いたシャツを着ていて、刺繍てんこ盛りの上着を着ていて、ドーンと長い足を組んでいるものだから(うげあ)と引いてしまう。
おまけにテーブルにはお茶が出ていて茶菓子なんてものもあったりして、自分の格好はドレス姿だった。長袖で首まであるデイドレスでお茶会に出ているのだ。
だから次が(ヤバイ所に来ちまった)なんて思っても仕方がない。
冷や汗たらたらで目が泳いで不審な挙動をしている私を、目の前の男が目を眇めて見ている。
──っ、落ち着け自分。
仕方がないから取り繕って目の前のお茶を飲んだ。
いや、飲もうと口に入れた。
「む…、げはっ!」
途端に口の中がピリピリして全部吐き出してしまった。吐き出したお茶がドレスと絨毯に零れて小さなシミを作る。
毒を盛られた?
吐き出すなんて令嬢にあるまじき行為であるし、目の前に金綺羅の男が居れば尚更だ。非常に不味い事態だが、それ所ではなかった。
「み、水!」
侍女がテーブルに水の入ったコップを置いた。さっと掴んでうがいをする。
何度もうがいをして侍女の差し出した壺に吐き出すと、座っていた金髪男が目を丸くして見ている。
「アデラ……?」
「毒消し!」
私が叫ぶと、テーブルに紙包みの薬の入った瓶がポンっと出された。水をくれた侍女のようだ。栗色の髪の有能そうな女性だ。
非常に用意がいいが、よくある事なのだろうか?
瓶を引っ掴んで瓶の中の紙包みを取り出して「水!」と叫ぶと、さっきのコップに侍女が水を継ぎ足した。紙包みの中の黒い粉末と一緒に飲み込む。
ふうっと息を吐いてコップをテーブルに置いた。
「どうしたんだ、大丈夫か……?」
男が戸惑ったような顔で聞く。私はギロリと金髪男を睨んだ。
「さあ、わたくし、気分が悪いので帰りますわ」
そのまま挨拶もそこそこにドアに向かって歩き出した。早く安全な所に行きたい。
男が慌てて追いかけて来て私の腕を掴む。
「何するんですか!」
ギッと男を睨んだが彼は私の手を取って歩き出した。
「馬車止めまで送ろう」
「別にいいですわよ」
「そういう訳にも行くまい」
「途中でバッサリ殺るんですか」
「まさか」
男が呆れた顔をする。だが私はそれどころではなかった。
「あ……」
部屋を急いで出ようとする私の足がもつれる。身体の力が抜けた。くず折れる時に金髪男がニヤリと笑うのが目の端に見えた、ような気がした。
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