愛なんかなかった

拓海のり

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六話

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 直樹の会社での仕事はあまり変化がなかった。あれから海外出張に連れ出されることもなく、会社では事務畑に身を置き、特別変わった出来事も無く、毎日過ごしていた。

 その日、課長に呼ばれて一緒に応接室に出向いた。
 ノックしてドアを開いた課長の後ろから、直樹は部屋の中をチラリと覗いた。そして課長の後ろで固まった。
 見たことのある人物が、応接室のソファにゆったりと腰を下ろしていた。
 そこには直樹を変えた男が来ていた。中国系の財閥の御曹司という四十年配の鷹揚で堂々とした紳士が。

「やあ、元気だったかい。会いたかったよ」
 男は直樹に向かいにこやかに笑って握手を求めてきた。
 中国系の財閥の御曹司だという男は名をユエン・ムーシェン(袁沐顕)という。流暢な英語を話し、直樹の勤めている会社の大切な取引先のオーナーだった。
 直樹は一度海外に出張した事があり、その時会社の上司に騙された形で、この男を身体で接待した。
 直樹にとって男との事は、道を踏み外す第一歩だった。

 直樹はその四十年配の鷹揚で堂々とした紳士、ユエンの接待を任された。
 はじめは、直樹の上司の課長も一緒だったが途中で消えた。上司に自分がどんな役割を果たしたかもうばれているだろうか。
 ユエンを接待しながら、直樹はもう顔を上げてあの会社に行けないと唇を噛んだ。
 当たり前のようにユエンは直樹を自分のホテルに誘った。
 前の接待の時、ユエンに毅然とした態度が取れなかった為に、自分は道を踏み外し、落ちるところまで落ちようとしている。
 余裕の笑みを浮かべて自分を誘うこの男に、少しでも借りを返せたら。
 直樹の胸を磯崎の言葉が過った。
『何の取り得もないお前の相手を、俺は我慢してやっているんだ』
 この男もそう思っているのだろうか──。

 直樹はユエンに磯崎との情事で培われたもの全てを注ぎ込んだ。

 進んで服を脱ぎ男の前に跪いた。ユエンははじめ驚き失望したような顔をした。
「君は変わってしまった……」とため息混じりに言った。直樹の初心なところが気に入っていたのかもしれない。
 しかし直樹は男の気まぐれに頓着しなかった。
 男に口淫を施しながらその顔を見上げた。ユエンの顔がまた驚きに染まる。男の俯いたモノが直樹の口の中で次第に力を持つ。
「クッ」
 我慢できずに直樹の口の中に欲望を吐き出した。直樹は男の精を飲み込み、舌なめずりをして男を見上げた。
「俺が変わったのはあんたの所為だ。自分が変えた男がどう変わったか、たっぷりと味わってみたらどうだ」
 直樹の言葉をユエンは驚きの顔で聞いていたが、その顔をゆっくりと欲望に染めて言った。
「面白い。味わってあげよう」

 ベッドの中は戦場だった。ユエンは前と違って容赦しなかった。直樹の身体に施す愛撫もしつこく濃厚だった。
 だが直樹だって負けてはいなかった。

 * * *

 ユエンとのいつ果てるとも知れない攻防戦は、果てしもなく続くと思われたが、やがて終わりの時が来た。
 ユエンも直樹もベッドに沈んで、暫らくは起き上がれなかった。

 しかし帰らなければならない。その日は金曜日だった。磯崎の来る日だった。
 直樹が居ないと知って、あの男はどうしただろうか。疲れた身体に服を身に着けながら、直樹は今まで愛撫を交わした男ではなく磯崎の事を考えていた。

 フラフラとアパートに帰ると磯崎が待っていた。
 直樹のベッドに寄りかかって眠っていた。無防備なその姿を見て直樹は可笑しくなった。
 長い睫が震えて磯崎が目を覚ます。
「何処に行っていた」相変わらず横柄な態度で聞く。
「前の男と会っていたんだよ」
「何だと、お前は俺を愛している筈だ。浮気なんか出来ない筈だ」
 その自信はどこから来るのだろう。
「愛なんかなかったよ」
「嘘だ」
「本当だ。只、誰でもいい訳じゃなかっただけだ」
 直樹の言葉を男は憮然として聞いた。が、気を取り直したのか来いと直樹に命令した。勃たせろと。
 プライドの高い男は負けを認めようとしなかった。反対に闘志を掻き立てて直樹に向かって来た。自分勝手で自己中心で傲慢な男だった。
 直樹は浮気をされても逃げない男に首を傾げた。相変わらず自分の上に君臨しようとする男が不思議だった。
 磯崎は待っていた。直樹のアパートで。それは何故かと聞いたら磯崎は何と答えるのだろう。

 直樹は会社を辞めた。男の接待に使われるのは沢山だ。仕事は文句を言わねば何処かある筈だ。
 磯崎は相変わらず金曜日になるとやって来た。相手を探すのも面倒で、直樹は相変わらず磯崎の相手をした。

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