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九話 解けないパズル
しおりを挟む目の前に赤紫の液体の入った細いグラスがある。
「それを飲めば、少しは身体が癒えるだろう」
藤崎の視線を見てシーヴが促す。
恐る恐るグラスを持って、一口飲んでみた。ゼリーのようなぷるんとしたものが口の中に入ると溶けて、喉の奥に流れ落ちてゆく。甘みと酸味が程よく調和した果物のような香りがする飲み物だが、アルコールではないようだ。
シーヴが、身体が癒えるといった言葉通り、今まで感じていた痛みや辛さが、身体の内側から温かいもので癒されてゆくような気がする。さすがはエイリアンだが、こんないい物があるなら、帰る前に飲ませてくれればいいのに。
喉が渇いていたのを思い出した藤崎は、グラスに入っていた液体を飲み干した。シーヴがグラスを手に藤崎の様子を眺めている。
細長いグラスを置いて、一息ついて、藤崎は早速質問を開始した。
「あんたらはトカゲじゃないって言ったな。じゃ、何なんだ?」
「その内、分かる」
「本当にアルセ・マジョリスから来たのか?」
「違うな」
「どういう目的で来たんだ?」
「その内、分かる」
シーヴの返答はまるで要領を得なかった。
「あんた、答える気がないのか」
「ちゃんと答えているではないか。今度は私が質問する番だ」
まだ質問したいことは山ほどあると藤崎は思ったが、シーヴの方が先に訊いた。
「先ほどの男は何者だ」
「甲斐のことか? あいつは高校の同級生だ」
何の疚しさも無い藤崎は胸を張って答える。
そうだ。その内、甲斐と一緒にこいつらをやっつけなければ。
「そうか」
とシーヴは立ち上がった。藤崎の手を掴む。シーヴがこれからどこに行こうとしているのか分かって、藤崎はソファを掴んだ。いやいやをするように顔を横に振る。
シーヴの顔は無表情に近くて、冷たいように感じた。
またあの竪穴のような部屋に行くのだ。そして藤崎は女にされて、シーヴに犯される。
「嫌だ……」
声まで出る。シーヴは一瞬言っている言葉の意味が分からないといった風に首を傾げたが、藤崎の腕を持つ手を緩めることはなかった。
藤崎はずるずると引き摺られて、次の部屋の中に投げ出された。
「うわあっ!!」
部屋は様子を異にしていた。薄暗いジャングルだ。でろりと垂れ下がったツタ、足元に覆い茂るシダ、高く伸びた木々は見たこともない種類だ。
投げ出されたところがあの光のシャワーの出るところだったのか、すぐに藤崎の上に光が落ちて、衣服が一瞬で無くなった。しかし今度は胸は膨らんでこなかったし、藤崎の男の象徴は無くならずにそのままある。
振り返るとシーヴもすぐ側に居て、光のシャワーを浴びたところだ。嫌味なまでに均整の取れた立派な裸体が現れる。男のままだ。
藤崎は後退りしながら喚いた。
「この前は俺が女だったから、今度はお前が女役をしろよ」
シーヴが女性になっても勃つかどうか分からないが言ってみる。
「その必要は無い」
あっさりと藤崎の提案は蹴られてしまった。
まさか、このままで、男のままで襲う気か。
しかし最初の日も、はじめの内は藤崎は男のままだった。女にしろと喚いた藤崎自身を、シーヴは女にしたのだ。
「まだ昼だぞ。仕事はいいのか!? 偉いくせに、そんなんで部下に示しが付くのか」
「私の心配は無用だ」
裸体になった男が、ゆっくり藤崎に近付いてくる。
「な、何で、俺なんだよー!!??」
そうだ。それだけが解せない。
話の中では自分を主人公にした。金髪の美女エイリアンと恋仲になるという美味しい設定で、つい魔が差したのだ。
だが、こんな金髪で美形だけれども男だと分かっていたら、絶対自分を主人公になんかしなかった。
今からでもいいから、話を書き換えたい。いや、書き換えようと思っていたのに、シーヴが見越したように藤崎のアパートに現れたのだ。
「お前はまだ何も知らないのだ」
だから色々訊いているのにシーヴは答えをはぐらかすばかりだ。
藤崎はくるりとシーヴに背を向けて、木の覆い茂った密林のような部屋の中を、這いずるようにして逃げ出した。
「往生際の悪い奴だ」
背後から低い美声が笑う。
やっぱり恋人同士になるのか!? 男同士で!?
問題ないとシーヴは言ったが、問題がありすぎる。
だって怖いじゃないか。得体の知れないシーヴが。まるで敵わない自分が――。
このまま恋人同士になって、決別できるというのか!?
「何で…、俺なんだよっ!?」
喚いた声はシーヴに掴まって、途中から悲鳴のようになった。
シーヴというエイリアンは、藤崎にとって解けないパズル、読めない暗号だった。その頭の中に何が書いてあるのか全然理解できない。
今だってシーヴに捕まって、どうやらそこがベッドらしい、柔らかい草がいっぱい敷き詰めてある場所に投げ出されても、これから何が起きるのか、何故そうするのか、そうする必要がどこにあるのかなんて全然分からない。
男同士でナニをするにはどこを使うか、というのは知識として知っているし、昨日女性としてシーヴのものを受け入れたばかりだけれど、何故と、どうしてだけが藤崎の頭を占領して、それ以外のことを考えるのを拒否する。
シーヴはすぐに藤崎の上に覆いかぶさって、濃厚なキスを寄越す。シーヴの長い髪が金色の帳のように下りて、頭の中が霞んでしまう。
キスだけで息が上がった。
「な…んで…、こんなこと……」
藤崎はキスに潤んだ瞳で睨んで聞く。潤んでいるのは瞳だけではないようだ。裸にされた身体も汗ばんで、下半身も熱を帯びている。
シーヴの長い指が顔をなぞる。親指が頬から唇へと移り、軽く何度か啄ばんだ。
身体が一層熱くなったような気がする。
「盗まれたオバールを探していたら、お前に会った。これは運命だ」
耳に唇を寄せて囁く。聞きなれない単語が出てきて、ぼんやりと聞き返した。
「オバール…?」
「お前が持っていたものだ。お前の為に加工した」
どうやらあの青い石のことを言っているらしい。シーヴはあの石を藤崎の為に加工したのか。あの石は藤崎の耳朶に殆んど同化している。いや、それよりその前にシーヴは何と言ったんだ。確か盗まれたとか……。
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