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5 お嫁に行ってしまった(5)
しおりを挟む「姐さん、こういう時は飲んで騒いで忘れるに限ります」
脩二がガックリ来ている暖斗に勧める。
「そうだな」
気が乗らない様子で暖斗は答えた。
家に帰ると子分さんたちが、上げ膳据え膳で慰めてくれる。昨日とえらい違いだ。
「ささ、姐さん一杯」
子分さんが入れ替わり立ち代りお酌をしてくれる。飲んでいる内に、また矢でも鉄砲でもな気分になった。
「お前らヤクザだろ。暴力ふるって悪い事して弱い者苛めしてるんじゃないのか」と、くだを巻いた。
「しのぎはね姐さん、凌げりゃあいいってモンじゃないんですよ。ヤクザはね姐さん、巻き舌でオンドリャって脅せばいいってモンじゃないんですよ」
脩二が胸を張って答える。
「ここ一番という時に皆を黙らせる事が出来りゃあいいんですよ」
そう言って脩二はスッと立ち上がった。その場にいた者が皆、黙って脩二の方を見た。
脩二はまた何事も無かったかのように腰を下ろし宴会は続いた。
暖斗は感心して脩二を見た。
(へえ、映画みたいだな。あいつがやったらどうだろう)
そして忘れていた者を思い出した。
「おい、あいつは、俺の旦那は何処に行ったんだ?」
「若は別宅に」
「……別宅って何だよ」
暖斗の声が義純の声より低くなった。
「じゃあ何か。あいつは独身の時から二号三号がいたってのか?」
「いや、それがその……」
言い惑う子分さんに暖斗の機嫌は余計に悪くなった。
(俺が、俺がこーーーんなに苦労しているってのに。あいつは何だぁーーー!!! 二号だぁ、三号だぁ!? そんなん俺が欲しいわい!)
「クッソー!! よっしゃ、別宅に行こうじゃないか。こうなったら現場を取り押さえて即離婚だあああーーー!!」
暖斗は立ち上がった。
「脩二ーー! 連れて行けーーー!!」
「姐さん、連れて行ってもようござんすがね、後で後悔しても知りませんぜ」
脩二が怖い顔で脅した。
しかし暖斗は負けていない。お酒の助けを借りて脩二を睨み返した。
「するもんか!」
しかし、暖斗は知らなかったのだ。別宅には世にも恐ろしいモノが居たのだ。
「なんだいこれは」
別宅に乗り込んできた暖斗を見て、出迎えた者は首を傾げた。
それは暖斗から見て、はじめ塗り壁のようなものに見えた。白い巨大な壁がある。暖斗は酔った頭でそう見た。
「俺の嫁だ」
白い壁の向こうから義純が現れてそう言った。
「嫁? 義純、嫁に貰ったのはコレかえ? どうも男に見えるが」
「男だ」
「ふうん、それで来たのかい」
白塗りの壁の中の細い目がチロリンと暖斗を一瞥する。
「暖斗、大姐御だ。ご挨拶をしろ」
義純が暖斗の頭を押さえた。
「おおあねご?」
「あたしゃね、この義純の父だ」
白塗りの巨大な壁が言った。
「ちち……?」
「そうだ、先代は自分の趣味の世界に行ったんだ。俺とは血の繋がった親子だし、趣味も似通うようだな」
義純が塗り壁の後をついで言った。
(この塗り壁が義純の父親?)
暖斗はまじまじとその塗り壁を見た。厚化粧をした相撲取りのようなオバハンに見えるが……。
「そういう訳だ大姐御。すぐに紹介できなかったが許してくんな」
大姐御はもう一度暖斗を横目に見て言った。
「でも、男だろう。稚児でいいじゃないの、義純」
暖斗は(いや、離婚だ!)と拳を握った。しかし──。
「いや、色々あってこいつと式を挙げちまったんだ。先の事はわからねえが、それは男でも女でも同じこった。ここにはるが来たのもなにがしかの縁があるという事だろう」
暖斗の握った拳がじっとりと汗ばんだ。
「そういう時代になったのかねえ。あたしは世を忍んで、結婚式にもおいそれと出ることは出来ないと思っていたんだがねえ」
塗り壁の大姐御は白い頬に手を当てて、遠くを見るようにホウッと溜め息を吐いた。
それから、やおら暖斗のほうに向き直った。
「式を挙げてしまったのなら仕方がない。あたしからも義純の事をお願いするわ」
そう言って義純の父はにっこり笑う。
「義純にはちゃーんと教えておいてあげたからね」
「そういう訳でよーく勉強をしたから、お前にもこれからは少しはいい目を見せてやれるぜ」
義純は暖斗を引き寄せて言った。
めでたし。めでたし。
幕──。
「わー! めでたくないっ! 誰か助けてくれぇーーー!!!」
暖斗は義純に引き摺られながら叫んだが、誰も引き止める者はいなかった。
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