姉が結婚式から逃げ出したので、身代わりにヤクザの嫁になりました

拓海のり

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44 跡目2(3)

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 さて、やっとのことで掃除を終えて着替えるともう夕方だった。昴はそのまま黙って勝手に家を飛び出して行った。
「あっ、昴さん、どこへ」
 ちょうど教育係の神藤が帰って来て引き止めようとしたが、物も言わずに振り切って、暗い夜の街へと消えていった。
 騒ぎを聞きつけて暖斗たちが玄関に出たときには、昴と神藤の姿はなかった。

「どうしよう、俺」
 大事な跡取り候補だった。何かあったら義さんにも、甚五郎さんにも申し訳が立たない。
 呆然と玄関に佇む暖斗の後ろから、脩二が子分さんたちに顎を杓った。子分さんたちがバラバラと外に出て行く。
「俺も──」
 と暖斗が駆け出そうとするのを脩二が引き止めた。
「姐さんまで行方不明になってもらったら困ります。若頭領がお帰りになるまでお待ち下さい」
 その内、義純と連絡がついて、神藤が昴を捉まえて、連れて帰るようだから大丈夫だという報が入った。

 それでも義純が帰ると暖斗は青い顔をして出迎えた。
「ごめん、義さん。俺」
 真っ先に謝る暖斗に「何があった」と義純が問う。
「昴と喧嘩した。煙草吸ってたの分ってて消火器を──」
「そうか。そいつは神藤の教育不足だな」
 義純と脩二がタバコを吸わないので、いつの間にかこの家は禁煙になっていた。それをちゃんと教えていない神藤の、単なる意思の疎通の不備かと思ったのだが。
「俺、脩二が姐さんって俺のこと呼んだの、あいつが哂ったのが腹立って」
「……」
 義純はちょっと上を向いて考えた。どうも、もっと奥深い別のところに問題があるようだった。

 そこに神藤に連れられて昴が帰って来た。眉間に皺を寄せて、挨拶もせずそっぽを向いている。
「おう、ただいまとか言わねえか」
 出迎えた義純がそう言うと、キッと睨んで「ただいま帰りました」と投げ出すように言った。
「お疲れですから、今日のところは」
 と神藤が庇おうとする。
「無事でよかったじゃないか」
 と暖斗も胸を撫で下ろした。
 しかし、それが昴の癇に障ったのか低い声でボソッと言った。
「あばずれに言われたくねえぜ」
 とたんに義純が昴の胸倉を掴んで、バシッと平手で引っ叩いた。
 誰も止める間もあらばこそ、ものすごい早業であった。
「もう一回、言ってみろ」
 凍り付きそうな低い声である。
 義純はまだ昴の胸倉を掴んだままだった。鋭い視線はいつもより何倍も強烈に昴を射抜いた。そこに居た誰もが凍りついたように動けない。
 胸倉を掴まれた昴の唇の端から、つと血が伝い落ちた。

 暖斗はそれで我に返った。
「義さん、止めて」
 と背中に縋り付いた。
 神藤が「申し訳ありません。皆、私の不行き届きでございます」
 と土下座をする。
 義純は昴の胸倉を掴んでいた手をパッと離した。昴がよろけるように神藤の横にへたり込む。義純はクルリと背中を向けて、足早に自室に向かった。暖斗がその後を追いかける。
「申し訳ありません」
 神藤はもう一度その場で謝って、昴を追い立てるように部屋に連れて行った。

 義純が書斎に落ち着いたので、暖斗はお茶を運んで行った。
「昴はまだ子供なんだよ。反抗期なんだ」
 と一応、昴の弁護をする。
「だからって、言っていいことと悪いことのけじめもつかねえでどうする」
 義純の視線はまだ鋭い。しかし暖斗はその首に腕を回した。
「何だ」
「えへへ……」
 何か言いたいけれど言葉が出ない。胸が一杯だった。
(俺、いい嫁さんにならなきゃあな)
 そう思った暖斗だが、その為には昴を何とかしなければ、と考えてしまったのだ。

 * * *

 その日の朝早々、教育係の神藤が息せき切って昴の部屋から走り出て来た。
「昴さんが居ない!」
「何だと、いつからだ」
「布団が冷たいんです」
 義純は苦い顔をして皆を手分けした。すわっと皆が探しに飛び散ってゆく。
「俺も探しに行くよ」
 暖斗も飛び出そうとしたが義純は引きとめた。
「お前は家で番をしてろ」
「何でだよ」
 暖斗はむくれたが、義純は脩二に暖斗を任せて仕事に出かけてしまった。

 義純が出かけると暖斗はじっとしていられなかった。
(何か俺の所為みたいなところもあるしなあ)
 消化器をぶっ放したのはやりすぎだったと思っている。ガタイはでかいがまだ子供なのだと思う。話を聞いてやればよかったのだ。今からでも遅くない筈だ。と、暖斗は拳を握った。
 脩二が忙しくて目を離した隙に、暖斗は家を抜け出した。子分さんたちは昴の捜索に人手を取られて、手薄だったのだ。

 しかし街は広い。当てもなくウロウロしても見つかる訳がない。暖斗は応援を頼む事にした。義純の息のかかっている東原には頼めないので、葉月を呼び出した。
 暖斗はあまり遊んでいなくて盛り場とか知らない。葉月ならそれ相応に知っている筈だと踏んだのだ。

 葉月を呼び出して事情を掻い摘んで説明すると、葉月が耳寄りなことを言う。
「その子がもし渉君の弟の昴君なら、藤原さんの家に行くかも」
「藤原って?」
「例のはるちゃん人形の……。東原の知り合いらしいが。つまり渉君が借金の形に引き取った藤原と、どこをどう間違えたかくっ付いて……」
「それで兄に会いに行ったのか?」
「いや、昴君は渉君を好きだったようだ」
「え……? ああそうか、昴はその子と義理の兄弟なのか」
 男同士でというのはこの際抜きである。暖斗自身、男の義純の嫁なのだから。
 葉月には昴の気持ちが何となく分った。大好きだった兄に振られて、傷心のまま父親に引き取られて行ったら、その家には兄によく似た男が何と嫁として納まっていたのだ。

「とにかく藤原の家に行ってみよう」
 暖斗がせっついて、葉月は東原に連絡を取って藤原の家を教えてもらった。
 二人がタクシーに乗って藤原の家に駆けつけると、運良く昴が屋敷の様子を窺っているのが見えた。
 暖斗がタクシーから駆け降りて昴の腕を捕まえる。昴は三白眼で暖斗を睨みつけて、プイッと顔を反らせ、そこに置いてあったバイクに飛び乗った。
 逃がすもんかと暖斗も必死である。昴を追いかけて、後の座席に飛び乗った。
「降りろよ!」
「家に帰れ!」
 押し問答をしながらバイクは発進した。タクシー代を払っていて出遅れた葉月が一人取り残された。

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