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三章 魔族ジジ
16 誘拐されて魔領に
しおりを挟む離宮は王都の外れにある。馬車で行くと一刻かかる。
日は落ちかかって逢魔が時、オレンジ色の陽の中を馬車は進む。目指す西の森が黒く闇のように沈んで見える。
ジョサイアとシドニーは騎馬で、馬車の周りを警護している。梨奈は王子の側に座っていて、王子の身体が少し緊張しているのが伝わってきた。
どうして緊張しているんだろう。
「リナ、襲撃があったら隠れていろ。ジェリー、うまく攫われてくれ」
『はーいー』
「ジェリー」
攫われるって、ジェリーが囮?
このまま無事には離宮に着かないのだろうか。そういえば警護の人数が少ないような気がする。舞踏会場から王宮に行く時の半分もいない。
ジェリーはマリアになっている。襲撃者は男爵だろうか? マリアを取り戻すために。取り戻してどうするのかしら。魅了の張本人のマリアがいたら、マリアが喋ったら色々不味いと思う人がいる。
梨奈の身体が震える。
「リナ……」
「武者震いです」
梨奈は王子に笑いかけたが顔が引きつっていたかもしれない。
馬車が離宮を囲む薄暗くて人気のない西の森に差し掛かると、木立の中からバラバラと人馬が襲い掛かってきた。
「行くぞ、内側からカギを閉めておけ」
クリス王子が馬車から飛び出して剣を抜く。
どさりと何かが倒れたような音がして、カーテンの隙間から窺うと、馬車を取り囲むほどの人数がいる。
梨奈は慌てて馬車のカギを閉めた。
日の暮れかかった王都の外れで剣戟と怒声が交差する。時折ひゅんと風が唸るのは魔法だろうか。さすがに火や雷の魔法は、目立つのか使われていないようだが。
『主ー、隠れて―』
ジェリーの声に馬車の床に身体を潜める。ドカッとドアを壊すような音がして、ガチャリと外側からドアが開いた。男がジェリーの腕をつかんで引きずりおろす。
『キャーーー!!』
派手な声を上げてジェリーが攫われていく。
「引くぞーー!」
「待てっ!!」
バラバラと逃げる音と追いかける音が交差する。
「へえ、あんた」
起き上がろうと思った時に、突然、女の声が囁いた。腕がつかまれる。
「この前、召喚した美味そうな人間だね、あんた。まだ食われてなかったのかい」
嬉しそうな声が囁く。
「イレギュラーか。弱そうな女。こいつを持って帰ろう。向こうでなぶり殺しにしてやろう」
マゼンタの髪の女だ。眦が吊り上がって、角があって怖そう。
「ン!!」
叫ぶ前に口を塞がれて、ぐにゃんと目の前がゆがんだ。
「リナーーー!!」
クリス王子の叫ぶ声は聞こえなかった。
* * *
目の前のゆがんだ空間がゆっくりと戻った。
濃密な空気が押し寄せて、一度目を閉じる。
ゆっくりと目を開くと赤茶けた地面が見えた。目を上げると何処までもそれが続いている。地平線まで続くと思われるほど遠くに、黒っぽい森のようなものが霞んでいる。高台にいるのかオレンジの陽がまだ落ちずに遠くにあった。
「ここ何処?」
「フフフ、ここは魔領さ」
「ジジ」
この女は、姿を隠して不意を突くように話しかける。
「今からたくさん魔族を呼んで、あんたで酒盛りするのさ」
悪意のある言葉を振りまいて。
「骨の一本、血の一滴も、残さずに喰らってやるから、ありがたく思いな」
恐怖心を植え付ける。
彼女の眷属がそこらじゅうから湧いて出る。
うじゃうじゃと、ぞろぞろと。遠くに見える森のように。
マゼンタの髪を荒野に翻し、血のように紅い唇でニタリと笑う。
コイツはジジ。
コイツがジジ。
こいつの所為で、梨奈はこんな世界に飛ばされて、
魔物のエサとか訳分かんない事されて、
しかも家族の許に帰る術がないとか、
その上、魔族に食べられるとか、ふざけてんのっ!!
アンタなんか、アンタなんか──。
梨奈を取り巻こうとしていた魔族たちの動きが止まった。
「何してんだ! お前ら、早く押さえ付けるんだ」
梨奈の身体から溢れる何かに耐えきれない。
「ジジめ、面倒な奴を連れて来やがって」
「逃げろーーーっ!!」
魔族たちが蜘蛛の子を散らすように逃げる。
梨奈の身体がごうっと熱くなってゆく。
「こんな奴、こんな奴、ぶっ殺す!!」
その、ものすごい熱量にジジが目を見開いた。
「え、何、コイツ!?」
か弱いただの人の娘だった筈だ。
何でいきなり────。
ジジは飛び上がって逃げようとする。
高い空から嘲笑った。
「フン、ここまで来れまい」
それが余計な事だった。梨奈の怒りをさらに煽った。
「私の怒り、受けて見よ。クマゴリパワー炸裂ーーー!!」
魔族のジジの体にボンと火がつく。ついた火はゴウッと燃え上がった。
「うわあああーーー!!」
飛ぶ力を失ってジジは地面にドーーーン! と落ちた。
「いやあ、殺されるー!!!!」
火は勢いを強め、ますます燃え盛る。
「ぎゃあああぁぁぁーーーーー…………」
断末魔が響いて、消えて行った──。
「ゼイゼイ……」
(私、何しちゃったの?)
そこには跡形もなく、地面に焼け焦げた影だけ。
気配も感じない。
呆然と梨奈は立ち尽くした。
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