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12.前とは違う、ラブホテル

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居酒屋を出ると、心地良い夜風がそっと真夜の頬を撫でた。
うだるような暑さはすでに去ったが、寒いとも言えない10月のはじめ。曖昧で気持ちのいい季節の夜道を二人で歩く。
自分から話すタイプではない真夜に対して、巽はよく話す人だった。
同僚の笑い話、仕事の愚痴、上司の悪口。……話題の殆どは、会社のこと。
真夜はふと、元彼を思い出した。

(彼もよく話す人だったな)

しかし、何となくだが、元彼と巽は違う気がした。
 ……何が違うのだろう。
わからないけど、不快ではない。元彼に対して常に感じていたストレスや恐怖もない。
彼と巽の違いは何なのだろう。これが恋人とセフレの違いなのだろうか。

「――でさぁ、あの営業部長、二言目にはチャライチャライってうるせえの。俺この会社に入ったのはさぁ、服装とか髪型とかが、他と比べて煩くないからなんだよね。この髪は地毛なんだけど、キツイとこだと黒に染めろって言ってくるんだよ。なのにさぁ~。俺ホント言ってやりたいんだよね。カツラは規則違反じゃないんですかーって」
「あはは、カツラは違反じゃないですけど……って、営業部長、カツラ、なんですか?」
「そう! そうなんだよ。聞いてよ真夜ちゃん! 俺、しょーげきの場面を見ちゃったの。うちの会社さ、横手に大きな室外機があるでしょ? あそこを部長が歩いてるの見かけた時、フワッ……て!」
「もしかして、取れちゃったんですか?」
「ううん、髪が浮いたんだよ! かつらの部分だけがファ~ッて! 俺、珈琲吹いた」

思わずその瞬間を想像してしまって、ぷっと噴き出してしまう。デリケートな話題だし人の悪口で笑ってはいけないとは思いつつも、つい、笑ってしまう。
 ごめんなさい部長……と心の中で謝りながら、真夜はくすくすと口に手を当てた。

「だ、だめですよ。そういうの人に言っちゃ。私は絶対言いませんから、秘密にしておいて下さいね」
「まじで? くぅ、言いたいなぁ。アイツ営業部イチ嫌われてるんだよ? セクハラも多いし」
「それは問題ですね。セクハラはちゃんと報告してください。何となくで流していたら、監査室の存在に意味がなくなってしまいますからね」

真夜の言葉に、巽は「君は真面目さんだねぇ」と言って笑う。てくてくと歩く道。何となく巽の先導で歩いている感じなのだが、向かう先はきっとホテルなのだろう。
セフレなのだし当たり前なのだが、真夜は今置かれているこの状況を不思議に思った。

(私、受け入れてるんだなぁ……)

つい、今日の昼まで自然消滅でいいと思っていたのに。前回のやり取りに満足し、巽にまた抱いて欲しいなんて全然思っていなかったのに。
今は、少しドキドキしている。どこかで期待してしまっている自分がいる。
あの時の蕩けるようなやり取りを思い出してしまっている……。
巽が歩く先に在るのは、思った通りのラブホテル。彼は躊躇なく入って行き、真夜もそれに続いた。

ホテルの室内は、前回とはまた違う雰囲気の部屋だった。バラエティーの豊かさはないけれど、落ち着いた色合いの調度品が揃っていて、広めのビジネスホテル、という感じだ。ただし、ベッドはダブルベッドひとつのみで、窓に目張りがされているところは前と共通している。

(そういえば、どうして会社から二つ先の駅を指定したのかな?)

ふと疑問を覚えた真夜が訊ねてみると、あっさりと明解な答えが返ってきた。

「会社の人同士でセフレなんて、お互いバレないほうが身の為でしょ?」

確かにその通りだ。
ちなみに巽が指定した駅は、あまり大きくなくて目立たない。都内での密会にはもってこいだった。
そんなことまで考えてなかった真夜は、思わず感心した目で巽を見てしまう。

「望月さん、本当に今までセフレはいなかったんですか?」
「いないよ。それにしても、君はなーんにも考えないであんな爆弾発言をしてきたんだね。別にいいけど、ちょっと考えが無防備すぎるよ」

呆れた目をして言われてしまい、真夜はぐぅの音も出なくて頭を垂れてしまう。

「今日はお風呂にしない? シャワーじゃなくてさ」
「いいですね。でも、お風呂でゆっくりしてても大丈夫なんですか? 時間とか……」
「大丈夫じゃない? 3時間もあるし。30分延長しても終電には間に合うでしょ?」
「確かにそうですね」

腕時計を見ると8時半。確かにギリギリ終電には間に合うだろう。
真夜はビジネスバッグをソファの横に置いてから、改めて内装を眺めた。
前の部屋は紫っぽいイメージだったが、それならこの部屋のコンセプトは『青』なのだろうか。落ち着いたダウンライトが照らす中、青っぽいシーツがかけられたキングサイズのベッドがある。

(ラブホテルって、色々な部屋があるんだなぁ)

ぼんやりと感心していると、巽が「お風呂のお湯入れてくるね~」とバスルームに消えていった。

◆◆◆

「あああ~」
「…………」
「うう~、はあ、そこ、そこが丁度いいです……」
「…………」
「んんっ、あぁ、いいよぉ……体が蕩けてしまいそう」
「……真夜ちゃん。気持ち良いんだね」

バスルームの浴槽はとても広く、そしてジャグジー機能がついていた。こぽこぽ音を立てて勢いよく泡を立てるジェットバス。噴射部分に腰を寄せると、丁度良い刺激が当たる。真夜は心底気持ち良さそうに溜息をついて目を瞑った。
 ジェットバスで、仕事のコリが解れるようである。
 こんなに素晴らしい風呂が楽しめるなら、ラブホテルの休憩も悪くない。これからは積極的に利用しようと心に決める。出不精な真夜は自らスーパー銭湯や温泉に行く方ではないが、ラブホテルは巽とのつきあいに必須なのだ。それなら広い風呂を楽しむのも良い。
 巽は浴槽のフチに肘をかけ、テレビで報道番組を見ていた。浴室の壁面に小さな液晶テレビが嵌め込まれているのである。ラブホテルの風呂は何でもあるんだなぁとしみじみ思いつつ、真夜もテレビに顔を向けた。

「何か気になるニュースがあるんですか?」
「んにゃ、別に。時々営業のネタになるから見てるだけだよ」
「へぇ。新聞も読んでるんですか?」
「そっちはネットで読んでる。紙の新聞は嵩張るから、好きじゃなくてさ」

 新聞に対する考えが真夜と全く同じで笑ってしまう。でも、あえて紙の新聞を取っている真夜は軽く肩をすくめた。

「私も似たようなことを思っていますけど、上司の命令で新聞を取ってるんです。全国紙と、経済新聞ですね」
「二つも? 大変だねぇ。どうして?」
「上司曰く、ですけど。ネットのニュースは興味のある記事だけを選んで読みがちなんですって。でも紙の新聞だと、興味がない記事でもサラッと読めるんです。上司によると、それが大事なんだそうで……自分は興味がなくても、話をする相手にとっては興味深い事かもしれないでしょう?」

 他にも、記事を切り抜きしてスクラップブックにするよう言われているので、真夜にとって新聞は仕事に必要不可欠なのだ。それから日常的に活字慣れしておきたいという目的もある。真夜に速読スキルはないものの、それでも新聞を毎日読むことで、だいぶ文字を追うのが早くなったのだ。
 そういった事を説明すると、巽は「へぇぇ」と感心したように目を丸くした。

「すごいね。秘書ってそこまでしなきゃいけないんだ」
「どうでしょうね。上司の拘りなのかもしれません。でも、自分の為になっている気はするので、まぁいいかなって。それに、新聞の更新ごとに洗剤とか商品券とかもらえますし、暇つぶしにチラシを見るのも好きですから」
「あ~、最近は新聞勧誘も大変だもんね。購読者を維持させるために切磋琢磨してるんだなぁ。チラシもちょっとわかるよ。家電店のチラシとか、見てると面白いよね」
「はい。新聞も、継続と新規契約を上手に使い回すと、お得なんですよ。チラシは、家電店もですけど、不動産のチラシも好きなんですよね。住む気もないのに分譲マンションの間取りを眺めたり、自分の給料からだとローン返済は幾ら位が妥当なのかなぁって計算しちゃったり……」

真夜がくすくす笑いながら言うと、巽は目を細めて微笑んだ。
その笑みが妙に優しくて甘かったので、つい、真夜は照れてしまい、下を向いてしまった。
 すると、ちゃぷっと音がして、真夜の手が取られる。あっという間に真夜は巽の腕に囲まれた。

「いいね、なんか新聞読む子って新鮮」
「そ、そうですか? 普通ですよ。お父さんやお母さんだって読んでいたでしょう?」
「そりゃあ読んでいたけど。うーん、なんて言えばいいのかなぁ。きっと、俺は今まで若い子とばっかりつきあっていたからかもしれないね」

そう言って、巽はフゥッと真夜の耳に細く息を吹き込んだ。
思わず肩がビクッとして、真夜が体を強張らせると、彼はまるで宥めるように、優しく肩を撫でていった。

「……二週間ぶり。痛みは取れた?」
「え、痛み?」
「ほら、前は初めてだったでしょ? 痛そうだったし」

 あ、と呟く。そういえば、すっかり忘れていた。

「大丈夫です。数日は違和感がありましたけど、今はすっかり」

恥ずかしくなって、俯いて答える。
巽は自分の脚の間に真夜を挟み、抱きしめた。

「それはよかったね」

巽が優しく微笑む。そして、ぽしゃんと湯音を立てて真夜の髪を耳に掛けると、耳元で小さく呟いた。

「ね……、真夜ちゃん。キスしよ?」
「は、はい」
「俺からキスするから、真夜ちゃんはキスを返してね。はい、まずは俺から」

 言うが早いか、巽が唇を重ねてきた。
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