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五章 ほこれる親であるために

女王様が野盗をお探しになる

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「もきゅもきゅ……」
「はぐはぐ……」
「ぽりぽり……」

 なだらかな山に草木がおいしげるコルン地方をおとずれた女王一行は、茶屋でひとときの休息を満喫していた。

「んー! もちもちとした食感とほのかな甘さがたまらんな!」
「ヒノカ、頬がゆるみっぱなしですよ」
「おっ言うなぁ、お嬢。でも人のこと言えん……って」

「ぽりぽり……」
「なんで団子食ってそんな音がするねん!」

 ルネの胸にツッコミがズバリ入った。

「まあ……ルネ、また隠しおやつですか?」
「いえいえ、めっそうもありませんー」
「ならばひとつくださいな。ふふっ」
「ウチも!」
「やっぱりそうきますよねー……」



「お客さんたち仲がいいねぇ」

 店の主人が感心して声をかけてきた。

「女の子三人で旅してるなら……この先の山には気をつけるんだよ。さいきん野盗が出るらしいからね」
「まあ。ご忠告ありがとうございます」
「山さえ越えれば宿屋がある。暗くなる前にそこまで行けば安全だと思う」





 女王には考えがあった。ヒノカとルネも察しているだろう……

「あの顔、ぜったい野盗を探すつもりやで」
「ですねえ……」

 くるりと振りむき、笑顔で返す。

「その通りです。というわけで、つきあってくださいね」
「しゃーないなあ」

 こうして野盗さがしが始まった――



 山の頂上をすぎ、下りも残り半分かといったころあいで、一行はあえて道を外して進むことにした。空が見えないほどの森の中を、草と低木をかきわけて歩きつづける。

「ああ困りました! 道に迷ってしまったかもしれません。おほほほ」
「ここはー、おちついてー、休憩しませんかー」

「演劇にはむいとらんな、このふたり」


 迷ったふりをしながら一定範囲をまわりつづけた……が、人の気配がやってくることはなかった。

「……出てきませんね」
「そうやな……まあ盗っ人も、誰かを毎日襲うもんじゃないやろ」
「運がいいのか悪いのか……」

「そろそろ先へ進んじゃいましょう。さすがに野宿をするわけにはいきません」

 日が落ちはじめたのか、じょじょに暗くなっていく。こうなると夜になるまでは早いもの。一行は道までひきかえし、急ぎ足で山をくだった。



 話のとおり、山のふもとに宿屋はあった。見渡すかぎりの野原にたったひとつの建物。旅人を受けいれるには充分すぎる広さだ。

「ほほー、りっぱなもんやなあ。ゆうに三十人は泊まれそうやで」
「いくつ部屋があるんでしょー? どうですか、たまにはひとり一部屋でぜいたくな宿泊でも――」
「ダメですよ。無駄づかいはいけません」
「ぶー」

 ヒノカ直伝・限られた資金をだいじにする習慣は、すっかり女王のなかに根づいていた。それに――

「……それなりの人数の気配を感じます。空きが三つあるとも限りませんよ」
「なるほど、確かにー」





「ごめんくださいませ!」

 扉を開けると同時にシャンシャンと鈴の音が鳴って、来客を知らせる。奥からばたばたとやってきたのは、二十代なかばとおぼしき男性だった。

「い、いらっしゃいませ! こんな夜ふけに……さぞお疲れでやんしょ」
「ひとり一部屋で――」
「こらっ、ルネ」
「はーい」

「……たいへん失礼いたしました。旅芸人一座の座長、エルミーナと申します。この三人で、お部屋をひとつ使わせてください」
「ふむふむ。今夜はだれも泊まってませんし、料金そのままで一部屋ずつでもかまいませ――」



 だれも? と、聞き返そうと思ったが……やめておいた。

「……ああっ、いえ、失礼! そういうわけにゃいかねえでやんすね!」

 宿の主人はぺこりと頭を下げ、受付の奥にむかう。

「ナタリー!」
「はいよぉ」

 彼と同じ年ごろの女性。丸くふくらんだお腹が目をひいた。

「わあ、かわいらしいお嬢さんたち! いらっしゃいませ」
「こんばんは」

「オレはスープの用意をしてくる。お客さんの案内をたのむ」
「わかったよ。さあさあ、すぐそこの部屋に――」
「ダメだ!」
「えっ!?」

「いや……その……まだ掃除がすんでないんだ。一番奥の部屋にしてくれ」
「はい? ちゃんと掃除しときなさいよ。ずっとヒマだったんだからさ」
「すんません……」
「やれやれ。このひとったら」

 ナタリーと呼ばれた女性はためいきをついて申しわけなさそうに、しかし明るく案内してくれた。
 そんな彼女が突然、驚いたような声をあげたのは廊下にはいってすぐのことだ。

「あっ!」
「!? どうされました?」
「なんでもないよ、ごめんね。ちょっとお腹を蹴っただけ……誰に似たのか、ヤンチャな子で」

 やさしげに腹部をさする姿。

「それって――」
「……うん。赤ちゃんがいるの。もう産まれてもおかしくないんだ」

 すぐ後ろから、ヒノカとルネの感嘆の声があがった。女王の胸にもあたたかいものがこみあげてくる。

「まあ……っ!」
「部屋の番号を教えてくれたらウチらは大丈夫やで。その……あんまり動かないほうがええんちゃいますか?」
「だいじょうぶ! むしろ動かないと落ち着かないんだ。さいごまで案内させて、ね?」

 カラカラと笑う彼女から感じる包容力は、母の強さだろうか。

「そか。それならお願いするで!」

「ナタリーさん。私たちが滞在しているあいだに何かあったらお呼びください。ここにいるルネは、医学に覚えがございますので」
「ちょ、お嬢様!?」
「……ほかにも困っていることがあれば……ぜひおっしゃってください。力になれると思います」

「ありがとう。じゃあ、もしものときはお願いしちゃおうかな!」





 女王たちは案内された部屋のなかで、歩きどおしだった足を休めた。しかし――

「……さて、聞き耳をたてる者はいないようです。今後について話しましょう」
「やっぱりか。お嬢の様子からして、なにかを感じとってる気がしとったんや。姐さんもか?」
「もちろーん。それにしても責任重大ですねー……」

 宿屋の主人の態度と言葉、そして建物から感じとれる気配を考えると……穏やかな休息はもう少し後になりそうだ。



 扉をノックする音。主人がスープを運んできたのは『作戦会議』が終わった直後のことだった。その手はちいさく震えていた。
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