異世界少女が無茶振りされる話 ~異世界は漆黒だった~

ガゼル

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8.サベンテへ

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 その晩、リンは出発の前日打ち合わせという名目でオラレを部屋に呼んだ。
 少し確認したいことがあったし、なにより昨晩のように飲み歩かれてはかなわないからだ。
 オラレは酒の小瓶を持ってリンの部屋に来た。たしかそれはヤライのお楽しみの逸品だったはずだが。
 口をつけてぐびぐびと飲んでいる。
 「オラレ、いまさら言うことじゃないけど、正体を隠す気はあるの?」
 リンがため息交じりに言う。オラレがシンキとして振舞うたびに胃がしくしくと痛むのだ。
 「当然よ。我は自然にそのまま行動しているのだ。どこにばれる要素があるのだ?お主も魔族のことを誰にも言っておらぬような信頼に値する人族であるしな。しかし確かに我もうまく行き過ぎてすこし浮かれておったわ。今日は多少不自然かもしれぬが飲みに行くのはやめようぞ」
 なるほど。リンは納得した。飲み歩きも、女の子たちと語らうのも、病人に対する態度もシンキにとっては全部自然なことだったのだな。
 そのやたら高いコミュニケーション能力、魔族の特徴だったとは。
 そういえばリンが気になっていることがある。シンキがリンのことを信じすぎているような気がするとのことだ。
 「ああ、いまさらだがお主には魔術を施しておる。我らのことを人族に話そうとすると額に文字が浮かび上がるのだ。そして一定時間体がしびれて悶絶するという痛快な事態になるのだ。まさか一度も浮かばないとは想像していなかったが、お主、魔族より口が堅いのではないか?」
 機嫌よく語るオラレの額にうっすらと赤い文字が浮かび上がり一瞬光るとオラレの全身に赤い糸が絡まってさらに断続的に光った。うめき声をあげてオラレが転がる。
 「なるほど。そうなるんだ」
 おそらく、シンキにも同じ魔術が施されていたのだろう。言ってはいけないことを言うと発動するのに違いない。おそらくあの金髪の少年ガイコウあたりがシンキにかけていたのだろう。言う前に発動しなければ意味がないのにと思いつつ、固まっているオラレを放っておいてリンは寝ることにした。やっぱり不安だったんだろうなと思いながら。
 翌日明るくなったので起きると、オラレはいなくなっていたので着替えて一階の事務所に顔を出した。
 すでに怪鳥ラプタの運搬機は置いてあり、保存食や着替えなども用意されていた。すべて昨日のうちにミラとラキが用意したものだ。
 シーマが降りてきて、リンに挨拶をしていると、ヤライ、ミラ、ラキが次々と降りてきた。
 オラレは最後に降りてきて、二日酔いのような疲れた顔をしながら挨拶をする。
 「大丈夫なの?」
 リンが声をかけると無言で数度うなづくので放っておくことにする。
 全員で朝食をとりながらシーマの指示が飛ぶ。
 今日からリン、オラレ、シーマの三人が出張で不在となる。また、昇運祭が今日から三日間開催されるのでこの事務所を空にすることがないように。仕事については二十日間不在となるので、不在時の対応の責任者はヤライ、副責任者はミラ、ギルドとの情報交換はライとすること。等々。
 責任者はヤライだが、実際に仕切るのはミラである。しかし名目は大事だ。
 判断が怪しい三人を残して行くには不安材料が揃っているのだが、ここはやむを得ない。
 そして三人それぞれが荷物を持って出る時間になった。
 リンとシーマが分担して食料その他を持ち、オラレの担当は運搬機である。
 一瞬オラレがこれ「自分が持つのか」という表情をしたが、リンが無言でうながすとかなり重そうに背中に乗せた。
 体力が有り余ってそうな魔族でもそれほどきつい魔術なのかと思うと、リンは絶対魔族のことを口外してはいけないと心に誓った。
 アマリスの東の端の広場に行くと、王都直轄のサベンテ行の隊商が揃っていた。あと少しで出発らしい。隊商はレーベに行ったときと異なり、馬車での移動である。
 シーマがそこでリンに耳打ちをした。
 「あの中央の赤い服の男、グラドのところに出入りしている業者よ」
 グラドは以前リンが黒高蜘蛛絨毯の依頼を受けたときに嫌な目にあった依頼人だ。そのグラドと懇意にしているとしたら、注意するに越したことはない。
 「えー皆さま、今回の隊商の水分補給はこのマーレにお任せください。もちろんそれ以外の雑多な生活必需品もご用意しております」
 その男はマーレというらしい。二人ほど屈強な男の奴隷を雇っており、五つある隊商の中で最も細長い荷馬車の中に結構な物資を積んでいる。細長い荷馬車の横にベンチのような椅子を取り付けており、休憩できるようになっている。馬車を走らせるときには折りたためる構造になっているようだ。そして隊商の中央で初回無料という「おいしい水」を振舞っていた。
 五つの隊商が揃い、公営の護衛も六人集まったところで、その中の一番大きな馬車の隊商の代表が挨拶を始めた。
 「今回の隊商の代表を務めさせていただくカルネです。サベンテまでよろしくお願いします」
 挨拶は短かった。さっさと出発してしまわないと昇運祭が始まって身動きが取れなくなってしまうし、早めに今日の予定の宿泊地に到着しなければならない。ここ数日雨が多かったので悪路が予想されるし、今日の宿泊地は野営地で野宿の予定なのだ。
 出発はカルネが吹く笛の鋭い音が合図だった。長く吹くと出発、短く断続的に何度か吹くと停車である。なお、各隊の御者は手話で前後に簡単な連絡ができる訓練を受けている。
 一列に馬車が並び、先頭からティード隊、カルネ隊、マーレ隊、ジル隊、タロス隊の順で隊商が続く。シーマたちはタロス隊に便乗させてもらっていた。
 また、公営の護衛達はそれぞれの隊の馬車に乗り込んでいる。カルネの馬車にだけ二人乗っている。護衛の指揮官と副官であった。
 シーマたちの隊長タロスはビア樽のような腹をした赤毛の巨漢だった。
 「隊長のタロスです。可愛い同乗者を迎えることができたので、六日間の旅も楽しく一瞬で終わるような気がしますな」
 ドングリまなこで愛嬌がある顔でリンに挨拶をする。
 「チームウルマのリーダーのリンです。このたびは同乗させていただきありがとうございます。足手まといにならぬよう一生懸命手伝わせていただきます」
 リーダーがシーマや偽オラレでは不安要素が大きすぎるので当然のようにリンが代表を務めていた。
 「チームウルマ・・・どこかで聞いたような。うーん、思い出せるような出せないような。もう年ですかな」
 豪快に笑うタロスは年と言いつつまだ四十代半ばである。思い出してほしくないなとリンは思った。どうせなんとか100%とかだろう。
 タロス隊には他に男女二人の奴隷が乗っていた。一般的に奴隷は売買される労働力として認識されていることは前述の通りだが、迫害したり粗末に扱ったりすることも法律で禁じられている。
 この男女二人はフォグとベルといい、タロスの元でよく働いていた。
 フォグが御者となり、ベルは休憩時にテント張りや食事の用意をするのだ。
 初日、フォグの横にシーマが座り、歌を歌ったりフォグに話しかけたりする姿がほほえましかった。こうしてみると年相応に見えるが、いつもの調子で話をされるとこちらも困るのでおそらくシーマがそうしているのだろうとリンは想像していた。
 オラレは馬車の中で具合が悪そうにずっと寝ている。顔色があまり良くないので心配になるが、大丈夫だと手を振る仕草をするので構わないことにしている。
 リンはもっぱらタロスと話をしており、商売のコツの自慢話や若いころの武勇伝を聞いていた。リンも元の世界の中年の自慢話では十秒で寝ていたかもしれないが、タロスの話はなかなか聞きごたえのあるものが多かった。
 「わしがその棒で魔獣を打ち払うと魔獣は棒を食いちぎりおってな、腕の長さが棒と同じだったら今頃この手はなかったかと思うともう今でも震えがきますわ」
 たまによくわからない話にもなるのが玉にキズだ。
 その日の夕刻、隊商は無事に野営地に到着し、周囲を警戒しつつ一晩を明かすことにした。
 カルネの指示で野営地の中央にたき火、それを背にして馬車を置き、各馬車の馬を外して休ませ、馬車の前にたき火をして全方位を警戒する体勢にしている。
 マーレが額に汗を流して各隊に用命を聞いて回り、マーレの奴隷たちも無言で黙々と他の隊に物資を供給している。その際、幌のほつれを直したり、馬車の下に入って泥を落としたりしている。
 「いや、マーレ殿の馬車は魔法の小箱でございますな。実に旅に必要な物資が詰め込まれております」
 カルネが機嫌よくマーレに酒を薦めるが、マーレは恐縮だが酒が苦手と言って飲まない。カードゲームの賭けもせず、奴隷に物資の確認をさせたりカルネに翌日のスケジュールの再確認など余念がない。酒を樽で積んでおり、それを各隊商に売り歩いている。物資は高くもなく安くもなく妥当な金額で取引されているが、値引きには一切応じないなど商人らしさも見え隠れする。
 「意外とまじめな商人なのかな」
 シーマはマーレを見ながらリンにつぶやく。リンの目から見ても普通どころか勤勉で真っ当な商人だ。
 翌日二日目は隊の順番が変わった。ジル隊が先頭で、カルネ隊、マーレ隊、タロス隊、ティード隊となっている。カルネ隊とマーレ隊以外でローテーションを組んで進むのだ。つまり明日はタロス隊が先頭となる予定である。
 夕刻、無事に野営地にたどり着く。全体的に順調と言える行程である。昨夜と同じように円陣を組み、仲良くなった隊商同士で酒を飲み、そして眠った。
 三日目、先頭になったタロス隊は順調に進んでいた。しかし、昼過ぎに雲行きが怪しくなり、急遽停止することになる。雨が降ると地面がぬかるむため進めなくなるので降る前に雨の対策をしなければならない。
 隊商が走っている最中や雨の中で魔獣が襲ってくることはない。危ないのは雨が降る直前と雨が上がった直後である。それが夜中なら最大級の危機となる。
 ここは草原の真ん中であり、周囲に隠れる場所もなければ逃げる場所もない。
 カルネは横に長く伸びた隊列をできるだけ間を縮めるよう指示を出した。長く伸びていると護衛が魔獣の襲来から防御しきれないのだ。
 馬車を道に対して横にし、馬車の幌と幌の間に油をしみこませた布をかぶせてそこに馬を入れる。
 四方にたき火をして魔獣を警戒しつつ雨を待った。
 遠くで何かわからないが遠吠えが聞こえ始める。
 雨が降り、小雨となり、また強くなる。たき火に時々薪を加えるが、雨の勢いで消えてしまった。
 次第に日が沈み、急速に闇が訪れた。馬車の中でランプをつけて馬車の先にぶら下げる。周囲がわずかに明るくなるが、視界はそれほどでもない。
 雨の音はまだするが、小雨になったようだ。幌をたたく音が小さくなっていた。
 そのとき、オラレがむくりと起き上がった。周りを見回し、肉を焼くときの竹串を手に取る。
 「血の匂いがするぞ」
 オラレが小声で言った内容に皆ぎくりとするが、雨脚が強くなってきて本格的に降り始めるとオラレは竹串を手放してまた横になった。
 「ちょっとオラレ」
 リンが焦って声をかけるとオラレはけだるげに手を振って目を閉じてしまった。
 結局、雨は明け方まで降り続け、夜明けとともに止んだ。
 四日目の朝、すかさずたき火を四方に展開し直し、馬車の向きを変えて前進の準備を整えるまで全員無言で息が止まるかと思うぐらい緊張していた。
 そして出発直前に護衛の指揮官と副官がいなくなっているのに気が付いたのである。
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